14.ラスボス
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ぼろぼろになった両腕の隙間から、私は上空の進化個体を睨みつけた。
〈区切り〉は線で囲って区切る――いや、おそらく「切り取る」スキルだ。
ならば、やることは決まっている。
私は上空の進化個体を見据え、その頭部だけを囲む線をイメージした。
――〈区切り〉。
無音の詠唱と共に、進化個体の頭の周りに一瞬赤い線が閃く。
ブブッ! ブブブッ!
進化個体が驚いたように空中で跳ねた。
その拍子に、首がころりと落ちる。
ブブブッ! ブブブブブブッ!
頭を失った胴体は、しばらくの間、狂ったようにでたらめな軌道を描いて飛び回っていたが、やがて失速して草むらに墜落した。
『ウォーアント(飛翔相)を倒しました』
◆◆◆
「お……終わっ、た…………」
私はへたへたと地面に座り込んだ。
周囲に張り巡らしていた〈境界線〉の防壁が、溶けるように消えていく。
「は、はは……。まさか本当に倒せるなんて………」
いやあ、マジで死ぬかと思った。
今さらのように、がたがたと身体が震えだす。
震える手で魔法袋を探り、「汲みたての井戸水」を出して貪るように飲んだ。
「ぷはーっ! 沁みるーっ!」
頑張ったご褒美にドライベリーも食べちゃお。
疲れた時は断然甘い物よね、うん。
「痛ったぁ……………」
緊張が解けたせいか、今さらのように疲労と痛みが襲ってきた。
酸のシャワーを浴び続けたせいで、ワンピースの前腕部分はボロ同然。
露出した部分の肌は、一面火ぶくれで真っ赤になっている。
細かな飛沫を浴びたのか、頬や首筋もあちこちヒリヒリしているし……。
身の丈ほどもある草の原を、風がざわざわと揺らしていく。
見上げた空は、いつの間にか赤味を増して、夜の近さを物語っていた。
ちなみにこの「空」には太陽も月も星もない。
ただ、果てもなく高く見える天球が、地上の昼夜のように明るくなったり暗くなったりするだけだ。
疲れた身体に鞭打って、私は何とか立ち上がろうとした。
「……行かなきゃ」
夜が来る前に、どこか安全な場所を見つけないと。
こんな素通しの道のど真ん中で、いつまでもへたり込んでちゃいけない。
(ん?)
違和感。
――素通しの道のど真ん中?
めちゃくちゃに切り刻まれた地面を除けば、ウォーアントの大群がいたことなど嘘のように何もない……。
一拍遅れて、腹の底から強烈な気持ち悪さがこみあげてきた。
――私は何か、とんでもないものを見落としてないか。
戦いの場面のあちこちが、フラッシュバックのように頭を過っていく。
〈運搬相〉の殲滅戦。
〈尖兵相〉との攻防とバックアタック。
夥しい死骸の中から現れた〈飛翔相〉――。
「死骸が、ない……」
あの時、〈飛翔相〉は〈尖兵相〉の死骸の山から現れた。
なのに、残っているはずのその死骸が、きれいさっぱり消えている。
「私達が戦ってる間に、別のアリさん達が持ってった……とか?」
ゴリゴリゴリゴリ。
バキッ。クチャッ。
草むらの中から、咀嚼音が聞こえてきた。
ちょうど〈飛翔相〉が墜ちていったあたりだ。
――うん、知ってた。
ていうか、思い出した。
〈尖兵相〉が全滅した後、〈防衛線〉は二本残っていたことを。
と、いうことは――……。
『〈防衛線〉が発動します』
草むらの間から、これまでとは比べ物にならない大きさの――ゆうに三メートルを超すほどの化け物が、伸び上がるように現れた。
◆◆◆
見る前から、何となく予想はついていた。
群れで行動するアリ型のモンスター。
〈偵察相〉〈運搬相〉〈尖兵相〉〈飛翔相〉といった個別の役割を持つ変異体。
変異のたびにレベルアップしていくのなら、最終的に行き着く先は――。
青く輝く上半身は、間違いなくアリの造形でありながら、どこか艶めかしい女性を思わせるフォルムだった。
上体に比してずんぐりと肥大した長大な腹部。
〈女王相〉。
それでも、さっきみたいに頭さえ落とせれば。
〈区切り〉!
『スキルの上限に達しました。これ以上〈区切り〉は使えません』
どす黒く冷たい絶望感が、足許からひたひたと這い上ってくる。
真珠色の複眼と、頭頂部に三つ並んだエメラルドのような単眼が、満身創痍で座り込む私を、はるかな高みから見下ろした。
感謝を込めて、本日ももう一話投稿します。
次回更新はお昼前後の予定です。




