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19話:現実世界

明けましておめでとうございます、ですね。

もうそろそろ学校始まるので更新率は低下します;

課題片付けないと死ねる。

投げ出されたその床はずいぶんと冷たく、それと同時にアンモニアの刺すような臭いが鼻を襲った。

鏡の破片と共に床に伏せていた俺は顔を上げ、状況を理解しようと試みる。

トイレだった。それも広くて便器も個室も多く、昔に見た高速道路の公衆便所のような場所だった。

男性用便器が見えたことで、ここは男子便所だということが分かった。身体を起こして辺りを見渡すと、遅れて人の声が、雑踏が聞こえてきた。

どうやらどこかの大都市の公衆便所らしかった。鏡は粉々になっており、その破片を踏みつけながら後ろを振り返る。アイナと呼ばれる少女がこちらを睨みつけて立っていた。

何を言おうか口をもごもごさせていると、閉まっていたひとつの個室からスーツを来た中年の男性が出てきた。腹の少し出た白髪の混じった髪をしたサラリーマンの男性だ。ベルトの音をがちゃがちゃと鳴らしながら辺りを見渡している。

「なんだなんだ、すごい音がしたぞ。鏡が割れて────────」

そこで中年男性の言葉は止まった。アイナがその男の首筋目がけて蹴りを放っていたからだ。

「お前っ! 何してっ」

俺の咎める声にも訊く耳を持たず、彼女は男子トイレ出入口に向かって駆けていく。つられて俺も彼女を追う。彼女は逃げたのだ、と分かったのはトイレから出た後だった。

太陽がギラつく大通りに面した歩行者用道路を走る。

辺りには多くの人が歩いており、その中の大部分の人がスーツを着ていた。おそらく、日の位置から察すに今は昼時なのだろう。会社の昼休みに外へ出て昼食を取ろうと考えている人でこの歩行者用道路はごった返しているのだ。周りには天に届きそうなほどのビルがいくつもそびえ立っていた。

そんな中で俺達は明らかに浮いていた。ちらほらと私服の人物も見かけるが、全力で走っている人などはいない。人がのろのろと歩むこの道で、俺とアイナだけが全力で走っているのだから。

ややあってビルとビルの隙間の路地に逃げ込んだアイナを見て、俺は好都合だと思った。

先ほどから色々な人の視線を感じていたのだ。それから解放されることもあったが、何よりも標的が追いやすくなった。人でごった返す大通りではアイナを追うのにものすごく体力を使うのだ。彼女は自分の思うままに逃げるだけでいいが、追う方の俺はアイナを見失わないようにしつつ、人を避けて彼女を追わなければならないのだ。

前方で鈍い音がし、異臭が立ち込める。視線を上げると、青のポリバケツが横倒しになっていた。アイナは蹴り飛ばしたものだろう。それらの生ゴミを避けつつ、声を上げる。

「待てって! 俺は戦うつもりなんか無い、 ちょっと、話を!」

俺の叫びも聞かず彼女はぐんぐん進んでいく。いくつもの角を曲がり、換気扇に足をとられ看板の真下を通過し、再び大通りに出た。そこは大きな駅の前で、先ほどのスーツを着た大人達以外にも制服や私服を着た俺達と同年代らしき人もたくさんいた。

そこで立ち止ってしまったアイナの隣に立ち、息を整える。彼女の息も上がっていたが、息を整えるためだけに彼女が止まったわけではなさそうだった。駅の名前を凝視している。

知らない駅だった。ということは、少なくとも俺の住んでいる町ではないということが分かった。もしかしたら最悪県外かもしれない。

「おい、ちょっと──────」

「もしかして、愛成(アイナ)………?」

俺が声をかけるより先に、二人組の女子高生の片方がアイナに向かって声をかけていた。

その子は長い黒髪を風に靡かせ、そのままアイナを見て固まり、目を見開いていた。どうやら学校帰りのようで、駅から出てきたのだろう。もう片方の女の子は怪訝そうに眉をひそめている。こちらの方は知り合いではないのかもしれない。

一方アイナの方は、ハッと息を飲み、そしてみるみるうちに顔が変わっていった。

「愛成、愛成だよね! よかった、生きてたんだ、テレビじゃ行方不明とか言われててさ、警察も頼りにならない状況でさ、よかった………」

「よかった、ねぇ……」

アイナの顔の変貌を話していない方の女の子、つまり知り合いではない方の女の子は気が付いたようだった。足が震え、少しずつ摺り足で後ろに下がっていく。

それに気が付かないまま知り合いである黒髪の女の子は涙ぐみながら話を続けようとする。

「ほんと、よかった。 あっ、もしかしてその後ろの人って愛成の? もしかして駆け落ちしてたとか?それならそうと私に一言ぐらいあってもよかったのに──────────」

「よかった………でしょうね、あなたは!」

あまりに大きな怒号に町を行く人のほとんどが何事かとこちらを振り向き、そのまま歩き去っていく。

わざわざ立ち止って見る者などはいない。それが今は助かっていたように思えた。

「なんなの? その私たちは友達みたいな、再会の言葉は。 そりゃあなたは私が生きてて良かったと思うでしょうよ、自分のせいで死なれた(・・・・・・・・・・)ら困るでしょうからね(・・・・・・・・・・)!」

「な、何……何を言って」

「間接的とは言え人殺しの念なんて背負いたく無いものね、それは誰だって自分のことが一番可愛いんだから仕方のないことね。でもね、私は許さないわ」

「も、もしかして先輩のことを言ってるの!? そ、それは別に私は……」

「知らないわ、第一あんな男のことなんてもうどうでもいいの。 私が許せないのはあなたの裏切りよ。本当なら殺したいところだけど、この世界でソレをすると警察がうるさいからね。よかったわね」

「愛成、 愛成! 違うの、私は本当に!」

目を見開いて、がくがくと足を震わせながらも黒髪の彼女は声を絞り出す。今この瞬間、確かにアイナは彼女を殺そうとしていた。ただ純粋な殺気を彼女に向かってぶつけていた。

「言い訳なんか訊きたくないわ。 何があろうと結果あなたは私を裏切ったでしょう? それはゆるぎない事実でしょう? ………もう会うことは無いでしょうね、さよなら」

そう言うとアイナは元来た道を走って引き返した。俺は泣き崩れる黒髪の彼女とだんだんと小さくなっていくアイナを交互に見て、少し逡巡した後にアイナを追いかけることにした。

アイナは先ほど走っていた速度より早いように思われた。





やっとのことでアイナが立ち止り、俺が追いつけたその場所は俺達が出てきた魔鏡(イビルミラー)があったトイレから少し離れた歩行者用道路だった。ただ、雰囲気が先ほどは違い、大勢の人がそこに集っていた。

また、KEEP OUTと書かれた黄色のテープが張り巡らされていたことから、俺は嫌な予感がした。

「………」

その黄色のテープを遠くから眺めるようにして見ているアイナの横に並ぶ。どうやらこちらも嫌な予感はしているようだった。

「ほら、散った散った! もうすぐ救急車が来るんだから!」

救急車。

誰かが怪我をしたのだろうか。俺が思い当たったのは、あの少し太った中年の男だった。

ただ、救急車を呼ぶほどまでにアイナは強く蹴ったのだろうか。彼女の横顔を盗み見るが、到底そうは思えなかった。むしろ、何かを悔やむように目をつり上げている。

「ちょっと、すいません」

俺は野次馬の一人に声をかけて、状況を詳しく知ろうと考えた。近くに居た青年は人差し指で自分の鼻を指し、俺か? と素っ頓狂な声をあげた。

「ここで何があったんですか?」

「ああ、どうやらトイレの床で寝てた男が何者かに腹を刺されて金品を奪われたって話らしい。なんで男がトイレで寝てたのかは知らないけど、そこに運悪く強盗に会ったってワケだ」

もちろん被害者の中年の男は寝ていたわけではない、気絶させられていたのだ。アイナによって。

そして倒れていた男を何者かが襲い、こうなったわけだった。

遠くからサイレンが鳴り、救急車が来たことを人々に告げる。人波が割れて、救急車がその隙間に入り込む。視界の端に映ったのは、腹部に刃物が刺さった顔を青くしたあの男だった。

「そうだ! 鏡は」

「きっと処理されているわ」

ぎょっ、としてアイナを振り向くが、彼女はこちらを振り向かない。真っ直ぐ前を見据えたままである。

「割れて粉々になった魔鏡なんて、処分されてるわよ。元の世界(・・・・)に帰る方法は消えたわ」

おそらくアイナは俺に向かって話しかけている。

いや、零した言葉を俺が拾っているだけなのかもしれない。それでも、何も聞かない話さないよりは絶対にいいと思えた。



だが、俺達はこれからどうするべきなのだろうか。














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