第10話 大地とゾンビ達
一歩中に足を踏み入れた瞬間、背後のカーテンがバタンと閉まり、視界は完全な暗闇に包まれた。 さっきまで聞こえていた園内の賑やかな歓声やブラスバンドの音が、嘘のように一瞬で遮断される。代わりにひんやりとした異常な冷気が肌を刺し、どこからかギギギ……と床が軋む嫌な音が聞こえてくる。
「おい、離れるなよ。お前が迷子になったら面倒だからな」
「はいはい。迷子になりそうなのは、そっちでしょ? そんなに木刀を振り回してると、壁にぶつかるわよ」
後ろを歩く少女の声は相変わらず冷静だが、ダイチの心臓はすでにバクバクと太鼓のように鳴っていた。さっき入り口で見え隠れした「怖くて逃げ出した記憶」のせいか、急に足がすくみそうになる。
カタカタと不気味な音を立てて迫り来る暗闇の気配に、実は少女も少しだけ背筋を凍らせていた。だけど、この冷え切った空間の中、目の前を歩くダイチの背中を見つめていると、ふと小さないたずら心が湧き上がってくる。
(……ちょっとだけ驚いたふりして、あいつに頼ってみようかな)
少女は少しだけ胸をときめかせながら、そっと細い指先を伸ばした。大地の服の裾を、ぎゅっと掴もうとした――まさに、その瞬間のことだった。
「ひゃああああああああっ!!! 今、首筋にシューって空気かかった! 呪われる! 呪われるって!!」
プシューーーッ!!! と壁から吹き出したただの演出の空気に、ダイチが文字通り垂直に跳び上がった。右手に木刀を構えたままジタバタと暴れ回る大地が少女の伸ばした指先を無慈悲に空振りさせる。
「ちょ、ちょっと、ダイチ……?」
「うわあああ! 今度は血だ! 血飛沫が飛んできたァァァッ!! 濡れた! 呪いの血だァァァッ!!」
パシャッと天井から降ってきた数滴の水飛沫に、今度はこの世の終わりかのような悲鳴を上げる。あまりのビビりっぷりに、少女は伸ばしかけた手を完全に止めて、引き気味にダイチを見つめた。
しかし、ダイチのヘタレロードはこれだけでは終わらない。仕掛けの扉がガタガタと開き、天井から血みどろの生首の人形が、目の前に勢いよくドスンと落ちてきた。
「ギャァァァァァァーーーーーッ!!! 出たァァァァ!!! 生首ィィィ!!!」
ダイチは完全に白目を剥き、足をもつれさせて、その場に見事なまでに尻餅をついた。そのままズサササッと情けない音を立てながら、腰を抜かした状態で後方へと激しく後退していく。
「……。」
少女の動きが完全に静止した。 服の裾を掴んで少し甘えてみようとした完璧なシナリオは、目の前で野生のイノシシのようにパニックになっているダイチによって、塵一つ残さず粉砕された。 少女の吊り目が、もはや生暖かいものを見るような目へと変わっていく。
さっきまでの恐怖心なんて、大地の過剰すぎるリアクションのせいで完全にしらけ、一ミリも残らず綺麗さっぱり消え失せていた。
「……あんたねぇ。子供騙しの仕掛けにそこまで本気で腰抜かして、よくもまぁボコボコにしてやるとかイキがれたわね」
「うるせえ! 本当に怖えんだよ! お前、その顔なんだよ、完全にしらけてんじゃねえか!!」
ダイチが顔を真っ赤にして木刀を握り直し、立ち上がろうとした、その時だった。
外から見たときは小さな建物だったはずの通路が、いつの間にか天井も見えないほどぽっかりと開けた、異様に広い空間へと繋がっていた。
「――ウアァァァァァ……ッ!!」
今までの子供騙しの効果音とは明らかに違う、地を這うような、本物の、悍ましい絶叫。 広すぎる暗闇の奥から、数十、数百という狂暴なゾンビの群れが、もの凄い勢いで二人に向かって、這い、走り、押し寄せてきたのだ。




