28.ロックノーム
「待っ……!」
行ってしまう。あれがなければ、この先この腕を治すチャンスはもう来ないかもしれないのに。
反射的に子ザルを追いかけた私は、再び腕に走った鋭い痛みに「うっ」と呻いて立ち止まった。
天井のハッチは開いたままだが、片手で梯子を上るのは大変そうだ。
それでも、覚悟を決めて最初の段に足をかけた時だった。
「兄ちゃーん! ここ変な穴開いてるー!」
まだ幼さの残る高い声に続いて、天井のハッチからオレンジ色のおさげの少女が顔を出した。
そばかすの散った色白の顔。茶がかったカーキ色のヘルメットに、ごついゴーグルがついている。
驚愕に目を見開く私を見て、少女もあんぐりと口を開けた。そして――、
「兄ちゃーん! あと、穴ん中変なのいるー!」
は? 変なのとは失礼な。
私がむっとしていると、遠くからこれに答える声がした。
「わがったー! 兄ちゃんがそっちさ行ぐまで触んなよー!」
――いや、あんたたち誰? てか、どうやってここに?
混乱する私の頭上に、もう一つ、オレンジ髪の頭が並んだ。
髪型以外は、ゴーグル付きのヘルメットも、そばかすの散った色白の顔も妹そっくりだ。
「あー。こりゃ人ん子だっぺな。たぶん、冒険者だ」
「すごーい。ノラ、人の子の女の子見るの初めて」
「なあ、あんた。俺らの言葉、わがっか?」
目を輝かせる妹――ノラ?――をよそに、兄の方が訊いてきた。
私は無言でこくりと頷く。訛りはあるけど、意味がわからないほどじゃない。
「ちっとどいててくんねえか。今、そっちさ下りっから」
私が梯子から離れると、まず兄が、続いて妹が梯子を下りてきた。
私と向き合って立った二人は、カーキ色のヘルメットにゴーグル、やはりカーキのチュニックとタイツ、足許はごつい黒のブーツという揃いのいでたちだった。
見た感じ私と同い歳くらいなのに、兄の背丈は十歳の「ジゼル」の肩までしかなく、妹の方はその兄より更に小さい。
――岩小人!
この世界の岩山に住むとされる小人族だ。ドワーフより小柄で髭がなく、鍛冶や金細工を得意とするドワーフに対し、錬金術を得意とする。
(実際に見るのは初めてだけど……)
「あー! 兄ちゃん! 見て見て、骸骨だよ、骸骨!」
「ちっと黙ってろ、ノラ。兄ちゃんはこっちの人ん子と話があんだから」
そう言うと、兄はおもむろに私を見上げて言った。
「ハーキ族のノドだ。こいつは妹のノラ」
「ジ……」
ジゼル、と名乗りかけて思い直す。見た感じ危険はなさそうだけど、用心にこしたことはない。
「ジルよ。家名はないわ」
――いなかったことにされた子ですし。
言いながら、痛む左腕を抱え直す。
そうだ、のんびり自己紹介なんてしてる場合じゃなかった。
「あなたたち、このへんで黒いウィングエイプを見なかった? 頭のてっぺんだけトサカみたいな金色の毛が生えてるやつ」
藁にもすがる思いで訊ねると、兄妹はあっさり頷いた。
「見たぞ」
「ノラも見た! ちっちゃなガラスの瓶持ってた!」
それだ!
私は勢い込んでノラの前に膝をついた。
「そのガラス瓶に用があるの。どっちへ飛んで行ったかわかる?」
「ノラ、それ持ってる! 石ぶっつけたら落としていった!」
Oh……。
見かけによらず、ワイルドな妹さんである。
「はい、これ」
ノラがごそごそとベルトポーチから引っ張り出したそれを見て、私は膝から崩れ落ちた。
万能薬の瓶は、真っ二つに割れていたのだ。
中に入っていたはずの液体は、とうに乾いて跡形もない。
……終わった。
抱えた左腕が、ずくりと痛んだ。
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