11話:追随危機
明日は休みだー、ということで、天使と悪魔の共同戦線と共に同時更新です。
新キャラ、またでてきました。
時間は少しさかのぼる。
「よし、それじゃ行くか」
「う、うん」
ポケットに入れた真っ赤な色をした通行石を確認してから、俺達は鏡の別天地へ向かうために洗面所の鏡の前に立っていた。
洗面台に足をかけ、指先でつんつんと鏡を突いてから頭から一気に突っ込む。
前のような間違いを犯さないためにも、俺は怜那と手をつないでいた。
始めて俺がこのようにしてあっちの世界に行った時、それとは位置が逆だった。まだ怜那のことを一片たりとも知らなかった頃だ。そして俺も能力に目覚めていなかった頃。
その時は俺の手が少し震えていたのに、今じゃあ怜那の方が少し震えていたりする。
銀色に染まり、黒に染まるこの視界の感じにもだいぶ慣れてきたような気がした。
慣れ、というものは本当にすごいものだと俺はすでに実感していた。
しかし、それと同時に恐怖もしていた。
俺の中での大切だと思える生活の比重が明らかに異常な方へ傾いていることに。
現実での生活と、鏡の別天地での生活。
どうも天秤の吊り合いがおかしなことになっているのだ。ソレが分かってはいてもどうしてか改善しようとは思えなかった。おそらくそれは、知ってしまったから。
一年前のように、何も知らないでいれば俺は今どうなっていただろうか。
資料室の清掃をして、通行石を見つけたとしてソレをどう思っていただろうか。
それは分からない。そしてもう分かることはない。
それでもなんとなく俺は後悔していなかったりする。
苦しくても辛くても痛くても死にそうになっても、周りには変わらず人がいた。仲間と思える存在がいた。
だからこそ、こちらの世界も大事だと思った。
命をかけている状態が常に続いていることから、吊り橋効果なのではないかとも考えた。
おそらくそうなのだろう。でも、俺は分かっていた。
一年前では分かっちゃいけないと思っていたことが分かっていた。
答えなんて、すぐそこにあったのだから。
ようやく視界が開けると、そこはいつもの見知った空が赤い砂漠などではなく見なれない建物の前だった。
数えるのを放棄せざるを得ないいくつもの円柱状の柱が立ち並び、空は闇だった。
見たことのない空間。それだけで身体の筋肉がこわばるのを感じていた。
「どこよ、ここ……。こんな空をした場所なんて、それにこれ……」
怜那が指を指したのは眼前の建物。分かりやすく言い換えるなら、古代遺跡のようなもの。
かつて見た、『鍵』と同等の雰囲気を持っているように思えた。
「怜那、これもしかして………新しく見つかったっていう『神殿』じゃあないよな?」
「分かんない。分かんないけど……」
辺境の地に飛ばされ、いきなりこんなモノが存在し、混乱するのは仕方が無かった。
「……っ!? あんた、誰か来る! 1、2、3、4……ううん。もっとたくさんの誰かが!」
怜那は俺の手を引き、とっさに柱の後ろに隠れた。
見つからないように遺跡の前に降り立った連中を確認する。
「………赫逢騎士領団、だと」
キリカに殲滅されたはずの赫逢騎士領団のメンバーが、そこに居た。
ヒシヒシと伝わる嫌な雰囲気。おそらくこれが殺気と呼ばれるものなのだろう。
冷汗を流しながら様子を窺う。会話は何も耳に入ってこない。
「どういうこと? アイツらは確かにキリカに殺されたのに………」
「分からない。ただ、何らかの理由で復活した、としか考えられない。 これは灯花さんに報告した方が……」
「その前に」
怜那は身じろぎしながら震えた声で言った。
「私たちがここから逃げられるのなら、ね」
ぞわぞわぞわっ、と嫌な空気が伝染してくる。あの中の誰かが、恐ろしい怒気を放っている。
そんなことぐらいは分かっていた。
ここから逃げられるか、という怜那の問いに対して答えはノーだ。
人数の利というよりすでに個人でのレベルが違いすぎる。
生き残れる確率なんて0に等しかった。
そんなことを考えている辺り、俺の頭はすでにイカれていた。命がかかっているというのにこの変な冷静さがあることがすでにそう言える。
と、考えていたのだが。
いつの間にか嫌な雰囲気は一切無くなっていた。怜那も目を丸くして、先ほどまで赫逢騎士領団のメンバーがいた位置を茫然と眺めている。
「気付いていたはずなのに、あの人たち。 わざと無視してた……?」
「……これは逆に助かった、んだな」
「……だけど、気に食わない!」
「だけど、死んでたな。戦ってたら」
「あんた。何考えてたの?」
怪訝な顔をして怜那は俺の顔を覗きこんでくる。それに俺は少し笑って。
「そんなことより、どうする?」
会話の流れを変えるように言ってみた。
「アジトに行くしかないでしょ。でも、問題は」
「ここがどこだか分からないって所か」
ふぅぅぅ、と怜那が溜息をつく。俺は辺りを見回して。
嫌な影を見た。
「おい、怜那。新手、だと思うんだけど……」
円柱が存在していない向こう側、タイル状の地面の向こう側に一つの影を見た。
ただ、普通ではないことは分かる。
たった今何かを殺してきた、と言われても何ら不思議はないような雰囲気を纏った存在が向こうに見える。
先ほどの赫逢騎士領団のメンバーが放っていたモノと同等の『嫌』を感じる。
「何? 私にはよく見えないんだけど……? あんた、目がまた赤くなってるわよ!?」
「え?」
ジュゥン、と円柱の一本が消滅する。
「おい、おいおい……。また?」
「また、じゃないでしょ!? 自分の能力ぐらい制御しなさいよ!」
目が急激に冷えていった。確信を持って言えないのだが、おそらくもう大丈夫だと思う。
「悪い、もう大丈夫だ」
再び嫌な存在を見やる。もうそこには影が存在していなかった。
「怜那っ!」
「なっ、なによ!?」
「来るぞ!」
「ど、どこどこどこどこ?」
わちゃわちゃと辺りを見渡すが、どこにも姿は見当たらない。
しかし、嫌な雰囲気というものは感じ取られる。
「確かにいるのは分かるわ。でも、どこからか」
ドドォン! と怜那が言葉を言い切る前に円柱がなぎ倒される轟音でかき消される。
先ほど俺が新手を確認した位置だ。そこら一帯に伸びている円柱の柱が次々となぎ倒されていく。
「あいつね……っ」
怜那は刀を抜きながら、そう言った。俺は少し後ろに下がり、怜那の援護をすることを決めた。
その間にも何者かは円柱をなぎ倒しこちらに向かって進んできている。
「すまん怜那。前衛を……」
「仕方ないでしょ! あんたのは前に出て戦える能力じゃないでしょ、それに運動だってそんなにできないんだからっ!」
「うっ……」
自分から言い出したとはいえ、少し傷ついた。
いや、怜那の言うことは間違ってはいない。確かに俺は前衛には不向きな能力だし、仮に能力を応用して前衛向きになったとしても肝心の運動能力に欠けている。
仕方のないことだった。
「でも」
怜那は敵から目を離さずに俺に向けて言う。
「一緒に戦えるようになれて、よかった」
「へ……?」
「く、来るわよっ!」
怜那が咆哮した瞬間、吹き飛ばされた円柱がこちらに向かって降り注いでいた。
俺は何本かを魔眼でかき消し、追撃を喰らわないように後ろに少し下がった。
砂煙に紛れて敵の姿は見えない。しかし、そこにいる。
それだけは手に取るように分かった。何せ、嫌な雰囲気を前面に押し出したかのような奴だったからだ。
「人間、か。 最近は血無しばかり狩っていたからたまにはいいと思う」
砂煙が晴れる。
彼はそこに居た。
恐ろしくも深い瞳をした、俺と同い年に見える少年だ。
「あんたっ……何者っ!?」
「君たち人間が生んだ罪、とでも言っておく、か。 意味は特に理解しなくていいと思う」
「罪……?」
「気にすることもないと思うよ。そんなことより、罪が存在するなら罰を受けないとね」
一瞬、だった。
何が起きたのかも分からない、自分が何をされたのかも分からないまま俺は吹き飛ばされて宙を舞っていた。
黒い空を視界に入れながら重力は俺を大地へと引きずり下ろす。
背中から地面に落ちた俺はしばらくの間息が続かなかった。咳き込むこともできずにただ足掻いていた。
「あんたっ!」
彼の攻撃を避けたのであろう怜那が俺の近くに降り立つ。
少し目が潤んでいるようにも見えるが、俺は自分自身に言い聞かせ、それを無視する。
「大丈夫……。骨も折れてない」
「………」
ほんの少しの間怜那は黙って、俺の目を見た後に頷いてから敵に向き合った。
「─────────────────罰はまだ終わってはいないと思う」
砂煙の中から現れた少年が、俺に向かって拳を振りかざす。
それを回避しようと立ちあがると、俺と少年の隙間を縫って怜那が神速のごとく斬り込む。
「せあぁぁぁぁぁっ!」
刀の刀身部分は確実に少年の拳を捉え、そのまま押し切るはずだった。
しかし。
少年の拳と怜那の刀が触れようかという寸前に少年の拳からすさまじい爆風が生まれた。
その勢いで怜那も俺も、そして能力を発生させた少年自身も吹き飛ばされた。
またも視界を砂煙が覆う。その向こうから声が聞こえる。
「流石だね。 伊達にこの区域まで来ていることだけのことはあると思う。でもね、人間は罪を犯したのだから罰を受けるべきなんだ。これは何度も言ってるとは思うんだけどね、君たちが受けるべき罰はまだ終わっていない」
ボゥン! と爆風によって視界を覆っていた砂煙が全て吹き飛び、少年の姿がはっきりと見えるようになる。
「そう、僕たちが罪。でも罰を受けるべき対象はこの世界の生物。小面積の超爆発で全てを粉々にしてから僕たちが最初からやりなおすんだと思う。きっとそうだ」
彼は右手の拳を左手で柔らかく包み、不敵な笑みを携えてそう言い放った。




