第14話 大地と江戸の大火事
「えい、やあ、とおっ! 覚悟しやがれ、この悪党め!」
ダイチは引き抜いた木刀を両手で構え、いかにも時代劇のヒーローっぽく大立ち回りを演じる――つもりだった。
だが、いざ間近でギラリと光る本物の刃物(サビだらけのボロ刀だが)と対面した瞬間、中学生男子の野生の防衛本能が急ブレーキをかけた。
(って、うお、待て待て待て! ボロいけどあれ本物の刀じゃん! 当たったら死ぬ! 普通に死ぬって!!)
「死ねぇい、武家の娘ぇー!」
覆面の男が、わざとらしくダイチの木刀をめがけてボロ刀を振り下ろしてくる。
少女の命令通り、絶対にダイチの体に当たらないような大振りの、優しいスイングだ。
しかし、ビビりモードに入ったダイチの目には、それが決死の凶刃に見えていた。
「ひゃああああああああっ!? きたァァァッ! 斬られる! 俺の細い首がポロッといっちゃうゥゥッ!!」
ダイチは腰が引けまくった状態で、ジタバタと泥臭いステップを踏みながら必死に刀を避けた。避けたというか、勝手に逃げ回っている。
そんなダイチのあまりのヘタレっぷりを目の当たりにして、さっきまで「お、お助けになって……」と可憐に身をすくめていた少女の空気が、一瞬で絶対零度へと凍りついた。
(……ちょっと。何よあのビビり散らかし方。当たらないように振ってくれてるのに、何で野生のイノシシみたいにパニックになってるわけ?)
完璧なお嬢様デートのシナリオを秒で台無しにされ、吊り目がハッキリとしらけ始める。しびれを切らした少女は、お嬢様の演技をかなぐり捨てて、腹の底から怒声を響かせた。
「ちょっとそこ! 何マジでビビってんのよこのクソダイチ! さっさとそのボロ刀、叩き折りなさーーーいッ!!」
「うおっ!? お嬢様がキレたァァァッ!!」
少女の凄まじい活にケツを叩かれ、ダイチの胸の中で「ここで引いたら男がすたる!」という謎の気合がバチィィィン!と入った。
「うおおおおおおお! 侍ナメんじゃねえええええッ!!」
ダイチは完全にヤケクソになり、両手で木刀を頭上へと高々と振りかぶると、泥臭い咆哮とともに渾身の力で振り下ろした。
――バキィィィィィィンッ!!!
乾いた、凄まじい破裂音が街道に響き渡る。
お化け屋敷から持ち越してがっしりと頑丈に進化したダイチの木刀は、男の持っていた安物のボロ刀を、まるでお菓子のトッポでもへし折るかのように、根元から一撃で木っ端微塵に叩き折ってしまった。
「ぶ、ぶはっ!? 刀が折れたァァァ!? おぼえてやがれェェェェ!!」
予想以上の大質量の一撃に本気で驚いた刺客の男は、折れた柄を放り出し、覆面をガタガタと震わせながら一目散にヤブの奥へと逃げ去っていった。
「……ふっ。我が『神速の一刀』の前に、敵などおらぬわ」
ダイチはふいっと息を吹き、木刀を肩に担ぎ直して、完全に最強の剣豪気取りで余韻に浸っていた。
鼻の穴がこれでもかと膨らんでいる。 そんなダイチの前に、少女が着物の裾をパタパタとさせながら、盛大にため息をついて歩み寄ってきた。いつもの意地悪な吊り目をこれでもかと細めている。
「……あんたねぇ。もっと格好よくスパッと助けなさいよ。ただのヤケクソの力任せじゃない。本当にトホホな用心棒だわ」
「うるせえ! 結果オーライだろ! 刀折った俺、マジで最強じゃん!」
ダイチが顔を真っ赤にしてイキがっていた、まさにその時だった。
――カンカンカンカン、カンカンカンカン!
「おい! 大変だぁぁぁっ!!」「火事だ! 火事だぁーーーっ!!」
にぎやかだった江戸の町全体が、一瞬で狂ったような大騒ぎに包まれた。
長屋の奥から町人たちが顔を真っ白にしてドタドタと走り出し、半鐘(火災を知らせる鐘)がカンカンカンカン!と激しく打ち鳴らされ始める。




