41.眠らずの都
領都ズマラックへは、山中を掘り抜いたトンネルにレールが敷かれ、そこをトロッコで行くという。
長さ四メートル、幅二メートルほどの箱型の荷台にニルド、ノド、ノラ、私の四人が乗り込み、ニルドが後部にあるレバーを引くと、トロッコは滑らかに走り出した。
けっこうスピードが出ているようなのに、不思議と風圧も振動も感じない。これも岩小人たちが作り出した魔導具だそうだ。
トンネル内に等間隔に灯された魔導ランプのオレンジ色の光が、飛ぶように後ろに流れていく。
「父ちゃんはまっすぐ領主様んとこ行くけんど、お前達はどうする?」
「俺らはギルドで葡萄売ってがら、ジルに街を見せてやっぺ」
というノドの隣で、ノラはもう待ちきれない様子で座ったまま飛び跳ねている。
「あのね、あのね! 広場にすっごく美味しい屋台がたくさんあるの! 串に刺した石兎のお肉を焼いたのでしょ、ピアラの砂糖漬けでしょ。あとね、あとね……」
「あんまり食べ過ぎんなよ、ノラ。こないだみたいに腹壊すぞ」
などと和やかに喋っているうちに、トロッコは山中のトンネルから外に出た。
今夜は少し風があるものの、晴れた夜空に星が光っている。
両側にはなだらかな牧草地が見渡すかぎり広がっており、遠くに城壁に囲まれた都市が、夜の中、そこだけ明るく浮かび上がっていた。
「皆、結構遅くまで起きてるんですね?」
前世はともかく、この世界の夜は早い。
社交シーズンの王都だって、貴族たちは夜遅くまで夜会や舞踏会に興じるけれど、街の人々は日暮れとともに店を閉めるし、遅くまでやっているのは居酒屋くらいだ。
なのに、ぐんぐん近づいてくる街明かりは、どう見てもまだ街中が起きて活動しているとしか思えなかった。
「そらそうだ。ここは〈眠らずの都〉ズマラックだかんな」
ニルドの言葉を最後に、トロッコはゆるゆるとスピードを落とし、城門の手前でがたんと停まった。
◆◆◆
「じゃあな。帰りは別々だけんど、三人ともあまり遅くなんなよ」
そう言うと、ニルドは手を振って人混みの中に消えていった。
そう。人混みである。
城壁を入ってすぐのところにある広場は、魔導ランプの光に煌々と照らされ、多くの屋台と人で賑わっていた。
「まずは腹ごしらえだっぺ」
ノドが言い、慣れた様子でとある屋台に近づいていく。
甘辛いタレを塗った串焼きに、タコスのような薄皮で野菜とチーズを巻いたもの。陶器のマグになみなみと入った甘いミルクティ。
広場のあちこちに据えられたベンチに並んで座り、食べながらあたりを見回せば、辺境ならではの珍しい風物が次々に目に飛び込んでくる。
樽を満載した荷車を牽いているのが駝鳥に似た大型の鳥だったり、一目で冒険者とわかる一団の中に、立派な髭をたくわえたドワーフが混じっていたり。
かと思えば、
「蛇鶏の生卵はいかが」
「さあさあ、豚鬼のブラッドプディングだよ!」
「ティール領名物、ブラッドワイン! 試飲もどうぞー」
屋台で声を張り上げる人々の中に、抜けるように白い肌をした、驚くほどの美男美女が混じっていたり……。
(王都やカーマイン領には、ほぼ人間しか住んでなかったもんね)
ごくごく稀にドワーフの職人を見かけるくらいで、エルフに至っては伝説かお伽話の生き物って言われてたもんなー……。
白髪に黒いバンダナを巻き、威勢よく声を張り上げている色白の売り子のお兄さん。その耳はぴんと尖っている。
一通りお腹がいっぱいになったところで、ノラがぴょんと立ち上がった。
「ノラ、次はピアラの砂糖漬けがいい!」
「んにゃ、碧玉葡萄を売りに行くのが先だ。この時間のギルドは混むかんな」
そう言うと、ノドは食べ終えた皿とマグカップを回収した。
「んだら、俺はこん皿を店に返してくっから」
「あ、ならカップは私に返させて」
私は急いで申し出た。
街へ来てからというもの、ノドには世話になりっぱなしだ。
「そうか? んなら頼むわ。店はあっこだ」
ノドは私にマグカップを渡し、ノラにはベンチで待っているように言った。
「戻ったらギルドに行くかんな」
私は三人ぶんの陶器のカップを手に、教えられた屋台に向かう。
「ごちそうさまでした」
「はいよ。ありがとさん」
お返しに、ちゃりんと銅貨が返ってくる。
ここもデポジット制なんだ、と感心しながら踵を返したときだった。
ぼすん。
誰かのコートに正面から突っ込んでしまった。
「……っと、失礼。お嬢さん」
顔を上げれば、亜麻色の髪をした身なりのいい若者とゴーグル越しに視線が合う。
背後には従僕らしい男が控えているが、お仕着せ姿でないところを見ると、貴族ではなく裕福な商人といったところだろうか。
私は慌てて目を伏せ、チュニックの裾を摘まんで軽くお辞儀した。
「こちらこそ、不注意でしたわ」
「……? 君、ロックノームじゃ……」
ちょうどその時、私を呼ぶノドの声がした。
「おーい、ジル! 行ぐどー」
「はあい! 今行くー」
私は叫び返し、もう一度若者にぺこりと頭を下げて兄妹の所に駆けていった。
後ろから、従僕のものらしい咎めるような声がする。
「エミール様、そろそろ辺境伯様のところに伺いませんと」
「ああ、だが……」
若者の返事は広場のざわめきに紛れ、それ以上は聞こえてこなかった。




