23.備忘録
本日2話目の更新です。この前に「22.樹上の小屋」があります。ご注意ください。
モーリスが死んだ。
墜落死だった。
場所はティール辺境領の牧草地。
朝早く、羊を放牧しに来た牧童が、べったりと倒れた草が放射状に広がる窪みの真ん中で、見るも無残に潰れた彼の遺骸を発見したそうだ。
僕の仮説は正しかった。
広場の転移門は使えない。
あれは上空に開く門だった。
━━━━━━━━━━
「備忘録 4」は、のっけからショッキングな出来事で始まっていた。
書き手の「僕」は、どうやら、墜落死した「モーリス」を含む複数人のパーティでカーマイン迷宮に挑んだものの、ここに辿り着くまでに、仲間は「僕」とリーダーの「モーリス」だけになってしまったらしい。
━━━━━━━━━━
今日、「自販機」を使って三度目の救援要請を送った。
石の巨人が目覚めた今となっては、起点の祠に戻ることも、階層主を倒し、出口に続く転移門を開くこともできない。
第一、僕は錬金術師だ。
今回の探索には技術者として同行したのであって、道中の戦闘には一切参加しないしできない。そういう契約だったじゃないか。
エミールはすっかり気落ちしてしまったらしい。
無理もない。モーリスは彼の唯一の理解者だったし、憧れでもあったから。
だが、だからといってこの僕の救援を後回しにしていい理由にはならない。
古代人の遺物の発見は全錬金術師の見果てぬ夢だが、それとて外に帰って発表できなければ、栄誉にも金にもならないのだ。
早く家に帰ってアリッサに会いたい……。
━━━━━━━━━━
途中で一度、果物を取りに外に出た以外、私は暗くなるまでずっと「備忘録 4」を読み続けた。
おかげで、例の水盤の水は飲んでも大丈夫なこと、自販機とツリーハウスの周りには結界が張られていること、庭園の奥には果樹林があり、そこに翼猿のコロニーがあることなどがわかった。
あと「アリッサ」という人が碧玉葡萄が大好きで、「僕」がそのためにわざわざこの庭園に葡萄棚を作っていたことも。
再三の救援要請にも関わらず、外から救助が来ることはなく、次第に焦りを募らせる「僕」の様子が文面からひしひしと伝わってくる。
━━━━━━━━━━
まさか、商会のやつらは僕を救けに来る気がないのか。
考えてみれば、モーリス亡き今、僕は彼らの唯一の金蔓だ。
僕は判断を誤った。
あんなものを作るんじゃなかった……。
━━━━━━━━━━
そして、ある時から「僕」は、自力でここから脱出する方法を模索し始める――。
━━━━━━━━━━
やはり僕の仮説は正しかった。
広場の転移門は、ストーンゴーレムの挙動と同期している。
ゴーレムが目覚めている間、転移門はティール辺境領の上空、おそらく――モーリスの墜死体の状況から察するに――およそ500フィート前後の高さに開く。
飛竜たちが転移門の向こうに出ても、地面に衝突せずにいられるのはそのためだ。
だがゴーレムが深層で眠りにつけば、転移門の位置はその分だけ低くなる。
問題はその高低差がどれほどになるかだが、こればかりは実際に出てみるしかないだろう。
じきに飛竜の子育て期間が終わる。
古代人の伝承が本当なら、ゴーレムが眠りにつく日も近いはずだ。
アリッサに会える日が、今から楽しみで仕方がない。
その頃には庭園の碧玉葡萄も、ちょうど収穫時を迎えるだろう。
━━━━━━━━━━
備忘録はそこで途切れていた。
外はすっかり暗くなっていたが、この収納机だけは開いた時に点灯した魔導ランプの灯に照らされている。
その明かりで、私は主のいない荒れた室内を見回した。
床一面に散乱する本や書類の束。
それに、何よりこの備忘録。
もしも「僕」が転移門を通って帰ったのなら、これらの荷物も一緒に持っていったのではなかろうか。
それでも「僕」の姿がここにないということは、彼は何か別のことで外に出たに違いない。
(そう、何かちょっとした用があって外に出て、それから……)
それから何があったのだろう?




