第二章 8 軍神の勘違い、黒き柄の決闘
【学校:教室 13:20】
さて、昼休みの喧騒が去り、気だるい午後の掃除時間が始まった。
屋上で、白河さんとの昼食も終わり、ダグラス(in湊)の肉体にはコメのパワーによって幾分かマシになっているようであった。ひょろひょろだった湊の四肢だが、今は凛として研ぎ澄まされているようにも見える。
「おい、湊……屋上で白河さんと何話してたんだよっ!」
掃除道具入れの前で、不良リーダーの阿久津が、仲間不良二人を引き連れて湊を遮った。朝の恐怖を「何かの間違いだ」と思い込もうとする、必死の強がりだ。
阿久津は、湊を挑発するために、掃除道具入れから古びたモップを取り出すと、それを湊の目の前へ、仰々しく突き出した。
「ほうら、これ使えよ。お前にはお似合いだろ?」
それは、ただの嫌がらせだった。だが、その瞬間、ダグラス(in湊)の瞳がかつてないほど鋭く輝いた。
「……ほう、貴様……なかなか骨のある男だな」
「あ……?おま、今なんて?」
阿久津が呆気に取られた。ダグラス(in湊)は阿久津が差し出したモップを両手でまるで恭しく騎士が剣を受け取るように静かに受け取った。
「……敵である私に、これほど見事な武器を、それも自らの手で差し出すとは……。……貴様の国には「敵に塩を送る」という高潔な規律があるらしいが……まさか、これほどとはな」
『ええっ!……ちっ、違うよっ!ちょっと待って!阿久津はそんな意味で言ったんじゃないよ。ただの嫌がらせだってば……』
脳内で湊が悲鳴を上げるが、軍神の魂は止まらない。
「ええい、黙れ小僧……敵将がこれほど堂々と決闘を申し込んできたのだ。……武器を授けられ対等な条件で戦おうというのだ。軍神の名において、これに応えねばならん!」
ダグラス(in湊)は、モップをクルリと回すと、それをスッと正眼に構えた。安っぽい掃除道具が、その瞬間、数多の英雄を屠ってきた「魔槍」へと変貌したのだ。
「……阿久津とか言ったな。……貴様のその「高潔な魂」に敬意を表し、……わが軍の「槍術の奥議」をもって……この戦場(教室)を清めてやろう……いざ、尋常に勝負だっ!」
「……はぁぁぁっ?決闘⁈勝負……って?」
阿久津が絶叫した瞬間。
ブォォォォォンッ!!
猛烈な風圧が教室に巻き起こった。ダグラス(in湊)は、阿久津の目の前で、モップを高速で旋回し始めた。
モップの房が白銀の残像を描き、ゆかに落ちた消しゴムのカスや埃が、その風圧によって飛ばされていく。……単なる掃除ではない。軍神が何千、何万回と繰り返してきた「槍術の型」。
「__一閃」
シュッ!!と鋭い風切り音。
モップの先端が、阿久津の喉元数センチをかすめ、そのまま床の汚れだけを的確に捉え、吹き飛ばしていく。そのあまりに洗練された「武」の動きと。死の予感に、阿久津は言葉を失い、ただガタガタと膝を震わせるしかなかった。
『……もう駄目だ。……明日から僕、どういうキャラで学校に行けばいいんだっ⁉』
脳内で絶望する湊をよそに、ダグラス(in湊)は、何事も無かったように掃除用具入れにモップを収めたのだった。




