半端者に最高の嘲笑を 後編
長くなりました
ルイーナ・フォン・リガーレ。
古くからの友好国『ウィクトリア王国』の在国大使と外交官を代々勤めるリガーレ伯爵家。中位貴族でありながら外交における権限は王家からほぼ全権を任されていると言っても過言ではない名家の中の名家。政治に興味も関心もないグレイルでも知っているヴァータス王国の重鎮。彼らがいなくなればウィクトリア王国との外交関係も崩れるとまで囁かれる。
そんな国交の要である名門貴族の子息が何故、魔境にいるのか?------いや、今考えるべきことはそこではない。
グレイル達を壊滅させた《グランド・ウォール》は結界魔法の最上級魔法。生涯を魔法の研鑽に当てても到達出来ない者が殆どな最高難度の魔法だ。それの使い手。
ルイーナはこの国の王女殿下に仕えているという。つまり教会を襲撃したのは確固たる証拠を掴んだ王家直轄の騎士団、近衛騎士団である可能性が高い。
国のトップが本格的に闇ギルド撲滅の為に動き出したのだとしたら、最早教会を隠れ蓑に使うのは無謀であり無意味。
早速貴族だとか身分はどうでもいいものに成り果てた。
今最も重要なのは、目の前の"敵"を倒す事。
そして一刻も早くギルドマスターを救出し他国へ逃げる事だ。
さっき言っていたこと------フェデスの主力部隊を殲滅した------が本当なら、いや本当なのだろう。
同胞だった彼らの死を確認したのは他でもないグレイルなのだから。
死を確認と言っても、確認できたのはイラの森に住まう魔物に喰われ変わり果てた、魔獣の食事の残骸のみだ。
死因は判らない。
どれが誰だったのかも判断できない。
••••••••••••纏め役の生死を確認することもできなかった。
殺された後、血の匂いを嗅ぎつけた魔物に喰われたのか。はたまた、生きたまま意識あるままに喰い殺されたのか。
どちらにせよ五十人近い人数でいた彼らが------固まっていたわけではない。大人数で一緒にいたら魔物に魔力を感知されてあっという間に囲まれてしまう------魔物に喰われたということは、人為的な要素があるはずだ。
現実逃避だろうか。思考が纏まらない。
目の前の美しい少年は、だが不気味で悍ましい。悍ましいは言い過ぎかもしれないがそれ以外にルイーナを言い表すことができない。
ルイーナはグレイルの判断力の高さと決断力に笑みを深めた。
「貴方は、フェデス守護の要、戦闘部隊の纏め役"代理"グレイル様ですね?」
「•••••••••ああ、そうだ」
ルイーナはわざと"代理"という単語を強調して言ったのだが、グレイルから返ってきたのは肯定の言葉。
グレイルはルイーナを鼻で嘲笑った。
ここまできたら意地とヤケクソだ。先程までルイーナに抱いていた恐怖や劣等感は吹っ飛んだ。
ルイーナを殺し、フェデスの象徴------グレイル個人はロバートを軽蔑している節があるが------たるギルドマスターを安全な国に逃す。
「お前が殺した纏め役を俺は尊敬していた。最高の師匠で、人間としてもできた人だったからな。
大方、師匠の代わりである俺を煽って自分の有利に事を進めようとしたんだろうが、俺はそこまで脳筋じゃねえ。残念だったな。王女殿下の犬野郎」
グレイル史上最高の嘲笑を浮かべながら言い切った。
しかし、
「できた人?人間として?あの方が?」
ルイーナの顔に表れたのは、侮辱に対する羞恥や怒りではなく、困惑だった。
「確かに私は戦闘部隊の方々を殺しました。しかしあの中に------」
そこまで言って、ルイーナは言葉を切った。
そして、
「------------------ああ、成る程!そういう事ですか」
先程のグレイルと同じ様に。いや嘲りではなく"憐れなもの"を見る目で、
「『無知とは罪』と言いますが、今回の場合『無知とは憐れ』と言ったところでしょうか」
微笑んでいた。
「どういう意味だ」
グレイルは努めて、内心荒れ狂う感情を抑え込み無感情に言った。
反してルイーナは、
「いえ、『知らぬが仏』という諺もあります。お気になさらず」
可哀想なものを見る目のまま、軽く頭を下げた。
ルイーナはグレイルに対する評価を少し下げた。
グレイルの師が原因とはいえ、少し過大評価だったかもしれない。"真実"を見抜く目がグレイルには足りないらしい。それはグレイルの師が根っからの嘘つきだからなのか、グレイル自身が騙されやすいのか、敬愛する師に対して盲目になっているのか。どれか判らないが、判る必要もない。
彼の師は死に、これからグレイルも死ぬ。
「ああ、そうかい。それが」
グレイルはルイーナの自己紹介から放出していなかった魔力を解き放った。挨拶前とは比べ物にならない程の魔力。
「------------それがッ、遺言でいいんだなッ!」
刹那、ルイーナのいる空間が歪み、捻れ爆ぜた。
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空間干渉系魔法空間屈折魔法。
ルイーナの結界魔法を回避した魔法である。
グレイルが生まれ持った膨大な魔力と高い空間魔法の適正、厳しい修行の末に会得した精密な魔力操作によって可能にした"空間を破壊する魔法"だ。
座標を指定し、空間を捻じ曲げ、無理矢理力の方向を曲げられた空間は元に戻ろうとする。その時に起こる周囲をも巻き込む強力な歪みと強烈な耳鳴り。
その歪みに巻き込まれれば、身体が土に、いや、塵に帰る。
いくらルイーナが高位の魔法使いでも"無詠唱"で発動した空間魔法を回避することは不可能ッ!
地面が抉れ、何も無くなった場所。未だ甲高い音が耳の中に残っている。
ルイーナが立っていた場所を見嘲笑いながら、
「俺の勝ちだ!半端------」
グレイルの続く言葉は、
「"半端者"は、貴方ですよ」
"耳元で囁かれた"美しく冷たい声に代弁された。
勢い良く振り向こうとしたグレイルだが、身体にのし掛かった重みに崩れ落ちた。
夏の蒸し暑さが支配する今夜だが、倒れた地面は冷たく湿っており、グレイルの体温を容赦なく奪った。身体の下、地面との接触部分に伝わってくる熱は体温が土温に近づいているからか。それとも身体の各所から溢れ出してくる血だろうか。
------暖かい。
まるで誰かの腕の中にいるようだ。
------寒い。
まるで誰かに体温を、命そのものを吸われているようだ。
「•••••••••し•••し、しょ••••••••••••」
必死に"光"に手を伸ばす。
「•••し、しょう•••••おれ、は••••••••」
孤児だったグレイルを拾って、愛情深く育て、神の有り難みを教えてくれた、唯一の家族。最高の師匠。敬愛する、父親。
身体が重い。身体が土にめり込んでいく。
重力増強魔法。
指定空間の重力を倍増させる魔法によって地面に沈んでいく。
光が強くなる。
身体にかかる圧力も大きくなる。
「••••••••••••とう、さん••••••」
「それが、貴方様の遺言ですか?」
視界が光に包まれ闇に落ちる前に耳に届いた最後の声は、グレイル自身を、そしてグレイルの唯一無二の家族を奪った悪魔の声だった。
円形に抉れた地面。多量の血液。限界まで圧縮された肉体。
物言わぬ肉塊と成り果てたグレイルの腕は、白んできた東の空に縋るように伸ばされていた。
「素晴らしい一撃でした。私も油断していたら避けられなかった•••••••••残念です。来世での再戦を楽しみにしております」
ゆっくりと丁寧に頭を下げて、ルイーナは主人の元に転移した。
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そろそろ朝日が昇る時間なのだろう。東の空が白んできた。
目の前で罵倒雑言を捲したてる愚か者に冷たい視線を浴びせながら、エリザベスは騎士達に捕縛命令を出した。
「カトリック卿。これまで教会を隠れ蓑に行ってきた犯罪の数々、闇ギルド『フェデス』について、全て吐いて頂きます」
吐く、などという汚い言葉遣いを淑女である王女殿下が使うはずもないが、今回ばかりは聞き間違いではない。エリザベス殿下から滲み出る怒りや軽蔑といった感情が周りにも伝わっているのだ。
ロバートと縄を手に持った騎士の間にクープが立ち塞がった。いつの間にか手には細剣を持ち、腰を落として臨戦態勢をとっている。だがクープの顔に迫力はない。人形が武器を持っている。そんな感じだ。
「俺は、ロバート・フォン・カトリックだぞ••••••ッ!選ばれた特別な存在である俺が何故!?貴様のような"下賤"な生まれのものに------ッ!!」
「貴様ッ」
エリザベスを愚弄したロバートに剣を抜きかけた騎士を手で制する。
「カトリック卿。あなたが最も貴族として最低最悪であると、理解していないのですか?神聖な祈りの場である教会を汚し、あまつさえ------"奴隷"を持ったあなたが、わたくしを下賤と言いますか?」
エリザベスは虫ケラを見る目で言った。
------------刹那。森の奥から膨大な魔力が爆ぜ、強烈な耳鳴りが辺り一帯、広範囲に響いた。
「フハハ、ハハハ、ハハハハハハハッ!」
その魔力の波長にロバートは勝ち誇り嗤った。
クープは平然と無感情に騎士達を見ている。
エリザベスを含めた第三騎士団の面々は両耳を抑え、頭の奥に響く不快な音に耐えた。
「貴様の負けだ!もう時期フェデスの主力部隊がここに来るッ、騎士団一つを相手取るくらい造作もない者たちだ!貴様ら如きッ片手で捻り潰して------」
瞬間、凄まじい衝撃と共に伝わってきた魔力の波長は、一度目とは全くの別物だった。
「どうやら、わたくし達の勝ちのようですわね」
「どういうことだ••••••」
「こういうことですわ。
------------ねえ、ルイーナ?」
「------------はい、エリザベス様」




