12話:多重能力
テストの爆死感。
廻折研究室の研究員の一人。神無月美流の大親友であった月見里麗華。
彼女は今、赤い砂漠の中を歩き彷徨っていた。
『第二の鍵』と『第二のキリカ』を探すためだ。しかし、あては存在しない。
空を見上げると墨汁を垂れ流したような黒。この世界は月見里にとってはあまりいいものではなかった。
彼女はこちらの世界に依存しない珍しい形の人物だった。
こちらの世界に居る人間のほとんどは能力に魅せられ、事象に魅せられ、他の集団のとの抗争に魅せられ現実世界とは離れ過ぎた物事によって心が移ってゆく。
結果、現実世界を捨てこちらの世界に依存する人間が多くなるのだ。
しかし、先ほども言ったが月見里はこちらの世界に依存するタイプの人間ではない。
彼女の生きるべき場所は現実世界にある。
家族もいるし、友達もいる。不自由のない生活はしていないし、そもそも逃避する理由が無い。
それでもこちらの世界に招き寄せられた。たった一人の大親友によって。
美流のためなら頑張れた。美流のためならこちらの世界で生きていられた。
でも、美流は自分とは違った。
こちらの世界に依存し、廻折研究室の中核にまで参入し、さまざまなことを行っていた。
現実世界を捨て、世界の人間関係から離れ、何もしなくなった。
そんなを美流を見て私は悲しかった。
大親友だったのに。私のそばに居場所ならあったのに。
美流は気が付かなかった、いや、私が気付かせられなかった。
そして、彼女はいつの間にか私の知らないところで死んでしまっていた。
悲しい、苦しい、辛い、寂しい。
私はこちらの世界で一人になってしまった。
もし、美流の弔い戦が終わったら私はもうこの世界を訪れることはないだろう。
「何をそんなに悲しそうな顔をしているのかな」
自分のすぐ真横から声がした。こんな見渡しの良い砂漠の中心で、私に一切気付かれずに隣に立たれたこの状況。もし美流が生きていたのなら、怒られていたのだろう。
こんなにも悠長に考えをまとめていられるのはその声が知っていた者の声だったからだろう。
「室長……と星速見くん」
いつも通り薄い笑みを浮かべた廻折研究室室長と無表情のままの星速見くんがそこにはいた。
足元の砂地の地面には抉られたように二本の線が入っていた。
それが何を意味するのかは私は知らない。美流は知っていたのだろうか。
「ここで何をしているのですか?」
「ああ。あーあ、僕の質問はスルーなのかな? まぁそれでも良いけどね、あまり単独行動は感心しないようにしてもらえるかな。行動は常に三人グループで、言ったよね。つまり、注意しに来たのかな?」
「グループで、ですか……。私の仲間は、いえ、親友は死んでしまいました」
「神無月美流くんだね。 この間も言ったけど、薄っぺらな言葉が御望みなのかな? でもそうじゃないよね。君は何か僕に聞きたいことがあるはずだ。そのはず、僕には分かるからね。何故かって、それは良く分からないね。だって僕は能力無だから」
頭がおかしくなりそうだった。
この人、廻折研究室室長と話をしているといつもそうだった。そう、それは嫌悪感。ソレのせいで私の頭は拒絶反応を起こしているのだ。
でも、心の中のどこか。何か彼と私は似ていることが分かる。ヒントは目だった。
大切なものを無くしてしまって、それを必死に探しているような。藁にも縋る思いで現状打破を狙っているようなそんな目。
私も、今そんな目をしているのだろうか。
「室長。私は………。いえ、室長はなんのためにこの世界に居るのですか」
「ん? それは愚問だね。そもそも廻折研究室の集団目的と創設者の僕の目的は一緒のはずだよね。つまりは『現実世界に存在しないこの世界のあらゆる事象を解き明かこと、調べ尽くすこと』だよ」
「根源となるものがあるんですよね」
それは自分でも驚くほどの芯をもった言葉だった。何かを感じ取ったみたいに、それが正しいと主張するように。
絶対に逃れられない証言を突きつけるように。
「ふうん……どうしてそう思うのかな」
「なんとなく、ですが。 でも、間違ってはいませんよね」
「……そうだね。でもね、君に話すことじゃあないよね」
「私は」
唐突に語りはじめていた。自分の意志とは無関係───────ではなかったけども驚いた。
「私は、今この世界に居る理由というものがありません。いや、あるにはあるんですが、それもほとんど意味が薄くなってしまって。本当にその理由のために存在すべきなのか、それが分からないんです。だから、本当はこの世界に依存する必要もなくて、すぐにでも現実世界に戻って普通の生活サイクルに混ざりたいと思ったりもするんです。……でも、それだと美流に、美流が、美流を、どうしたらいいかが分からないんです。仇を討ちたいとも思います。でも、それを美流が本当に望んでいるんでしょうか。それ以前に、彼女は私のことを………」
「待って」
室長が延々と垂れ流していた内容のない私の言葉を遮る。
「月見里くんは何を思っているの? 何を思っていたいの? 神無月くんが望んでいるか、そんな事は分からないし、知る意味もない。今のままじゃあ君は君自身を殺している。誰がどう思うかじゃなくて君がどう思うか。人が動く原理の大半はそんな自身の気持ちだよ。なんだっていいじゃないか、君がすっきりする方向に進めばいいじゃないか。進めるだけの力を君は持っているじゃないか。この能力無とは違って、さ」
室長はそれだけを言うと、がんばってねと一言残し、また星速見くんと共に消えていった。
残ったのは静寂。
いや、一人の敵と言える存在の視線のみか。
彼は自分自身を罪と言った。しかし、罰を受けるのは俺達だとも言った。いや、この世界の生物であると言った。それではこの言葉の意味とは何だろうか。
罪、存在してはいけないという罪?
罰、何かいけないことをしでかしたからこそ受けるもの?
この世界の生物が何かいけないことをして罪を作り上げた、と言い換えられるならば。
この世界の生物が何かいけないことをして存在してはいけないものを作り上げたと言えるなら。
人間または血無しが関わって存在してはいけないものを生み出したとしたら。
こいつは一体。何か。
「手始めに君たち、次に他の人たち。そして全て居なくなったら僕たちが最初となる。そうなれば誰も不幸にはならない。少なくとも僕たちはならない。そして罰は償われ罪は消える。そう思う」
何度も何度も繰り返し言う彼の台詞。それは決意であり目標であり、絶対に逃れられない呪い。
俺達に対する呪い。
彼の、生きる糧。
しかし。
「だからと言って、みすみすやられるわけにはいかないよな」
全神経を集中。その眼でもって、敵を見据える。
ぐんっ、と眼の周りが急に強い重力に引かれる重くなり、発動を確認する。
「いけっ!」
瞬きをした次の瞬間、玲夜の眼には無数の小さな文字が刻まれていた。肉眼では確認できないレベルの文字列である。それら文字は燃えたぎるような赤で眼球の白い部分を覆っていく。
その眼で敵の足もとを直視した。
たちまち地面は破壊され、存在を消した。爆発が起きたわけでもなく、掘り崩したわけでもなかった。
抉ったかのようにその一面が消滅したのだ。
しかし少年は自身の爆発の力の反動によって横方向に移動し、玲夜の視界から逃れていた。
体勢を立て直し、もう一度少年を視る。
何も、起こらない。
「まずは、罪を一つ」
自身に何も起こらなかったことを一瞬のうちに理解した少年は、俺に向かって殴りかかりに来ていた。
そう、俺には思うことがあった。
魔眼が発動する時と発動しない時の差は何なのかということだ。
キリカとの戦いの時には出血するぐらいまで発動出来たはずなのに、今はできなかった。
先ほど一回使用しただけだというのに、だ。
それでは、発動と発動の間に時間を置く必要があるのか。それはおそらくないであろう。
これもキリカとの戦いのときのことになるが、怜那を援護する過程で連続で使用できていたのだ。
いまだに、謎が多すぎる。
そんな事をぼやっと考えていると、後ろから怒号が飛んできた。
「あんたっ! 何ぼーっとしてんのよ!?」
すぐ目の前まで少年が拳を構えて迫ってきていた。
あの少年の拳は危険であることは分かる。先ほど痛いくらいに痛感した。
だが、俺は動けなかった。少年が速すぎたのだ。
少年の右手。能力が宿っているであろうその右手を眺め、俺は咄嗟に腕をクロスさせて身を守ろうとした。
もちろん、そんなものでは防げるとは思ってはいない。腕は粉々にされるだろう。
しかし、そうせざるを得ない。いや、そうすることしかできなかったのである。
最後に眼を閉じて、俺は悔やむ。
戦いの最中の余所見で、こんなにも馬鹿な死に方をするのかと。
次の瞬間、少年の右手が俺の腕に対して通常の打撃攻撃を行った。
「………?」
「何、僕の……能力、は?」
固まったまま、二人の時間だけが止まる。
たった今二人が考えていることの内容の細かな部分は違うが、根幹となる部分だけは一緒のはずだった。
つまり、何が起きたのか、と言うことだ。
そんな二人の思考を断ち切るがごとく、怜那が咆える。
「せやぁぁあああああああっ!」
上空から刀を構えて振り下ろす、束の間の逡巡に少年は怜那の存在の感知に遅れ、身を引くタイミングを誤った。
ズシュッ、と少年は浅く左腕を切られてよろめいた。
次に地面に右手を叩きつける。次は能力が発動した。
大爆発が起き、砂煙が舞い上がり爆発の威力で俺と怜那は吹き飛ばされる。
視界は最悪で何も見えない。おそらく敵側の方もそうなのであろう。
吹き飛ばされつつも、体勢を立て直して地面に降り立つ。爆発のダメージを負っていたが、さほど気にはならなかった。
前方を見据える。いる。
まだ少年はそこにいる。
再び顔を上げ、玲夜が視線を動かした時、確かに見た。
「どういうことだ………おい」
彼は確かにここらに大量に存在している円柱型の柱の欠片を、爆発の余波で破壊された柱の欠片をその口に含んで。
嚥下したのだった。
その様子を見ていた俺に向かって、少年は言う。
「まぁ、普通の奴が見たら驚くと思う。でもね、これが能力によるものだって言ったら納得はすると思う。『飲食による治癒』、なんでもいいからとりあえず食べておけば……ほら、そこの女の子に斬られた傷だって」
少年の左腕にあったはずの切り傷は見事に消えていた。
いや、それよりも。そんな事よりも驚くことが他にあるだろう。
「ちょっと待ってよ。おかしいわ……」
怜那も理解したらしい。本当にこれはおかしいのだ。
何故、何故。
「なんで、なんであんたっ……能力を二つも所持してるのよ!」
怜那は叫んだ。
思えば、灯花さんが言っていた覚えがある。
能力というものは、一個体につき一つしか持てない。そんな事を言っていたはずだ。
一般人の能力の使用を分かりやすく日々の生活で置き換えると、両足を使ってゲームをするようなものだと。ゲームのコントローラーを能力の発生させるための入力装置として、足は自分たちが入力する力と見るのだ。
では、能力が二つ。つまり、ゲームのコントローラーが二つあるとして、両足を使ってどちらも上手く操作することは可能か。
ほとんど不可能。多少動かせることが出来ても、完璧には使いこなせない。もちろん、コントローラーが一つの場合でも完璧には使いこなせないのだからなおさらである。
コントローラーが二つの場合、どちらも完璧にしようとすると足が攣ってしまう。それを言い戻すと、能力使用の不能な状態になるということである。
しばらくは何も出来なくなるし、なによりも痛みを伴う。
そんな事だから、能力を二つ持っていても使用は不可能だと。
それ以前に、能力を二つ持つ者なんていうものは見たこともないし聞いたこともないとだという。
だから、事実上能力の二つ持ちは存在しないということになっていた。
なっていた、はずだったが。
今は目の前に居る。
「君の問いに答えるとなるとね、少々折り入った話をしなくちゃならないと思う。でもね、長年そんな事を考えてきた僕らの仲間はたった一つの言葉だけでほとんどを理解してもらえるような表現方法を教えてくれたんだ。まぁ、どうせ罪は贖われるのだからこの際言ってもいいんだと思う」
少年は何を思ったか手に持っていた柱の欠片を腕に刺し、血を流して見せた。
紫にほど近い黒い色の、血を。
「は、ぁ……っ?」
さらに。
さらに俺は混乱した。
その反面、冷静であるどこかの俺は理解しようと試みていた。
正解は、ほとんど自然に零れるように出てくる。
人間と、血無しを殺しにかかる理由と。紫色の血で。
「そうだよ。僕らは『生まれ堕ちた罪』。人間と血無しの禁断のハーフ、だよ」
世界の広さ。その前に玲夜と怜那の二人は何一つ声を発することが敵わなかった。




