第二章 6 白銀の兵糧と校門制圧
【湊の自宅:AM6:00】
「……ッ⁈」
藤代 湊の身体が、跳ねるようにベッドから起き上がった。
此処にはあの硝煙や雪のにおいはしない。微かに洗剤の香りがする、平和すぎる現代の空気だ。
「……ほぅ……ここが小僧の本拠地か」
ダグラス(in湊)は、自分の細い腕を見つめた。皮下脂肪も筋肉も薄い、あまりにも脆弱な枝のような腕。
だが、魂が軍神に入れ替わったとたん、その脆弱な細胞一つ一つが、飢えた獣のように脈打ち始めていた。
階下へ降りると、父親が夜勤で不在であった。しかし炊飯器はタイマーが掛かっていたようで、炊きあがったコメのにおいがしていた。
蓋を開けた瞬間、真っ白な蒸気が龍のように立ち昇る。
「……ん?なんだこれ?」
そこにあったのは、異世界の泥臭い麦とは比較にならない、真珠のように輝く「白銀の粒」。
ダグラスは、その炊飯器に素手を入れようとした。
『待って、ダグラス!火傷しちゃうよ。「しゃもじ」っていう道具がすぐ横についているからそれを使って』
脳内で湊の悲鳴が響いた。
「……ほう。これは……」
本来なら茶碗に盛るべきところだが、湊はしゃもじですくった一塊をそのまま口に運んだ。
「……ッ!」
言葉を失う。
噛みしめた瞬間、コメの弾力が歯に当たり、次いで爆発的な甘みが舌の上に乗る。
「……旨い。小僧、貴様の世界ではこれほどまでに旨いものが毎朝、この魔法の箱から湧き出てくるのか?」
『あはは、感動しすぎだよ、ダグラス。でも、美味しいでしょ?さあ、お弁当を作らなきゃ。お父さんの分も忘れないでよね』
それからダグラス(in湊)は湊の脳内ナビゲートを受けながら、真剣な眼差しでお弁当づくりを開始した。
まずはお結びからの修行である。
『お父さんは疲れているし、塩を少し強めにね』
「心得た」
『……ダグラス、力任せに握るんじゃないよ、そうっと優しく、そう、空気を包み込むように……いいぞ!』
それから半熟ゆで卵、あらかじめヒビを入れた卵を熱湯で8分ほど茹でてすぐに冷水にとる。
それだけでも、ダグラスにとっては至難の業だ。
気が付けば、いつもは何日か残るはずの炊飯器の窯のご飯が一瞬にして消えた。
朝ごはんと父のお弁当、そして、自分用の巨大むすび五個。半熟卵。
『あ……全部なくなっちゃった。いつもはずいぶん余るんだけどな……お父さん、びっくりするだろうな……ふふっ』
「……ふん、小僧。戦士の胃を舐めるな。……これでも足りるかどうか不安なほどだ」
空っぽになった炊飯器を見つめ、軍神は満足げに、しかしひょろりとした湊の腹をさすりながら、静かに「出陣」の用意を整えた。




