33.バリア
カーマイン迷宮編 最終回!
真っ暗闇の中、オレンジ色の光がぽわんと灯った。
「はあ。石んなるっつうのは、こんなあんばいだっぺか」
おずおずと顔を上げたノドが、不思議そうにあたりを見回す。
「けんど、まだ動げんのは何でだっぺ?」
明かりに浮かび上がったのは、ドーム状の紅い壁に覆われた狭い空間だった。半球型のドームは、扉岩のある山肌から、私たちの足許までをぴったり覆っている。
『スキル〈境界線〉がLv.8に上がりました。〈境界線〉からスキル〈隔壁〉が派生しました』
私はほっと息をついた。
どうやら間に合ったようだ。
ノドの腕の隙間から、もぞもぞとノラが顔を出した。
「兄ちゃん。ノラたち、助かった?」
「んだな。けんど、こん壁ぁ一体……」
兄妹は揃ってあたりを見回し、やがてその視線が私のところで止まる。
「……私のスキルよ」
先祖返りのしょっぼいスキルだけどね!
けれど、ノドは飛び立つように立ち上がり、両手で私の手を取ってぶんぶん振った。
「ありがとな! おかげで俺ら、どっちも命拾いしたっぺよ!」
「ノラも! ノラもそっち行く……っ!」
兄に続いて立ちかけたノラが、がくんとつんのめってべそをかく。
「ううっ。痛い。痛いよう……」
そうだった。ノラはまだ足を罠に挟まれたままなのだ。
「心配すんな。こんだけ暗げりゃ、扉岩を開けても大丈夫だっぺ。今、俺が中から誰か呼んできてやっから」
「そん必要はねぇ」
ふいに響いた男の声に、私はぎょっとして振り向いた。
いつからそこにいたのだろう。宇宙服のようなごついスーツに身を包んだ一人の岩小人が、扉岩の前に立っていた。
◆◆◆
「「父ちゃん!」」
兄妹の声がダブる。
直後にゴン! と鈍い音がして、ノドが頭を抱えて蹲った。
「こん馬鹿が! 自分が何しでかしたかわがってんのか!」
宇宙服のロックノームはノドを一喝するや、ノラの足許に屈みこんだ。
ほどなく罠はあっさり外れ、自由の身になったノラが、片足でぴょんぴょん飛び跳ねながら元気そうに寄ってくる。
「ジル、すごいねえ! ね、ね、この壁どうやって作ったの?」
「どいてろ、ノラ。父ちゃんはこっちの人ん子と話があんだから」
宇宙服のロックノームは、おもむろに私を見て言った。
「ハーキ族のニルドだ」
「ジルよ。家名はないわ」
……これとそっくりなやりとりを、前にノドともした気がする。
「ジルか。うちん子らが世話んなったな。一族を代表して礼を言う」
そう言って頭を下げたニルドの背丈は、私とちょうど同じくらいだった。
「こちらこそ、二人にはずいぶん助けてもらったわ」
あの時の上級回復薬がなければ、折れてたかもしれない腕はあのままだったろうし、傷口が感染症を起こしていたかもしれない。
ニルドは今もあたりを覆う紅いドームに目をやると、
「それにしても、こら大したもんだ」
と感嘆したように呟いた。
「よがったら、我が家のもてなしを受けてくれ。ハーキ族はあんたを歓迎する」
ニルドが扉岩に歩み寄り、岩肌の窪みに手を当てると、ゴロリ、と重たげな音を立てて扉岩が横に転がった。
開いた隙間から、ふわりと暖かな風が流れ出す。
風に乗って届いたのは、煙の匂いと、かすかなせせらぎの音。
そして、岩の奥から溢れる、蜂蜜色のあたたかな光……。
迷宮に捨てられて以来、ついぞ感じることのなかった「人の営み」の気配がそこにあった。
ノラを背負ったニルドに続いて、私は光の中に足を踏み出した。
この後、幕間をひとつ挟んでから〈夜の子ら〉編に入ります。
お楽しみに!




