第5話 大地と金の兎
第一幕 クライマックスです。
金の兎可愛らしさより不気味さが勝つ存在です。
賑やかなお祭りの喧騒を背に、二人は夜の闇に沈む、果てしない石段を上がり始めた。
一歩、一歩と踏みしめるたびに麓の音が遠ざかり、見下ろせば、無限に続いていたはずの夜店の灯りが、端の方からパチパチと静かに消え始めていた。
ダイチは、右手にしっかりと『さっきのパイナップルの割り箸(棒)』を握りしめたまま、一段ずつ階段をトントンと叩くようにして歩いている。
「ねえ、それいつまで持ってるのよ。早く捨ててきなさいよ」
呆れたように振り返る少女に、ダイチは「ふん」と鼻を鳴らして、棒をぎゅっと握り直した。
「捨てない。これはあれだ、山登りの杖だ。……あと、もし怪しい怪物が襲ってきたら、これで突いて戦うからいいんだよ」
「ただのゴミでしょ、それ……」
クスクスと笑う少女を睨みつけながらも、ダイチは絶対に棒を離そうとしなかった。なぜだか、これを手放してしまったら、さっきの温かくて甘い時間が全部消えてしまうような、そんな妙な寂しさがあったのだ。
そして、ようやく辿り着いた長い階段の頂上。闇を吸い込んで鈍く光る巨大な鳥居をくぐり抜けた先、古びた神社の前に、それはいた。
「……あれは」
ダイチの目が、驚愕に見開かれる。神社の前に、まるで夜祭りの灯りを全て集めたかのように、燦然と『金色に輝く兎』がちょこんと座っていたのだ。
間違いない。今回の世界を終わらせる、本物の『鍵』。だが、その美しい輝きはどこか冷たく、見つめていると胸の奥がゾッと凍りつくような、不吉な気配を孕んでいた。
隣に立つ少女が、ダイチの背中をぽんと軽く叩いた。
「さぁ、食べたでしょ? 食べた分、しっかり働いてよね、ダイチ。あの兎、近づくとちょっと凶暴になるのよね。私はお腹いっぱいだから動けないし、あとはよろしくねっ」
「おま……やっぱりタダ飯じゃなかったな!? よし見てろ、この最強の杖で……!」
ダイチの苛立ちが再び爆発する。しかし、文句を言いながらも、ダイチの足は自然と前へ動いていた。右手の『木の棒』を剣のように構え、果敢に前へ飛び出す。
だが、金の兎が真っ赤な目を妖しく光らせ、もの凄い速度で跳躍する。
「うおっ、ととと……っ!?」
ダイチは、一瞬で体勢を崩した。浴衣の裾を泥で汚しながら、地面を泥臭く転がり回る。それでも、右手の棒だけは絶対に離さない。棒を握ったままの不器用な両手で、跳ね回る金の兎へと必死に飛びついた。
「捕まえ、た……っ!」
ダイチが叫び、腕の中で兎をぎゅっと抱きしめた、その瞬間。
兎の体がパッと弾け、まばゆい光とともに、一粒の金色の球体(数珠の玉)が手の中に残った。それを見たダイチは、泥だらけの顔にガキっぽい笑みを浮かべ、両手でそれを高く掲げた。
「よっしゃあ! 金玉ゲットォォォォ――ッ!!」
山頂に響き渡る、アホほど全力の雄叫び。
すると、それまであたたかく見守っていたはずの少女の空気が、一瞬で絶対零度へと凍りついた。少女は少しつり上がった目をさらに細め、ゴミを見るかのような冷ややかなジト目で、ダイチをじとーーーーっと睨みつける。
「……最低。あんた、花火の前にそのバカな頭を打ち上げて破裂させた方がいいんじゃない?」
「な、なんだよ! 間違ってねえだろ、金色の玉なんだから!」
ダイチが真っ赤になって言い返す――その瞬間。
――ヒュゥゥゥゥ……、ドンッ!!!
地鳴りのような大音響とともに、夜空に巨大な光の大輪が咲き誇った。
赤、青、緑、金。色鮮やかな光の雨が、山頂の古い神社を、そして二人の姿を美しく五彩に染め上げる。お祭りのクライマックスを飾る、花火だった。
「うわ……すげえな」
ダイチは、左手に『金色の数珠の玉』を、そして右手に『パイナップルの棒』を握りしめたまま、泥だらけの顔で呆然と空を見上げた。
お腹の満たされた幸福感と、静かに降り注ぐ火花。世界の境界線が曖昧になるような、圧倒的なノスタルジーが山頂を包み込んでいく。
「綺麗ね……」
隣に立つ少女が、ぽつりと呟いた。さっきまでの冷たいジト目はどこへやら、その横顔は花火の光に照らされて、胸が締め付けられるほどに綺麗だった。
「あぁ。お前が美味いもん奢ってくれて、これが見られたなら……まぁ、悪くない世界だったよ」
ダイチは少し照れくさそうに、だけど真っ直ぐに彼女を見て笑った。自分が誰かも、どこから来たかも分からない。けれど、今この瞬間、この少女と一緒に見上げる花火だけは、何よりも愛おしい本物だと感じていた。
「……うん。そうね」
少女の声が、かすかに震えた。ダイチが「ん?」と不思議に思って覗き込んだ、その刹那。
――パリン、と、硝子がひび割れるような、小さく儚い音がした。
きらめく光の隙間で、少女の顔の『吊り目』の仮面が、ほんの少しだけハラハラと剥がれ落ちていく。
その剥がれた隙間から一瞬だけのぞいた、彼女の本当の素顔。その本物の瞳から、一粒の涙がハラリと頬を伝って落ちていくのが見えた。
「おい、お前、その顔――なんで――」
驚愕するダイチの声は、次に打ち上がった大きな爆音にかき消される。と同時に、手の中の光が二人を包み込み、神社の向こう側へと、空間がぐにゃりと歪んでいく。
少女は涙の理由を語ることもなく、剥がれかけた顔のまま、世界で一番切ない笑顔をダイチに向けた。
「次はどこかな?」
少女の細い指先が、ダイチの背中に触れようと伸びる。
--けれど、触れる寸前、その手はスッと引かれた。
二人の視界は真っ白な光に染まり、お祭りの匂いも、花火の音も、一瞬で消え去っていった。
第一幕 終了です。
この話で一区切りになり、この仮想少年×少女の世界観が分かっていただけたかと思います。
次回は 夏の海水浴です!
お楽しみに




