運命
回想を終え、ロストは優雅に紅茶を飲むエリザベス王女に意識を戻した。
鮮やかな自然色の緑髪が風に揺れている。
丸い机の上にはカップがもう一つ置かれていた。あの洋紙を読んだ転生者が、今日ここに来ることを確信していたのだろう。
•••••••••もしかしたら、ロストが来ることも分かっていたのかもしれない。
「あなたの望みは何?」
まだ湯気がたつカップから顔を上げたエリザベスはロストに問うた。髪と同色の瞳に映るのは"自信"。頬に汗が伝う。
「•••••••••まるで、私の願いを知っているかのようですね」
ロストは正直に思ったことを言った。彼女に嘘は通じないような気がしたのだ。
だが何より、この王女が、恐ろしい。今まで感じたことのない"不気味な恐怖"。
同じ空間にいるだけで、自分が彼女よりも下の存在であると錯覚してしまう。いや、それは錯覚などではないのかもしれない。
(---------------兄上、私はとんでもない"化け物"に出会ってしまったようです)
感情を表に出さぬよう、ロストは身体に力を入れ直した。
エリザベスはクスクスと笑いをこぼした。何が面白いのか、ロストには分からない。
王女は立ち上がる。
「確信はないわ。わたくしの推測ですもの」
エリザベスはロストの言葉を肯定した。元から隠すつもりもなかったのだろう。
「でも、あなたとわたくしの願望がとてもよく似ているのは事実だと思うわよ」
妖しく微笑み、この部屋に転移してから一歩も動いていない------動けないロストに歩み寄る。王女の白い手がロストの肩に触れた。ビクッと反射的に身体が跳ね、後ろに下がろうとするが、床に固定されたのか。足が全く動かない。それどころか身体全体がいうことを利かず、手を振り払うこともできない。肩から首を伝い頬に添えられた。
エリザベス王女が、耳元で囁いた。
「------、----------?-----------------」
「--------------あら?図星かしら?」
彼女が銀色の刃に動揺することはない。鋭く尖った刃は首の皮一枚の隙間を残し、エリザベスの喉元にあてがわれていた。
短剣の柄を握るロストのフードはずれ、隠れていた紅い瞳が王女を射抜く。精神的恐怖以上に、この危険な存在を消さなければならないと本能が叫んだ。
「何故、分かったのですか?」
その声は、地を這うように低い。少し垂れた目元も今は釣り上がり、返答次第では殺すと雄弁に語っていた。
何のことでしょう?と、しらばっくれることはしなかった。いや、できなかっただけだ。
エリザベスは殺意を向けられているにも関わらず、愉快そうに笑った。
ロストはその無邪気な笑顔に恐怖を感じたが、同時に何かを、"期待"した。
ロストは気がついているのだろうか?
紅玉のような瞳と短剣の刃が、小刻みに震えていることに。反して口角を上げ、笑みを浮かべていることに。
その震えは、"恐怖"から。
その笑みは、"期待"から。
両立する筈のない正負の感情が同時に湧き上がってくる。
---------トクン、と胸がなった。
ロストは自らに問うた。
問一、彼女は、何者なのか。
答、ヴァータス王国の王女だ。
違うッ、そうゆう事ではない••••••ッ!
答二、同じ転生者だ。
これも違う。
•••••••••答三、"異常者"だ。
---------トクンッ。先ほどより強くなった。
"異常者"。その答えが一番しっくりときたのは何故だろう。
答えは、同類だからなのだが、ロストにその自覚はない。
顔を隠していたフードは完全に外れ、素顔がエリザベスの目に晒される。漆黒の髪がさらりと肩に落ちた。
「わたくしの"眼"は"特別な眼"ですから」
自分の目元を見せつけるように、ゆっくりとなぞった。
王女の大粒のエメラルドを思わせる緑眼。
今は六つ菱を宿したその瞳。それは------
「------------魔眼、ですか••••••」
エリザベス王女は、正解というように微笑んだ。
------------"魔眼"。
産まれながらに人間が有する特殊な眼。
催眠、透視、遠視、未来視•••••••••個体ごとに能力は異なるが、力の大小は持って産まれた魔力に比例する。
親から子に遺伝することはなく、一代限りの希少能力だ。
エリザベスは"嘘を見抜く"魔眼を有している。
その為、《認識偽装魔法》で髪と目の色を変えているロストの本来の姿も視えたというわけだ。
「------------あぁ、これは••••••一本取られました••••••」
王女のネタバレにロストは項垂れ、疲れた笑みを浮かべた。そして、全て動かしきった王女に、敬意を籠めて言うしかない。
「全て、あなた"様"の手の平の上、だったわけですね」
エリザベス王女の前世は"普通の"女子高生だったそうだ。••••••暴力事件を起こしたり、頻繁に警察官とやり合い、警察がマークする要注意人物だったらしい"普通の"女子高生だそうだ。
勝ち誇った笑みを浮かべる彼女に、言った。
「完敗、でございます」
いつの間にか恐怖は消え、ロストの心の中は敬意と惜しみない賞賛に満ち溢れていた。
「わたくしに協力する?それとも、わたくしに絶対忠誠を誓う?」
そう問うたカリスマ溢れる王女に、
「我が願いを叶えて下さるのなら。私に光を魅せて頂けるのなら」
そう言った。
「叶えましょう」
微笑みながら紡がれたその言葉に、ロストはゆっくりと膝をつき、頭を垂れた。
「我が忠誠をエリザベス・フォン・ヴァータス王女殿下へ。忠義の誓いは生涯変わることなく我が君へ」
エリザベスは跪いたロストに右手を差し出した。
「表をあげなさい。あなたの忠誠はわたくしの中に」
出逢ったばかりの王女に膝を折ったのは、きっと運命だったのだろう。




