34.ハーキ族の里
新章開幕です!
山の下にあるハーキ族の里は、いたる所に吊るされた魔導ランプの光で、温かみのある蜂蜜色に染まっていた。
階段状の岩肌に、大小様々な円柱形の家が所狭しと立ち並ぶさまは、丸みを帯びた屋根の形も相まって、まるでキノコの群生のようだ。
段丘に挟まれた谷底には細い川が流れており、広大な空間にせせらぎの音が響いている。
「あっこが俺らの家だっぺ」
ノドが指さしたのは、とある段丘のてっぺんにある、ずんぐりとした二階建ての家だった。
段丘の麓には、大きな滑車で吊るされたケージ型の昇降機があり、私たちが乗り込むと、するすると上に昇っていく。
「すまんな。朝方で大したもてなしもできねえけんど」
宇宙服――っぽいスーツ――を着たままドアを開けたニルドは、ノラを手近のソファに下ろすと、家の奥に消えていった。
そのノラはといえば、さっきからうつらうつら舟を漕いだり、さかんに目を擦ったりしている。
「無理すんな、ノラ。子どもはもう寝る時間だっぺ」
そう言うノドも何だか眠そうだ。
……って、ついさっき日が昇ったばかりですけど?
「人ん子と違って、俺らは〈夜の子ら〉だかんな」
背後の声に振り向けば、褪せたオレンジ色の髪を額から後ろに撫でつけた、小柄なイケオジが立っていた。
(え、誰??)
一瞬戸惑ったものの、すぐにノドやノラと同じ髪色に気づく。
「えっと。……ニルド、さん?」
「ニルドでいいっぺ」
ニルドは笑い、手にした湯気の立つマグカップを私に渡してくれた。
見た感じ、年齢は四十代くらいだろうか。
さっきまで彼が着ていた宇宙服は、ごつい上に顔部分も黒ガラスだったから、こうして素顔を見るのは初めてだ。
小人というと何となく小太りのイメージがあるけれど、目の前にいるのは細身でシュッとしたオジサマだった。
白いシャツに黒ベスト、カーキ色のエプロンという出で立ちや、額に押し上げたルーペ付きの眼鏡が、いかにも腕の立つ職人という雰囲気を醸し出している。
「改めて、ハーキ族のニルドが御礼申し上げる。我が子ノド、ノラが命救うてくれだこど、この身岩と化すまで忘れまいずる」
改まった口調と共に深々と頭を下げられて、私は慌てて顔の前で両手を振った。
「いや、そんな! どうぞお顔を上げてください。こちらこそ、ノドさんとノラさんには本当にいろいろお世話になって!」
上級回復薬で腕やあちこちの傷を治してもらったこと。そして何より、カーマイン迷宮から連れ出してもらったこと。
「……ほう。カーマイン迷宮がら?」
私の話を聞いたニルドが、じろりと子どもたちを見る。
ノラはとっくにソファで寝落ちしていたが、ノドはまだ起きており、父親に睨まれて「ひえっ」と首を縮こめた。
「……まあ、そん話は明日んなってがらだ。今日はもう遅ぇし、お客人もおいでんなる。ノド、お前はお客人を母さんの部屋に案内してやっせ。俺はノラの足を見っから」
「わがった」
ノドは大人しく頷くと、私を手招きして先に立った。
◆◆◆
久しぶりにお湯を使わせてもらい、古びてはいるが清潔な寝巻を借りて、これまた清潔なシーツの間に滑り込んだ途端、私は秒で眠りに落ちた。
目覚めてみれば、そこはこじんまりとした居心地のよさそうな寝室で。
褪せた手織りの壁掛けに、やはり手織りのラグマット。掛布団のカバーは色とりどりの可愛らしいキルトでできている。
「これ死んだ母ちゃんのだげど、良がったら」
と、昨夜――というか、今朝?――のうちにノドが出してくれた着換えの服は、柘榴色のチュニックに草色のズボン。履きこまれた焦げ茶のブーツは、まるで誂えたように私の足にしっくりとなじんだ。
寝る前の記憶を頼りに部屋を出て階段を下りれば、そこは台所と食堂が一緒になっており、私以外の三人がすでに食卓についている。
地下の洞窟にあるハーキ族の里に太陽光は届かないから、昼夜の別はわからない。けれど〈夜の子ら〉の三人が揃って起きているということは、外はきっと夜なのだろう。
ノラが私を見るなり、ぱっと目を輝かせて飛んでくる。
「いい晩ね、ジル!」
「おはよう――じゃなくて、こんばんは? ノラ。足はもういいの?」
「うん! ほら見て!」
ぴょんぴょん飛び跳ねている様子を見れば、ノラの足はもうすっかりいいようだ。
一方、ノドはといえば、私を見るなり何だか眩しそうに目を細めた。
「こらまた、えれぇめんごくなったっぺ」
「え?」
「何でもねぇ、何でもねぇ。それより早ぐ座れ。スープが冷めっちまう」
朝食? のメニューは具沢山のブラウンシチューに黒パン、それにたっぷりのバターと甘いミルクティだった。
「わあ、久しぶりのちゃんとしたご飯だぁ………」
温かいスープを飲むのなんていつぶりだろう。
ニルドが目を細めて優しく笑う。
「まだまだあっかんな。たんと食べなっせ」
皆が満足いくまで食べたところで、二ルドが「さて」とおもむろに子どもたちを見る。
「迷宮のこどさ、詳しく話せぇ」
――どうやら、お説教タイムが始まるようだ。




