17話:嘘付少女
年末年始バイト……。
くりすますなにそれおいしいの?
どれくらい歩いただろうか、視界が鈍い赤色に染められるのではないかと錯覚するほどに長く砂漠を放浪していた。
一向に景色の変わらないこの場所では進んでいるのかさえ疑わしくなってくる。
隣を歩く少年、ツーフェを見やると彼もまた疲れたような顔をしていた。
いや、実際疲れているだろう。私だって疲れていた。
ひとつ大きな砂の丘を越える、すると今までの景色とは変わって、遠くに緑の山が見えた。
自然がそこにあった。その山のふもとには小さな集落も見えた。
「ツーフェ君。村が見えたよ。もしかしたらおねぇさんがいるかも」
「ほんとう!? やっとあえるんだ………」
目をほんの少し輝かせて、ツーフェはその村を遠く眺めていた。
あそこまでつくのにもうしばらく歩かないといけないが、目的を得た身体はもう疲れを忘れていた。
もし、そこに少年の姉がいなくとも、休憩が出来る。そう考えれば集落を発見した収獲は大きかった。
はしゃぐように砂の丘を駆け下りる少年を見て、彼女の顔は少し綻んだ。
「れいかおねえさん! はやくはやく!」
「急がなくても大丈夫だよ」
そんな言葉をかわしつつ、着々と村へと歩みを進めていく。
その村には活気がなかった。いや、人の気配がしなかった。
門から入り、辺りを見渡すがどの家も店も閉まっており、人の気配がしなかったのだ。
錆びれた看板、風化した木造住宅。
まるで、終わってしまったかのような村だった。
「れいかおねえさん…………」
この雰囲気を薄気味悪がるようにツーフェは月見里の袖を掴み、歩幅は小さくなっていた。
月見里自身、嫌な感じがしていた。
人はいない。血無しも見当たらない。
路地の隙間を通り、ひとつひとつの家の窓を覗いて行く。中は真っ暗で、光が差してかろうじて様子が見える場所はものすごい量の埃がたまっており、窓にも蜘蛛の巣が張り放題だった。
死んだ村。そう表現するほかに言い表せなかった。
少年の姉を探すどころか、休む場所さえなさそうだった。
唯一休めそうな場所は、村で一番大きな家の庭だけだった。その庭には切株を模した小さな椅子が二組置かれていた。
そこに腰掛け、少し考え事をする。
やっと見つけたこの村はすでに死んでいた。よって少年の姉を探すこともできず、他に情報を仕入れることもできず、さらには休むこともままならない。
長いこと赤い砂漠を彷徨っていたのだが、そろそろ限界だろう。主に少年が、である。
では、次はどうするか。
一晩ここでしぶしぶ休んで、それからまた砂漠を彷徨うか、またはこの村の裏手にある自然溢れる山伝いに行動するか。
山も砂漠もどちらも消耗する体力は同じようなものだった。
しかし、景色の面で言うと、山の方がうんざりしなくていいのかもしれない。
それもいつしかストレスへと変換されるであろうが。
考え事がまとまって瞑っていた目を開けたところ、嫌な雰囲気を感じた。それは少年の方も同じだったようで、眉を八の字にしてこちらを見ていた。
「大丈夫、私が守ってあげるから」
どの口がその言葉を言うのか。自虐している暇はなかった。後ろにそびえる大きな家の二階から人が降ってきた。
否、人に似た腐乱物が降ってきた。
「カァ………、ヴヴヴッ………」
立ち上がったそれは、腐臭死体にしか見えなかった。
言い換えるなら、ゾンビにしか見えなかった。
ボロボロになった布切れを身に纏い、腐って剥がれ落ちた部位からは蛆が湧き骨が見え、極めつけはその臭いである。
酷い、と月見里は思った。何がどうなってこの死体が動いているのかは分からないが、明らかに敵意を持ってこちらに近づいてきている。
「逃げるよ!」
少年の手を引き、家の庭から出る。
立派な門扉を抜けると、いつの間にやら住宅から無数の腐乱死体が顔を覗かせていた。
一部の者は器用に窓を開け戸を開け、外に出てきている。そしてやはり、こちらを見て呻き声を上げる。
「………っ!」
手を引いて走る。逃げるしか手段はなかった。
何故なら、今手を引いている彼がいたからだった。
一人なら能力を使えば何とかなったであろう。だが、この子がいると、それに巻き込まれてしまう。
前にも言った通り、制御が出来ない。
前にも言った通り、人を守るための能力ではない。
だから、逃げるしかできない。
能無し同然のふりをして、もがいて逃げることしかできない。
「あっ」
手にあった温もりが消え、後方からくぐもった声が聞こえる。
振り返ると、少年が転んでいた。歩幅を考えず走ったせいだろう月見里はすぐに駆け寄り、背を差し出す。
「乗って」
「う、うん………」
「泣かないの、偉いね」
咄嗟に出てきた言葉を言って、少年を背負って走り出す。
家の隙間から腐乱死体が溢れでる。
曲がり角を曲がると、向こうに待ち構えている。
決して足が速いわけではない。歩くスピードと大差がない。しかし、数である。
圧倒されるほどの数が、この村にはいたのだ。
どの道を通ろうとも必ず10体以上は待ち構えている。その間を抜けていくのは不可能に近い。
加えて住宅が敷き詰められて迷路のようになっている村だ、今自分がどこに居るのかが把握できない。
迷い、襲われ、抜け出せる術もなく、ただ走るだけ。
自分の能力の無さを呪うことしかできなかった。
先ほど少年に向けて言った『私が守ってあげるから』という台詞がどれだけ薄っぺらだったのかを自分で再確認する。
嫌な汗を体中に感じながら走っていると、ついに袋小路に突き当たってしまった。
すぐに後ろを振り向くが、そこにはもう数えることすら億劫になるぐらいの死体が詰めかけていた。
もう、終わった。
そんな考えが頭の中をよぎった。
美流との約束も果たせないまま、少年との約束も果たせないまま、ここで終わると。
結局、自分は弱かった。いかに最悪な五つの能力のひとつを持ち合わせていようと関係がなかった。
少年を見捨ててソレを使うこともせず、自害を選んでしまっていた。
もしかしたら自分は美流がいなくなった時点で死んでいたのかもしれない。
この世界にとって、必要のないものになっていたのかもしれない。
無理矢理に目的を作って、生きてきたのかもしれない。
そんな思いが頭の中を駆け巡って、そのどれもが頭の中で肯定されて、自然と笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ………ふふふふ……」
「れいか、おねえさん……?」
少年が肩越しにこちらの顔を窺っているのが分かる。そうか、この少年だけでも、逃がせばいい。
逃がせられれば、いい。
「ツーフェ君、その家の屋根に手は届くかな?」
「う、うん……とどくけど」
「じゃ、そこに昇ってくれるかな」
「れいかおねえさんはどこからのぼるの? このおうち、やねたかいよ?」
「私は大丈夫、能力があるから」
「ほんとに?」
「うん、だから早く」
少年を屋根の上まで押し上げ、今少しの安全を確保させる。
これで、後は少年の運にかける。
「れいかおねえさん、はやく」
少年が懸命にその小さな手のひらを向けてくるが、それを掴むことも見ることもできなかった。
「れいかおねえさん……? なにしてるの、はやくしないとぞんびがくるよ!」
「えっと、……私ね、ちょっとこの人たちに説教してから上るから、ツーフェ君はそこからこの村の出口を探して、そこに向かっててくれるかな」
「う、うそだよ! れいかおねえさん、さっきからなにもしてなかったよ。できなかったんだよね! うそいわないでよ、いやだよそんなの! ぼくをにがそうとしているんでしょ!?」
「言うこと聞かなきゃダメでしょ? 本当だから、すぐに行くから」
「いやだっ! れいかおねえさんがここにのぼるまでぼくみてるからっ、ここにいるからっ!」
「早く行って! もう、無理だから。 私、精一杯だから……ね?」
「やだやだっ! しんじゃうよ、れいかおねえさんがしんじゃうのやだよっ! せっかくなかよしになれたのに、そんなのやだっ!」
月見里はもう少年の言葉を聞いてはいなかった。
一メートル先の腐乱死体から目を離せなかったからである。
ああ、なんておぞましい姿だろうか。頬の肉が削げ落ちて奥歯が見える。やせ細った腕にははち切れんばかりに血管が張り巡らされている。
内臓が見え、脈動しているのが分かる。
私もこの仲間に入るのだろうか。そうしたら、少年を襲ってしまうのだろうか。
どうにかして逃げてほしかった。でも、私の話術じゃあ到底無理だった。子供にすら見抜かれるのだから、嘘を吐くのが下手なのだろう。
最後に、神無月美流にもう一度会いたかった。それとも、これから会えるのだろうか。
腐乱死体が眼前に迫った時、その声を聞いた。
「あんた、格好良いよ。 そんなのアニメや漫画の中だけだと思ってた」
その感嘆の混じった声とともに風が吹き、腐乱死体がバラバラに裂かれて地面にボトリと落ちていった。
何が起こったのかが分からず、目を白黒させている月見里の耳に届いたのは少年の声だった。
「おねぇちゃん!」
「おねぇ、ちゃん?」
その代名詞は私を指しているわけではなく、今目の前に降り立ったその女性に向けられたものだとすぐに理解できた。それは外見。真っ赤に燃えるような赤い色の髪を靡かせ、颯爽と登場したその女性。
黒のVネックシャツにジーンズ素材のホットパンツといったラフな格好ではあるが、やはりその真紅の髪が目を引く。
少年が屋根から降りて駆け寄り、姉と呼んだその女性に抱きつく。
それを輝くような笑顔で抱きしめ返したその女性は、少年の肩越しにこちらに目を向けた。
「あんた、ありがとう。弟のピンチを助けてくれたんだろう?」
「わ、私は……」
何もしていない、とは言えなかった。いや、言わせないような圧力を彼女から感じたからだ。
それは優しさなのか、それ以上彼女は何も言わずに月見里に向かって微笑んだ。
「あのね、あのね! れいかおねえさんがぼくのことたすけてくれたんだよ!」
「そうかー。いい人で良かったね。ちゃんとお礼しないとね」
「うん! れいかおねえさん、ありがとう!」
元気よく頭を下げる少年を見て、ついに月見里は何も言えなくなった。
一応、助けた。そういうことにしておこう。
「……話は変わるけど、結局なんだったんだ? こいつらは……」
吐き捨てるように腐乱死体に向かって投げた言葉は、自分に対して訊いているともとれた。
「分からない。いきなり私とツーフェ君を襲ってきて、逃げていたんだけども」
「そうか、……そう言えばあたしの自己紹介がまだだったね。あたしはイッヒシュニット。言いにくいからシュニでいいよ。家族間でもそう呼ばれてる」
「そう、じゃあ助かったわ、シュニ」
「何言ってんだよ、あんたがいなかったらうちの弟が助かってなかったっての! お礼を言うのはこっちさ」
それにしても、とシュニは続ける。
「あんた、なんで能力使わなかったわけ?」
それは確信に触れる質問だった。ただ、答えは使えないから、と簡単なものだがそこに至るまでの経緯は決して簡単なものではなく複雑な道を乗り越えた先の答えだった。
「それは、」
「おねぇちゃん!」
シュニとの会話に割って入ったのは少年の声だった。
「れいかおねえさん、こまってるよ! いじわるするのだめっ」
「あー、悪かった。 ごめんね、れいかちゃん」
「れいか、ちゃん?」
「そ、れいかちゃん。あたしたちもうただの知り合いじゃないでしょ? 迷惑なら忘却するけど」
「ううん、それでいい」
今度は素直にそう言えた。うれしかったのかもしれない。それとも、長らく優しくされてなかったから久々のことに心が麻痺しているのかもしれない。こんなに温かな気持ちがまだ自分の中にあったことに驚きだった。
「シュニ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「応えられる範囲なら」
サァッ、と髪を払い上げて彼女はこちらの目を直視してくる。
「ふざけたほどに大きな力を持った、人でも血無しでもない存在に心当たりはある?」
一瞬の間。
風が三人の隙間を通り抜け、塵や埃を攫って行った。
その一陣の風のせいか、体温が下がったような気がした。
「ふざけたほど、ね。 そんな存在とは関わったことはないよ。 だって愛心家族はただの家庭だからね」
月見里はその意味を深くは理解できていなかった。
ただ、手掛かりが無くなったことだけはしっかりと理解できた。
これでまた振り出しである。
「そう、じゃあ私は行くわ」
「えっ、れいかおねえさんいっちゃうの?」
「うん。私にはやるべきことがあるから」
「そうだよな。誰だって目的はあるからな。 れいかちゃん、またどこかで会おう」
女性目に見ても格好良く笑うシュニに数秒見惚れてから、月見里は背を向けた。
村を抜けてから振り向くと、そこではまだあの二人が手を振っていた。
それを見て小さく微笑んでから、月見里はまた一歩赤の砂漠に踏み出していく。
神無月美流の仇である、愛無を探して。もはや彼女の目的は廻折研究室のそれとはズレていた。




