第五章 19 深淵の引き上げ、白銀の根
泥の中から、無数の黒い粘液状の触手が、音もなく鎌首をもたげた。それは、極寒の泥に擬態し、獲物を待ち受けている「マッド・スライム」だった。
「……うわああぁぁっ!脚が……脚が動かねえっ!」
「……助けてくれっ!……泥に引きずり込まれるっ!」
兵士たちが、慌てて武器や鉄板を手に取る。だが、泥に脚を取られた彼らは、格好の餌食だ。スライムの触手が、兵士たちの身体に絡みつき、その生命力を吸い取ろうとする。
(ダグラスっ!早くっ……みんなを救わなきゃ……ッ!)
『……承知っ!……野郎ども、我の後ろへっ!」
湊(inダグラス)は大剣を構え、魔力を込める。琥珀色の魔力がやがて炎のように吹き出し、周囲の冷気を一瞬で蒸発させる。
__グチャァァァァァッ‼
軍神の大剣が閃き、泥の触手を一閃する。不気味に蠢く黒い地平線を前に、湊(inダグラス)は、さらに泥の奥深くへと進んだ。
ダグラスの魔力探査が、泥の下に眠る「異質な熱源」を捉え続けている。
(……あそこだよ、ダグラス!……あの泥の底に、『氷蓮』があるんだっ!)
湊(inダグラス)は、躊躇なく泥の中に腕を突き込んだ。軍神の剛腕が、泥の奥深くに眠る、大人の太ももほどある「氷蓮」の根を掴んだ。
__ズブブブブッ‼
想像を絶する吸引力。泥が、軍神の腕や身体を、一瞬にして飲み込もうとする。氷蓮の根も、泥の深淵に固くとざされ、なかなか引き上げられない。
『……小僧!……貴様の「食欲」を我が「魔力」に乗せるんだっ!……この食材が無ければ皆、飢え死にするぞっ!』
(……うおおおおぉぉぉっ‼……これでボア肉との肉団子を作るんだっ!……焦がし醤油で……みんなを笑顔にするんだぁぁぁっ‼)
__ズザザザザァァァッ!
泥の海から、巨大な「氷蓮」の塊が引き上げられた。
それは、泥と魔物に打ち勝った湊とダグラスの「勝利の結晶」だった。
「ダグラス殿……氷蓮の節に……何か付いているぞ」
兵士が叫んだ。引き上げられた氷蓮の根にはどろに塗れた、岩のような塊がいくつも付着していた。
湊(inダグラス)が泥を拭うと、そこから現れたのは、真っ赤な甲羅を持つ巨大な泥蟹だった。
(やったね、ダグラス……!これならグルタミン酸が取れるよ。旨味成分だ。……ボア肉の脂にこの蟹の出し汁を合わせれば、旨味の相乗効果は10にも100にもなるんだよっ!)
『……ふん、小僧。「泥遊び」のオマケにしてはなかなかの戦利品だ』
こうして、150人ほどの胃袋を支える「氷蓮」と、さらなる旨味爆弾「泥蟹」が、村の広場へと運ばれていった。
次回は7月予定です。
有難うございました。




