第12話 大地と3つの金玉
――いや、あとほんの数センチ、届かない!
時速300キロの暴風が、容赦なく少女の細い腕を押し戻そうとする。
並走する金の馬の臀部(お尻)は、眩い光の残像を残しながら、さらに速度を上げようとしていた。
「くっそ、あとちょっと……!」
(あとちょっと……!)
極限の風圧のなか、二人の心の叫びは完全にシンクロしていた。
ダイチはさらに歯を食いしばり、腕の中の少女をグッと前へと押し出す。少女もまた、千切れそうなほどの風の抵抗に抗い、必死の形相で、おそるおそる、けれど全身全霊の力を込めて指先を突き出した。
二人の呼吸が完全に一つになった、その刹那。少女の細い指先が、金の馬の眩い背中へと触れた。
――その瞬間。 パシィィィン!!!
と弾けるような硬い音が暗闇の空間に響き渡った。 少女の指先から溢れ出したまばゆい光の粒子が、爆走していた金の馬の巨体を一瞬で包み込み、驚くべき速度でギュッと収束させていく。
光が収まった次の瞬間、少女の胸元に飛び込んできたのは、一つだけではなかった。
カラン、カラン、カラン、と重なり合うような音を立てて手のひらに転がり込んできたのは、
まばゆく光る、美しい金色の球体――
一気に『三つの数珠の玉』だった。
「よっしゃあああ!! 三玉同時に金玉ゲットォォォォォ――ッ!!」
お化け屋敷の広大な暗闇に、ダイチの本日最高音量のクソバカな叫び声が響き渡った。
刹那、ダイチを執拗に追いかけてきていた不気味なゾンビの群れも、天井の見えない異様な空間も、まるで硝子の壁が一斉に割れるかのようにパリンとひび割れ、光の破片となって崩れ落ちていく。
世界全体のクリア(崩壊)が始まった。――が、大地の脳裏にふと、致命的な疑問が浮かび上がる。
「……って、え? 待てよ、三つ……? 馬って金玉3個あんのか……!?」
一瞬だけガチのトーンになって少女の胸元の玉を見つめるダイチ。せっかく世界が感動的に崩壊し始めているというのに、中学生男子の脳ミソは生物学的なバグの謎に完全にとらわれていた。
「この状況で何考えてんのよあんたはバカァァァァァッ!!!」
腕の中の少女のブチ切れ絶叫が響き渡る。 しかし、そんなダイチの台無しなツッコミを置き去りにするように、重なり合う三つの金色の球体から、胸の奥がゾクッと凍りつくような、今までの比ではない異様な冷たさが、容赦なくダイチの全身へと駆け巡った。
(う、冷たっ……!? なんだこれ、一気に三つは氷より冷てえ……!)
一瞬だけ脳を支配した、これまでにない不気味な寒気にダイチが顔をしかめるのと同時に、世界は急速にその姿を真っ白な転移の光へと変え始めていく。
だが、ダイチの肉体が限界突破のバグで叩き出している規格外の『スピード』だけは、世界の切り替わりが追いつかないほどに、全く止まる気配がなかった。
空間がぐにゃりと歪み、周囲の景色が引きちぎれるように流れていく。 その猛烈な爆風のなか、ダイチの腕の中にすっぽりと収まったままの少女は、猛烈な風圧と恐怖、探していた玉が一気に三つも手に入ってしまったこと、そして何より、ダイチのどこまでも必死で、呆れるほどに真っ直ぐな男気に、目尻からポロリと涙をこぼした。
その涙は、ダイチの体感時速300キロという猛烈な加速の風に流され、彼女の耳の後ろへと、真横に一筋の美しいきらめきとなって飛んでいく。
(……もう、本当に、どこまでもバカなガキンチョ……っ)
少女は涙を真横に流しながら、世界で一番呆れた、だけど世界で一番愛おしそうな笑顔を、自分を抱きしめて爆走するダイチへと向けた。
ダイチの腕の確かな温もりと、新幹線並みの爆風に完全に包まれたまま、二人は激しく壁へと激突するかのように、次の世界へと凄まじい勢いで突き抜けていくのだった




