第7話 大地と最強の杖
海の家行ったことないんですよねー
「さあ、スイカ割りよ。その自慢の最強の杖で、一撃できれいに割ってみせたら、食べてもいいわよ?」
ニヤニヤと意地悪な吊り目を細める少女に、ダイチは自分の右手を突き出して激しく抗議した。
「待て待て待て! 割り箸だぞこれ!? パイナップルが刺さってただけのただの木の棒だぞ! スイカなんか叩いたら、こっちが木っ端微塵になるわ!」
「何よ、さっきまで最強の杖って張り切ってたじゃない。もしかしてスイカ、いらないの?」
少女はくすくすと楽しそうに笑いながら、手ぬぐいをひらひらと揺らす。その挑発的な態度に、ダイチの胃袋とプライドが同時に悲鳴を上げた。
「……っ、んだとコラ! 食うに決まってんだろ!」
ダイチはやけくそで手ぬぐいをひったくると、頭に巻きつけて視界を真っ暗にした。
だが、ダイチはバカではない。さっき落とし穴にハメられたばかりだ。少女の誘導の声など、もう一ミリも信用していなかった。
(ふっ……甘いぜ。俺を誰だと思ってやがる)
目隠しの下で、ダイチは不敵にニヤリと口元を歪めた。
ダイチは今、自分の身体に「心眼を極めた伝説の侍」の魂を乗り移させていた。心でスイカの影を探すのだ。
……というのは表向きの建前で、実は手ぬぐいの下の隙間から、砂浜の景色がほんの少しだけ丸見えになっていた。
(よし、スイカの位置は完全に捉えた! 落とし穴も周囲にはねえ!)
「あ〜、スイカはどこかな〜? 全然見えないな〜(棒読み)」
見えないフリをして、わざとらしくおぼつかない足取りでスイカへにじり寄る。完璧な心眼の演技だ。
しかし、その右手に握られているのは、どこからどう見てもただの薄汚い割り箸である。
「よーし、そこよ。思い切り振り下ろしなさーい」
少女ののんきな声が聞こえる。
ダイチは完全にロックオンしたスイカの真ん前で、気合とともに割り箸を頭の上へと高々と振りかぶった。
「スイカ食べてぇぇぇぇーーーーーーッ!!」
ただの食い意地が詰まった怒号とともに、ダイチは全力で腕を振り下ろした。
その瞬間だった。
ダイチの目には見えていなかったが、彼の猛烈な執念に呼応するように、空間がわずかに歪んだ。ダイチの小さな右手に握られていたはずの頼りない割り箸が、持ち手の感触ごと、ずっしりと重く、頑丈な『木刀』へと一瞬で変身を遂げたのだ。
パカッ!!! と、真夏の砂浜に小気味いい鈍い音が響き渡る。
「よっしゃあ! クリーンヒットォォォ!」
勢いよく目隠しを剥ぎ取ったダイチは、次の瞬間、その場にカチコチに固まった。
目の前には、見事に真っ二つに割れ、赤い果肉から甘い汁を滴らせているスイカ。それはいい。大成功だ。
だが、問題は自分の右手だった。
「……は? なんだこれ」
握られていたのは、割り箸ではなく、どう見ても海の家のおじさんから借りてきたような本格的な木刀だった。
パチくりと目を丸くしてフリーズするダイチ。そして、その隣では、落とし穴の時とは打って変わって、少女が「嘘でしょ……?」と言いたげにぽかんと口を開け、本気でビビり散らしていた。
一瞬の静寂。しかし、13歳のポジティブ脳が弾き出した結論は一つだった。
「――って、やっぱり俺、すげえええええ!! 割り箸を進化させちまったぜ!!」
「……いや、絶対におかしいでしょそれ……」
頭を抱えてドン引きしている少女を置いておき、ダイチは「さすが俺の最強の杖!」と大はしゃぎで木刀をぶんぶん振り回した。
何はともあれ、勝ちは勝ちだ。
二人は波打ち際の木陰に腰掛け、「なんで木陰に行くまでにまた2回も落とし穴があるんだよ!」と砂まみれでキレるダイチを少女が笑い飛ばしながら、やっと割れたばかりのスイカを口に運んだ。
「――っ、冷たくて美味っ……!!」
乾いた喉に、瑞々しい甘さがじゅわっと染み渡っていく。ダイチがガツガツと種を飛ばしながら平らげるのを、少女はダボTシャツの裾を少し気にしながら、一切れを小さくかじって、満足そうにくすくすと笑って眺めていた。
一切れ食べ終え、指先についた果汁を舐めとった少女は、不意に立ち上がると、遥か彼方のきらめく青い海を指し示した。
「さあ、お腹も膨れたところで、本番よ。ダイチ、あの水平線の近くに泳いでる『金の海亀』を捕まえてきて」
「……は? 海亀ぇ!?」
ダイチがスイカを喉に詰まらせそうになりながら、少女の指の先を見つめた。
美しい海と太陽の光、それと金の光。
綺麗だろなー




