20.白猿
本日2話目の投稿です。本章の前に「19.ラリアット」があります。ご注意ください。
飛竜たちが飛び去った後には、さっきまでの騒音が嘘のような静けさが訪れた。
私は岩棚の端ににじり寄り、泥と草でできた低い壁からおっかなびっくり顔を出す。
ほぼ垂直にそそり立った岩壁には、ここ以外にも似たような岩棚がたくさん張り出しており、そのほとんどに飛竜の巣があった。
卵は大体孵っており、どの巣にも灰白色のふわふわした被毛に覆われたヒナが一羽か二羽、もぞもぞと動き回っている。
さらに乗り出した私の下で、泥と草の壁がぽろりと欠けた。
掌サイズの土くれが、みるみる小さく遠くなり、緑の海に紛れて見えなくなる。
「高っか!」
前世、スカイツリーのてっぺんから下を見たときのあの感じ。
と、下方の岩壁のあちこちから、白っぽい小さな生き物が顔を出した。あたりの様子を窺うように忙しなく首を動かしてから、巣と巣の間を縫うように、ちょろちょろと岩壁を伝ってくる。
ここにいるのと同じ、翼のある子ザルだった。
ただし体毛の色が違う。
全身が黒褐色で、頭頂部にトサカのような金色の毛がはえたここの奴と違い、外の子ザルは一様に、飛竜のヒナと似たような灰白色の毛に覆われていた。
そこここから現れた子ザルたちは、やがて合流して一筋の白い川のようになり、脇目もふらず険しい岩壁を登りだす。
トッ。
いつの間に戻って来ていたのか、金トサカの子ザルが私の頭を蹴って岩棚の外に飛び出した。見る間に白い子ザルの群れに追いつき、岩山の上に消えていく。
「…………」
空になった巣の中で、私は腕組みして考えこんだ。
逃げ出すのなら、間違いなく今がチャンスだ。
だが転生後はもちろん、前世でもロッククライミングはおろか、山登りさえろくにしなかった私が、スカイツリー並みの高さの岩壁を地上まで下りるなんて不可能だ。
かといって、いつまでもここに残っていれば、親飛竜が戻ってきた時に、ヒナではなく生き餌の私だけがいる、という状況になる。
となると、残る選択肢は……。
私は両手で目庇を作り、子ザルが消えていった岩山の上を見た。
峻険な岩肌は、上に行くにつれて緩やかに傾斜し、よく見ると手足をかけられそうな凹凸もある。
私は斜め掛けにした魔法袋の肩紐を締め直すと、思い切って岩壁に取りついた。
◆◆◆
『スキル〈投げ縄〉がLv.2になりました』
途中、手がかりがなくてどうしても登れない箇所にさしかかったところで、いいことを思いついた。
少し上に張り出した岩に〈投げ縄〉を巻きつけ、それを伝って登るのだ。
そこから先は〈投げ縄〉をザイルのように使いながら登攀していたら、しばらくしてレベルがアップした。
うんうん。いい感じ、いい感…………
「――――っ!!!!」
それは、横幅の広い岩棚が突き出た場所を乗り越えようとした時のことだった。
ザイルを掴んだ左の前腕が、突き出た岩角で擦れたのだ。
ウォーアントの酸に灼かれてできた火ぶくれが破れ、骨まで響くような激痛が走った。
「……っく」
あまりの痛みに、ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
歯を食いしばって、どうにか岩棚の上までは辿り着いたものの、私はそこで左腕を抱え込み、冷たい石床に倒れ込んだ。
脂汗の浮かんだ額を、涼しい風が撫でていく。
迷宮に入って以来、ついぞ聞くことのなかった鳥の囀りが聞こえてくる。
しばらくしてようやく痛みが引くと、私はのろのろと起き上がった。
岩棚の上は、アーチ形に石を組んで作られた短いトンネルになっていた。
私が横になっていた床も、灰色の石畳でできている。
そして、トンネルの向こうには――……。
青い空の下、色とりどりの花々と滴るような緑に覆われた、美しい庭園が広がっていた。
今週も読んでいただき、どうもありがとうございました。
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