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教室を出ると、途端に別の世界に来たような感覚だった。人が廊下を歩き、吹き抜けになっている三階から下の階を覗けば、そこでは机に向かい合わせで話している人、階段脇に備え付けられたソファアで寝そべる人、その隣のソファアで足を崩して話す髪色が明るい女性二人が見える。
神様とやらは、毎日こんな景色を見ているのだろうか。そこかしこの学校に行ってこんな景色を一人眺める。街中の交差点の上から眺める。ビルの一室で連なるパソコンに目を落とす人々を眺める。
退屈ではない気もする。でも、自分から話しかけられないということを嘆いたりしないのだろうか。楽しそうに過ごす人を見つけたら、「楽しそうですね」と言えない。困っている人がいたら、「大丈夫ですか」と手を差し伸べられない。そう考えると、神様も毎日退屈してはいないだろうか。それも、地球ができてからずっと今日の今日までそんなことを繰り返しているのだ。たかだか一、二か月程度、そんな疑似体験とやらをした俺ですら、到底耐えきれるものではなかった。
階段を降り、先程のソファアを抜け、キャンパスに出た。入口に突っ立っている俺。でも誰も見向きはしない。
俺の身体をないもののようにすり抜けていく生徒は連なっていた。
実体がない。なぜ俺は生きているのだ。あ、死んでるんだっけ。
いやいや、と考え直す。自分は死んだのだ。すべてなくなってもいいから死んだのに、なにを今更行き様としているのだ。死んだ後で生きようとするなんて馬鹿らしくないか。愚か者ではないか。それに、今の目的は自分を悲嘆することなんかではない。比留間さんのことを知ることが、俺が現世に戻る唯一の救いの手。
俺ってなんで戻ろうとしてんだろうな。
死ぬ前はそんなこと思いもしなかった。死んだ後になってまで後悔するなんて思ってもみなかった。そもそもこんな天国染みた別世界に来るような予定はなかったのだ。ぷつッと鼓動が途切れ先は皆無。そう信じこんでいた俺が悪いのだろうか。
俺より前にも自殺をしていった人は数多くいるだろう。彼らは今どうしているのだろうか。転生して新しい人生を歩んできるだろうか。それとも、本当に消滅してしまって、天国にも現世にも地獄からも姿を消してしまっているのだろうか。
何を余計なことを考えているのだと思った。今更そんなことを考えても仕方がないのだ。
俺はぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。そんなことを考えてしまうのも、全部死に際の少女の愚行のせいだ。あれがなかったら、今頃あんな何もない部屋に行って仮面の男と出会うこともなく、天に昇るか地に落ちるか消滅していることだろう。
ぱんぱんと大袈裟に自分の頬を叩いた。
比留間さんを探そう。話はそれからだ。比留間さんのことをもっと知りたかった。それが人智に反する愚行であったとしても、俺は知りたい。話して聞くこともできないのだから。俺にはもうそうすることしかできないから。
キャンパス内を探し回った。この時間に比留間さんがいないかもしれないということは重々承知の上でだ。それでも俺には時間がたっぷりとある。神様はずっと前から今の今までこうやって人々を天から眺めているのだ。神様の立場になって比較してしまえば、これぐらい時間を使うことなら屁でもなかった。
すべての建物、教室を一通り探し回り、入れ違いになったのかもしれないという可能性を潰すために、もう一周しようとしたときだった。建物から出てきた俺は、目を輝かせた。
校門から歩いてくる女性の姿を見つけた。遠目でも比留間さんだということがはっきり分かった。会えただけでこんなにも気分が高揚するとなると、人々がアイドルだったり二次元アニメに夢中になるのも頷ける気がした。寧ろそれが普通だと思えた。
俺は小走りで彼女の隣に向かった。彼女が歩くのと並行して隣を歩く。
この瞬間の興奮といったら、カジノのルーレットでチップ全額をテーブルのゼロの枠内に置いて、ディーラーの放ったボールがゼロに落ちるのと比ではない。興奮だ。歓喜だ。それと大差ない。
なぜだろうか。なぜ比留間さんなのだろうか。そんなことは後回しでよかったし、自分の心に聞いてみれば明白だった。
声も届かない、触れることもできないこんな環境でさえ、ずっと続けばいいと思ってしまった。




