幕間 辺境伯コンラート
本日二話目の投稿です
エミールはすぐに辺境伯の書斎に通されたが、そこには先客がいた。
暖炉の前を囲うように置かれた三つの椅子のひとつに、ほっそりした中年男が座っていたのだ。
首から下げたゴーグルに、座っていてもそれとわかる小柄で華奢な身体つき。膝の上には、短剣や用途不明のポーチがずらりと並んだ革のベルトが載っている。
(岩小人だ)
ティール辺境領には多くの岩山があり、それらを根城とするドワーフやロックノーム達もまた、この地に住まう領民として辺境伯の庇護下にあった。
(しかしさっきの子は、身なりこそロックノームっぽかったが、明らかに人間の少女だった。それに……)
――あのお辞儀。
「何と、エミール坊か? 大きゅうなったな。見違えたぞえ!」
エミールの物思いは、ふいに間近で響いた美声によって中断された。
彼の目の前、今の今まで誰もいなかったはずの空間に、凄絶な美貌を黒衣に包んだ長身の男が立っていた。
ティール辺境伯コンラート。
吸血鬼の王である。
◆◆◆
エミールとコンラートとの出会いは、十年前に遡る。
墜落死した叔父モーリスの遺体を引き取りに、初めてこの地を訪れた時、エミールは辺境伯の抜けるように白い肌と尖った耳、そして男でさえ目を奪われるほどの美貌に、てっきりこの人はエルフなのだと思い込んだ。
(いや、だってドワーフやロックノームが存在する世界に、エルフだけがいないなんて思わんだろ普通)
そんなエミール少年の勘違いに、居合わせた大人達は腹を抱えて笑ったものだ。
中でもコンラートは涙を流して大笑いした挙句、
「良い良い。麿をエルフと見紛うなど、ここ数百年で最も洒落た冗談じゃぞえ」
そう言って、氷のように冷たい指でエミールの顎をくいと上げ、
「エミール坊か。しかと覚えておこうぞ」
と、見惚れるほどに美しい微笑みを浮かべたのだった。
――そして、今。
「ニルドは確か初対面であったな。この若者はエミールと言う。ドラン商会長の息子だ。エミール、こちらはハーキ族の族長、ニルド殿だ」
コンラートの紹介を受け、エミールは丁重に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ガイウス・ドランが三男、エミールと……」
「ああ、そったらかしこまらんで。ハーキ族のニルドだっぺ。よろしぐな」
コンラートの手にはいつの間にかワインのデカンタがあり、これまたいつの間にか卓上に現れた三つのグラスに、血のように赤い葡萄酒が注がれる。
「麿の領が誇る最高級のブラッドワインぞえ。――というても、血なぞ一滴も入っておらぬがのう」
そう言うと、流し目でエミールを見てくすりと笑う。
これまた、エミール少年の盛大なやらかしの一つだった。
この世界の吸血鬼は確かに血を好む。が、それはあくまで料理の素材としてであり、ドワーフや人間の血はおろか、生き血――すなわち、火も通していない血を啜ることなどありえないのだ。
『エミール坊。汝、いくら牛肉が好きでも、牧場の牛にいきなり齧りついたりせぬだろう? それと同じことじゃぞえ』
大蒜に似たスパイスも平気で食べるし、十字架に怯むこともない。
ただし日光は苦手で、日向に少し出ただけでも白い肌には火ぶくれができ、長時間晒されれば皮膚が壊死することもあるという。
コンラートは葡萄酒を一口飲むと、ふと表情を改めた。
「さてニルドよ。先ほど汝の報告にあった件じゃがの。麿は今日にも一斉討伐の布告を出そうと思う」
「えっ。……ここもですか!?」
エミールが思わず上げた声に、ヴァンパイアロードとロックノームの族長が何事かという目を向ける。
「実は、カーマイン伯爵領でも一斉討伐の布告が出されたばかりなのです。カーマイン迷宮の浅層に、女王相のウォーアントが出たもので」
「何と。レギナ・フォルミカとな」
「ジャイアントロックボアと同じ、Bランクモンスターだっぺ」
「実は、僕がここへ伺った理由のひとつがそれでして……。こちらのギルドから、ヴァンパイアの冒険者を何人か回していただけたらと」
ふいに、コンラートの姿が目の前からかき消えた。
「それはかまわぬが」
声の方を見れば、黒衣のヴァンパイアは窓辺に立って、気遣わしげな表情で外を見つめていた。
「まずは、こちらの厄介事を片づけるのが先じゃのう」
その言葉が終わるか終わらぬうちに、外の街の方々で急を告げる鐘が鳴り出した。




