18.学習
本日二度目の更新です。
この前に「17.孵化」があります。ご注意ください。
『〈防衛線〉が発動します』
食べかけのオウルディラを放り出した子ザルと「旅人のパン」をくわえた私の間に、細く紅い線が現れた。
次の瞬間、子ザルが飛膜を大きく広げ、私――というか「旅人のパン」めがけて突っ込んでくる。
「ギャッ!」
伸ばした両手の指先が〈防衛線〉に触れた途端、子ザルはもんどりうって枯草の床に転がった。
傷ついた指を口に突っ込み、恨みがましい目でこっちをじっと見上げてくる。
「える~。えるるぅ~」
泣いたって駄目だ。生き餌を食べられる子ザルと違って、私にはこの魔法袋の食料しかないんだから。
子ザルが諦めたようにオウルディラを拾い上げると同時に、〈防衛線〉が消失した。
子ザルがさっと顔を上げる。
『〈防衛線〉が発動します』
再び現れた絹糸のような紅い線に、子ザルががっくりと肩を落とす。
〈防衛線〉が消失する。
それを見た子ザルが目を輝かせてこっちを見ると、
『〈防衛線〉が発動します』
――へえ。
線と子ザルの一連の挙動を見ながら、私はひそかに感心していた。
どうやら、この〈防衛線〉、敵意に反応するだけでなく、脅威の多寡で威力も変化するらしい。
最初に子ザルが突っ込んできた時、いくら即座に飛びのいたとはいえ、〈防衛線〉に触れた子ザルの指は火傷程度の軽症で済んでいた。
シャドウパンサーの時とは大違いだ。
それだけではない。
全部で三回出た〈防衛線〉は、後のほうになればなるほど、細くなっていったのだ。
これはおそらく、子ザルの関心が私よりもパンに向いていたから。
そして最後のほうは、パンと同時に、点いたり消えたりする赤い線にも興味を引かれていたせいではなかろうか。
「える……」
片手に食べかけのオウルディラを持ったまま、子ザルがそろりと一歩前に出た。
〈防衛線〉は消えている。
そろり、そろり。
一歩一歩、確かめるような足取りで、子ザルがこっちに近づいてくる。
あと二メートル。
さっき〈防衛線〉が出たあたりを通り過ぎても、依然として線は現れない。
あと一メートル。
五十センチ。
遂に、子ザルは私が手を伸ばせば届く距離までやってきた。
そして――。
「える。えるるる」
食べかけのオウルディラをそこに置き、一歩下がって訊ねるような目を私に向ける。
「あー。つまり、それをくれる代わりにパンをくれってこと?」
賢いな、こいつ。
〈防衛線〉の仕組みにも、どうやら気づいたみたいだし。
私はきっぱりと首を横に振った。
「駄目だよ。私はそれを食べられない。第一、あんたの食べかけじゃん」
ぷい、と顔を背けるジェスチャーをして見せると、子ザルはしばらく考えるような素振りをしてから、今度は手つかずの――といっても、すでに半分くらい飛竜に食いちぎられた――三つ目の蜥蜴を持ってきた。
うん。そういうことじゃないんだなあ。
「悪いけど、私は生き餌を食べないの」
これにも首を横に振ってみせると、子ザルはしばし考え込み、それから手当たり次第に巣の中の物を運んでは私の前に積み上げ始めた。
さっきとは別のオウルディラ。羽根のちぎれたトンボのようなモンスター。しまいにはそこらの小石や枯草まで。
いやいや、量の問題じゃないんだよ。
みるみる築かれていく貢ぎ物の山を前に、私は頭を抱えたくなった。
一方、子ザルも何となくこれではダメだと気づいたらしい。
「えるるぅ~。えるるるぅ~」
ふいに甘えるような声を上げながら、私の膝に乗ってきた。
小さな両手をそっと私の肩にかけ、潤んだような大きな瞳で上目遣いに見つめてくる。
反則だろうが。そういうの。
「えるるる? えるるる~」
くっ……。可愛い。
可愛いが、しかし……。
『〈防衛線〉が発動します』
次の瞬間、子ザルは私の肩から斜め掛けにした魔法袋をひったくり、飛膜を広げて舞い上がった。




