26.地下室
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…………おまえかーい!
思わず脱力する私の前で、金トサカの子ザルは澄ました顔でもっちゃもっちゃと口を動かしている。
〈防衛線〉が発動しないところを見ると、こいつに敵意はないのだろう――今は。
ギリギリまで近づいてから魔法袋を盗まれたこと、絶対忘れないんだからね!
念のため、魔法袋を胸の前でしっかり抱え、改めてあたりを見回す。
「備忘録」を書いた錬金術師こと「僕」の身に何があったのか。
葡萄棚は四阿の軒先にあり、入口の脇には、葡萄の蔓を編んで作ったらしき朽ちかけた籠と、錆びた鋏が転がっていた。
ところどころ屋根の落ちた四阿の床には、一面に落ち葉が散り敷いている。
生い茂った葡萄の葉で薄暗く見えるその奥に、緑色の小さな光が見えた。
(あれは……)
明らかに人工的な。
分厚く積もった落ち葉を踏んで近づけば、それは石壁に設置されたスイッチだった。
今はオフになっているようだけど、ダンジョンの中にあるスイッチなんて、絶対触らないほうがいいやつだよね。
とりあえずスイッチはそのままに、四阿内部の探索を続ける。
といっても、見たところ、壁のぐるりに石のベンチがあるだけで、大して見る物はなかったけれど。
(考え過ぎだったかな)
ここは本当にただの四阿で、そこに「僕」が葡萄棚を作っただけなのかも。
「僕」の手がかりは、まだ私が行ったことのない庭園の別の場所にあるのかも……。
その時だった。
カチッ。
ぎょっとして振り向けば、まさに今、壁のスイッチを入れた金トサカの子ザルと目が合った。
「えるるっ?」
きゅるん、と首を傾げる子ザルだが、その顔は明らかに笑っている。
「絶対、わざと――」
やっただろ、という言葉は声にならなかった。
バクン! と足許に穴が開き、あっと思った時にはもう、私はその中に落ちていたからだ。
◆◆◆
真っ先に感じたのは、もわっとした熱気と、そこら中に立ち込める、むせ返るような香りだった。
何かが沸騰するような、コポコポという音。
そこに時おり水滴が滴るような、ぴちょん・ぽたぽたという音が混じる。
身じろぎした途端、治りかけていたはずの左腕に激痛が走った。
「……っ! 痛――っ……」
腕、というか肘?
見れば、落ちた時したたかに打ちつけたのだろう。左肘が赤黒く変色し、はっきりわかるほど腫れている。
(やば。これ、折れてるかも)
ちょっとでも動かすと痛む左腕を、前に抱えた魔法袋の上にそっと載せるようにして、私はゆっくり起き上がった。
そこは巨大な地下室だった。
頭上には私が落ちてきたハッチが四角く口を開けており、錆びた梯子が床へと続いている。
向かって左手の壁に密閉式の竈があり、そこから伸びる湾曲した金属管が、中央にでんと据えられた玉葱型の装置に繋がっていた。
そこからさらに伸びた管が、右端の巨大な円筒形のタンクに繋がり、水滴の滴るような音は、どうやらそこから聞こえてくるようだ。
擦り切れた長衣を着た若い男が、タンクについた蛇口から、中の液体を小さなガラス瓶に移し、コルクで栓をしてからラベルに何か書き込んでいる。
(……! この人、まさか)
けれど、私が一歩踏み出した途端、あたりの景色がぐにゃりと歪んだ。
密閉式の竈は割れ、潰れた玉葱型の装置は、石壁を破って侵入してきた根に覆われている。装置とタンクを繋ぐ管は折れ曲がり、横倒しになったタンクの蛇口は取れて、その下には一面に乾いた染みが広がっていた。
そして、さっき男が立っていたあたりには、ぼろぼろのローブに包まれた白骨死体。
その胸には、一本の短剣が深々と突き立っていた。
感謝の気持ちをこめて、本日もお昼前後に2話目を投稿いたします。




