第五章 20 帰還;凍てつく泥の戦士たち
「戻ったぞ。道を開けろ」
湊(inダグラス)の低い声が凍てついた村の空気を震わせる。
村の入り口で、不安に押し潰されそうになりながら待っていた村長や女性たちが、息を呑んで立ち上がる。そこに居たのは、かつての華やかな騎士団ではない。頭から足の先まで一見すれば亡霊のような格好の、それこそ泥を被った執念の集団だった。
だが、彼らが担いでいるものを見た時、村人たちの間に驚愕のさざ波が広がった。
「……そ、それは……『呪いの沼』の主、氷蓮……ッ⁉おまけに、あんなに沢山の泥蟹まで!」
大勢の兵士たちは、限界を超えた疲労で肩を上下させながらも、その手にはしっかりと「戦利品」を握り締めている。大人の太ももほどもある巨大な氷蓮の節。そして、湊(inダグラス)が泥の中から引き抜いた、猛々しい鋏を持つ泥蟹の群れ。
(おーい、ダグラス、皆の身体が冷え切っっているよ。一刻も早く、なんとかしないと。大鍋のお湯だけじゃ、大勢の兵士の泥を落とす前にみんな湯冷めして凍えちゃう。それに、この粘土質の泥は、ただお湯をかけるだけじゃ落ちにくいんだ)
湊(inダグラス)は、広場を埋め尽くす泥人形のような兵士たちを見て、眉をひそめた。泥が乾いて固まれば、皮膚が引きつり、凍傷の原因にもなる。
『……ふん。小僧、案ずるな。わが軍に伝わる公平術とお前の「知恵」とを合わせれば、この広場を「癒しの場所」に変えることなど造作もないわっ!』
湊(inダグラス)は、村人と兵士の動けるものに即座に命令を下した。
「ボアの皮と村の端に捨てられていた古木材があるだろう?この広場の一角に、簡易テントを建ててくれ」
やがて広場には、大きなテント状の空間が三つ設営された。テント中央には、熱く焼いた「巨大な石」を積み上げる。そこへ、ダグラスが魔法で熱したお湯を少しずつ注ぎ込む。村人たちが薬草入りの水をかけ続けた。
(そうだよ!テントの中を蒸気サウナ状態にするんだ。湿気で泥をふやかして、毛穴を開かせるのが狙いだよ)
次にテントの梁に、そこに小さな穴を沢山あけた「木製の桶」を置いた。上から村人たちが代わる代わる熱湯と水を混ぜた適温の湯を注ぎ込む、簡易的なシャワーシステムだ。
「……では、貴方方は五人ずつ中に入って、泥を蒸気でふやかしてから、シャワー室に入って下さい」
最後はダグラスが魔力を注ぎ込む。
『小僧っ!……お前は、我が魔力を一体、何だと思っておる⁉戦いの為に鍛えた我が魔力だぞ!』
ダグラスは怒りながらも湊の指示に従った。背に腹は代えられぬ。大勢の兵士の命が掛かっているのだ。
集めた岩に一定の魔力を注ぎ、高温度(約80度)に保った。岩の周囲から温められた空気が上へと昇っていく。
さて、三つのテントがどういう風になるのか、皆は固唾を呑んで見守っていた。




