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雨音の行方  作者: 面映唯
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【自殺者ゼロ】

 何もないまっさらな伽藍堂に、青色が作られたと仮面の男は言った。青は青でしかない。赤も緑もないのだから、桃色も黄色も作れない。色の三原色は黒になる一方だが、光は違う。その数倍の他の色を作る。だからお前はすごいことをした。何もない虚ろでしかなかった空間に、新しい色を作った。それも、これからは明るくなる一方だと、讃えるように言った。


 なぜ青だったのだろうかと思った。赤でも緑でもなく、青。どうしてかと聞けば、それは「雨の色だから」だそうだ。


「雨って青いんでしたっけ?」

「印象は青だろう」


 確かに雨といわれれば青い印象がある。緑でもないし、赤でもない。


「涙の印象は何色だ?」と聞かれる。

「青、なんですかね?」

「悲しみの色だ」

「そんな色存在するんですか?」

「知るか。そんなもの」


 俺は、未だにまっさらな空間で大の字に仰向けになっていたが、俺の目には青なんて見えなかった。でも仮面の男は、この空間に青を見ていると言う。


 不思議なものだなと思った。そう言われれば、青く見えてきたりもする。全然見えないけども。


「俺の後悔って解消されたんですかね?」と尋ねた。俺はこれから先どうなるのだろう。成仏して天にでも登ってしまうのだろうか。地獄に落ちる気がしなくもない。


「ユウはどうしたいんだ?」


 どうしたい。どうしたいか。そう言われると、どうしたいのだろうか。


「また比留間に会いたくないのか?」


 会いたくない、と言ったら嘘になる。でも今はそんなこと考えられるほど余裕はなかった。なんとなくやり切った感と、様々な感情の渦に巻き込まれて、思考が停止していた。少し、考えるのが疲れた気分だ。


「会いたくないのなら、俺と代わってくれるか?」


 代わる? 何と変わるのだ。俺も仮面の男みたいにここの支配人にでもなるっていうのか?


「そういうことだ」


「え?」俺は体を起こした。視線の先には仮面の男の後姿。相変わらず外套を着ている。


「じゃあ一緒にここの支配人にでもなりましょうか。もう俺はここから出られないみたいですし」


 後悔を取り除く。これがここを抜け出す一つの道だと言われた。だから後悔がなんなのか探ったし、比留間さんだとわかって、追い続けた。しかしどうだ。その後悔が解消されたような心の浮遊感は確かにある。なのに、俺はこの空間を抜け出して、肉体を手に入れなおして現世に再び降りることもできていなければ、成仏して上にも下にも行けていない。


 考えられるのは、後悔が比留間さんではなかったということ。仮にそうだったとして、もはや比留間さん以上の後悔をこれから探せるほど、自分の中には余裕も気力もなかった。


「ユウと一緒に支配人はできない。ここの支配人は一人だけだ」


 ああなるほど。見えてきた。代わってくれるかっていうのは、そういう意味だ。要するに、代わる人がいなければ仮面の男はここを出られないということ。ずっとここにいるみたいなことを以前に聞いた気もするし。


「出たいんですか? ここ」

「どうだろうな」


 どうだろうなーー?? お前、俺が代わってやろうかってさっきの一言を真摯に受け止めて一瞬迷ってやったっていうのに、どうだろうなだー? じゃあさっきの『俺と代ってくれるか』って言葉は何なんだよ。嘘か。嘘をついたのか! 


「本心だよ。でも、たとえユウが代わってくれるって言っても、私は代わらない」


「あのー」と俺は仮面の男に問いかける。「ずっと気になってたんですけど、仮面の男さんは情緒不安定なんですか?」


「俺はいたって普通だが」

「なんか話し方が時々柔らかくなるっていうか、一人称も俺とか私とかあやふやだし、なんか多重人格みたいですね。多重人格者なんですか? ていうか、今更ですけど、あなたの名前も知らないですし」


 仮面の男は、「名前、知りたいか?」とこちらに近づいてきた。「ええ。どうせこの後も後悔を取り除いて現世に降りるか成仏できるまでは、長く付き合っていくんでしょうし。名前ぐらい知っておいても損はないと思います」俺は男の前に立ち上がっていた。


 男は、仮面に手を掛けていた。その素顔が見れる。そんなことに興奮は抱かれなかった。すでに仲がいいというか、なんか顔なんてどうでもいいような気がしていたからだ。ただ、別に見れるに越したことはない。名前を知りたいのと一緒で、彼の顔を見て俺に損はない。


 男は、今まで片時も離さなかった手鏡を無造作に床に落とした。そして、身に纏っていた外套を脱ぎ棄て、それは鏡の上に落ちた。


 あれ? 身長縮んだ?


 男はフードも取った。髪の毛が俺の視界に入ってくる。旋毛の周りに綺麗な輪っかができている。そして、耳が隠れてしまう髪の長さ。


「え、なんで」


 そう言う他なかった。見た目は男。声も男。そう思っていた人物が、正に女の風貌。髪が長くて、おまけに背も縮んだ。さっきは見間違えたと思ったが、露になった髪型を見た途端、それは正しいとはっきり思った。しかも、あろうことか、その髪型が実に見慣れたものであったことに感嘆する。全然新鮮なんかじゃない。ここ二、三か月ぐらいずっと隣から眺めていたのだ。間違えるはずがない。背丈、髪型。これはどう考えても――。


 仮面に手をかけていた。指先に力が入ったのがわかった。関節に沿って指が曲がっている。


 仮面は外れた。


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