幕間 王の庶子
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「支店長。支店長ってば」
「………んあ?」
肩を揺すられて目が覚めた。
ドラン商会の地下室だ。
「起きてください。おやっさんがお呼びっすよ」
「父さんが? ――いや、それより『カルビ』の様子はどうだ。あれから何か動きはあったか?」
急きこんで訊ねるエミールに、メイド服の少女はゆるゆるとかぶりを振った。
「いいえ。てか、何かあればちゃんと起こしてますって。そういう約束だったっしょ?」
「すまん。だがどうにも気になって」
「それは私も同じっすよ」
「ああ。……だな」
ぼりぼりと脇腹を掻きながら、大欠伸をひとつ。
いくら若い身体に転生したとはいえ、三徹明けは流石に堪える。
「あー。ちなみにですが、ちゃんとお風呂に入って綺麗にしてから行ってくださいよ」
「へいへい」
背中でひらひらと手を振りながらドアに向かったエミールは、だが、少女の次の言葉にぴたりと足を止めた。
「あと、おやっさんがいるのは応接室です」
「商談中か? だったら……」
(俺は、顔を出さない方がいいのでは)
父はともかく兄達は、エミールが商売に関わることにいい顔をしない。
「いいえ。おやっさんと支店長にお客様です」
そう言うと、少女は意味ありげに一拍おいた。
「ペルゾイス卿ですよ。カーマイン騎士団の」
◆◆◆
できる限り支度を急いだが、それでも待たせてしまったのだろう。
エミールが応接室に入るなり、父とペルゾイス卿が、揃って不機嫌そうな顔を向けてきた。
「貴様か。あの何とかいう機械を動かしているのは」
(何とかいう機械、ね)
自販機が設置されているのは、王国内でもごく一部の迷宮だけだ。
そのせいで、保守的な貴族の中には胡散臭い目を向ける者も数多い。
(というか、そのせいで思うように普及できずにいるんだが………)
「はい。お初にお目にかかります。ガイウス・ドランが三男、エミール・ドランと申します」
胸に手を当て、深々と頭を下げる直前、エミールは素早くペルゾイスの全身に目を走らせた。
王の庶子ペルゾイス。
輝く金髪に整った顔立ち。華やかな騎士服越しでもよくわかる、鍛え抜かれた体つき。
(確かに現王陛下の面影がある。が………)
婢女の母から生まれた彼に、王位継承権はない。
彼が「ペルゾイス卿」としか名乗れぬゆえんだ。
「それで、閣下。本日は父と私めにどういったご用向きでしょう」
あくまで恭しく訊ねるエミールに、ペルゾイスは傲然と言い放った。
「第六層の人物についてだ」
――どくり。
エミールの鼓動が跳ねた。
「と、おっしゃいますと?」
「とぼけるな。貴様が考案した機械を使い、あの者を援助していたことはすでに確認済みだ」
ペルゾイスの横で、ガイウスが同意するように頷く。
(くそっ。父さんはこいつにどこまで話した?)
自販機の記録は、ガイウスにも閲覧権限がある。
だが魔法袋の販売ログは、あの後すぐに書き換えたから、父は見ていないはず――……。
エミールは大人しく頭を下げた。
「おっしゃるとおりです。迷宮が封鎖された後も、しばらくの間、六層の自販機は稼働しておりました。ですが」
ここでエミールは顔を上げ、ペルゾイスと父を交互に見ながら、しっかりした口調で続ける。
「伯爵家より食料の販売停止が通達されて以来、迷宮内の自販機の食料および水の供給はすべて止めてございます。お疑いでしたら、今すぐ最新の記録をお出しすることもできますが」
その場合、カードの利用者名は非表示に――いや、それでは却って怪しまれる。イニシャル表示にしておくか。
などと胸の内でめまぐるしく算段していたエミールだったが、ペルゾイスは存外あっさり「結構だ」と首を横に振った。
「そのことについては、ガイウスがすでに確かめた」
(……へえ。最初に援助の件で詰めてきたのは、先にこっちの弱みを握ろうとしたわけか。やるな、若造)
ペルゾイスは「エミール」よりも二つ年上の十九歳と聞いている。
(だが、こっちは享年三十歳。大人の経験値を舐めんなよ)
自販機のログが目当てでないなら、本題はこの先にあるということだ。
案の定、ペルゾイスはここでテーブルの上にぐっと身を乗り出した。
「今日私がここへ来たのは、件の人物について、内々に知っておいてほしいことがあったからだ。――実は」
そう言うと、ペルゾイスは一段と声を低めた。
「件の人物は、我々騎士団が内密に追っている犯罪者なのだ。あまりに凶悪な者ゆえ、生死を問わず確実に身柄を押さえなければならぬ」
「なんと」
その話は初耳だったのか、ガイウスも驚いたように目を見張っている。
「それゆえ、其の方らにも協力を頼みたい。今後、もし迷宮内で怪しい動きがあれば、逐一私に報告するように」
◆◆◆
(――俺はあの『牛丼カルビ』のことを、どれだけ知っているだろう)
地下室に帰る道々、エミールは自問し続けていた。
「凶悪犯」とは何者か――名前も年齢も性別も、ペルゾイスは一切明かさなかった。いくら訊いても「機密だ」の一点張りで。
エミールが知っていることといえば、
――六層の祠の自販機で、一週間の間、毎日規則正しく食料と水を買い続けたこと。
――『牛丼カルビ』という名前から、おそらく転生者だろうこと。
――彼が送った魔法袋を持って忽然と姿を消した三日後、突如としてあの空中庭園の自販機で初級回復薬を購入したこと……。
(ランクAの石の巨人の頭のてっぺんだぞ? どうやって辿りついたんだ)
かつてAランクパーティを組んでいた叔父たちでさえ、あの場所を発見できたのは奇跡のようなものだったのに。
地下室の扉を開ければ、いつものようにコンソール前の椅子に座ったメイド服姿の少女が振り向く。
「おかえんなさい、支店長。ペルゾイス卿の用事は何でした?」
「『牛丼カルビ』の正体が知りたい」
エミールはずばりと切り出した。
「調べてくれないか――アリッサ」
感謝の気持ちを込めて、本日お昼頃もう一話投稿いたします♪




