愚かな王妃は愛に踊る
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ヴァータス王国現国王キット・フォン・ヴァータスには正室ともう一人側室がいた。
今話は国王の正室レディーローズ・フォン・ヴァータスの話をしよう。
旧名はレディーローズ・フォン・ロイド。
ヴァータス王国建国当初から続く名家の中の名家ロイド侯爵家の次女として彼女は生まれた。
ロイド家は王国一歴史ある家系ではあったものの、近年は度重なる事業の失敗から衰退の一途を辿っていた。
そんな気位だけは高い一族のレディーローズに寄せる期待は大きかった。
同時期に次期国王となる王子━━━現ヴァータス国王のキット━━━が誕生していたことも大きな要因だったのだろう。
一族から向けられる重圧に十歳の誕生日を迎えた時にはもう、レディーローズは自分の言葉を失っていた。
家庭教師や親から教わった微笑みを常に顔に貼り付け、教わった言葉で、決まった言葉しか話せない人形令嬢が出来上がった。
ロイド侯爵家の操り人形。それが彼女だ。
『お初にお目にかかります。ロイド侯爵家が次女、レディーローズと申します。以後お見知り置きください』
初めて王子のお披露目がされた建国記念日パーティーの時もレディーローズはレディーローズだった。
他家の令嬢の追随を許さない完璧な立ち振る舞い。完璧な微笑み。生まれ持った妖艶なプロポーションも周囲を魅了した。
令嬢の中の令嬢。
淑女の中の淑女。
レディーローズは王子の婚約者になった。
王子はレディーローズを様々な場所に連れて行った。
それはレディーローズにとって"救い"だった。
彼から向けられる笑顔。初めてレディーローズに向けられた笑顔。
これが"楽しい"という感情か?
これが"愛"というものか!?
キットと接する中で、レディーローズは自分を得ていった。
そして生まれる***。
それは"愛"故に。
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「そのようなことが••••••」
「ええ。そして自分の言葉を持たなかったわたくしを、人形だったわたくしを救ってくれたのが、陛下だったの」
今レディーローズが話しているのは新しく入ってきた紅い髪のメイド。名をクローレと名乗った。
レディーローズは病気療養という名目で離宮で生活している。
護衛騎士や使用人もいるが基本的に話し相手がいない。
"あの事"が原因で皆レディーローズに近づきたがらないのだ。
十代半ばで社交界デビューもしていないというクローレは王妃が話し相手になってほしいと頼むと自分なんかで良いのか、と二つ返事で頷いた。
クローレは下級貴族の三女で、自分には縁談が回ってこないからと王宮に出仕に登城したらしい。
「申し訳ありません••••••ッ」
「どうしてあなたが謝るの?」
「私が王妃様のことをもっと知りたいと言ったばかりに•••••••••お辛い過去を」
クローレは少し表情が堅い。
しかし感情は豊かなようで、今も王妃の過去を聞いて目に涙を浮かべている。
クローレが離宮に来てから僅か一週間。あっという間に『王妃様のお気に入りメイド』の地位を確固たるものにしていた。
「あなたが謝ることも泣くこともないわ。そのことがあったからわたくしはあの人と出会うことができた。あの人の隣に立つことができた」
レディーローズは幸せそうに微笑んだ。頬を赤く染めはにかんだその表情は儚げで美しい。
しかし直ぐに顔を曇らせた。
「王妃様?」
クローレが気遣うように言った。
「その幸せを、あの女が奪ったの」
「あの女?」
「わたくしを悪役にして側室に成り上がった忌々しい娼婦よ」
クローレは王妃が言おうとしている人物のことを知っていた。
「エリーゼ様、のことですか?」
「知っているの?」
クローレは苦しそうだ。
あからさまに顔を歪ませている。
「少し、私の姉の話をしてもよろしいでしょうか?」
レディーローズは頷いた。
「私には三人の姉がおりました。でも、貴族名簿には二人しか載っておりません」
レディーローズは無言で話の先を促した。
クローレは深呼吸をした。
そしてゆっくりと、はっきりと告げた。
「私の姉の一人、長女だったそうです。姉は、借金の担保として、エリーゼ様のご実家ハルハーレ伯爵家に養女として出したそうです。養子に出してすぐ、姉との連絡は途絶えたと、父から聞いております」
クローレの姉はどこかに売られたのだろう。もう、生きてはいまい。
王の愛妃の生家ハルハーレ伯爵家はもうどこにもない。本家の者は自領から王都に来る道中、賊に襲われ命を落とした。分家の者も流行病や事故などでこの世を去った。
「王妃様••••••この無念は、どこにぶつければ良いのでしょうか。誰に、誰に晴らせば良いのでしょうか•••••••••?」
クローレは再び目に涙を滲ませ、掠れた声で問うた。
自分から姉を奪い、果てに殺した憎き仇。
しかし、その仇はもうこの世にいない。
ならばどうしたらいい。このやりきれない思いをどこに、誰に、どうやって晴らせばいい。
「申し訳ありません、王妃様。私事を申しました。紅茶が冷めてしまいましたね。直ぐに新しいものをお入れいたします」
人に話せて些か心が軽くなったのか。クローレは目元を拭い、レディーローズのカップに温かい紅茶を入れ直した。
「ねえ、クローレ?」
レディーローズは優しくクローレの名前を呼んだ。
「はい、王妃様」
「その心の重み、無くせるわ」
レディーローズは優しく言った。
優しく、諭すように、惑わすように。
可能性ではなく、レディーローズは無くせると、確信を持って。
「王妃様、それは•••••••••」
「わたくしも一時期はそれで救われたのよ。わたくしの場合、足りなかったみたいだけど•••••••••でもクローレ。あなたの場合は一回で済むわ。だって、一人しか残っていないんですもの」
クローレの目に期待の色が浮かぶ。
レディーローズは続ける。
「復讐の相手は、エリザベスよ」
レディーローズの紅い瞳に宿った不気味な光。
クローレは王妃の手を取った。
クローレの手がレディーローズの手に触れた瞬間、レディーローズの"破滅"へのカウントダウンは始まった。
愚かなレディーローズの破滅まで。
あと一月。
来月行われる建国記念日パーティーの日。
エリザベスの復讐は完遂される。
クローレは内心微笑んだ。




