第五章 18 泥沼への進軍
「……ダグラス様、正気ですか?あそこは底なし沼……一度足を踏み入れたなら精霊に魂を吸い取られて、二度とは戻ってこられぬ場所ですぞ!」
村長が杖を震わせ、必死に湊(inダグラス)の行く手を阻もうとする。村人たちも怯えた目で遠くの黒い湿地帯を見つめていた。
(……ダグラス、無理に連れていくのは逆効果だよ……恐怖で足がすくんだら、泥に飲まれて本当に死んじゃう)
『……ふん。……軟弱な民草に死地を歩けとは言わぬ。……小僧、お前が役割を与えてやれ。「待つ」という役割をな』
湊(inダグラス)は足を止め、村人たちに向き直った。その背後には、空腹でやせ細りながらも、軍神の言葉を信じて、道具になりそうなそこらへんにあった鉄板などをスコップ代わりに担いでいる兵士たち。
「村長さん……安心してください。呪いを解きに行くのは、僕たちの仕事です。皆さんは村の広場で受け入れ準備をして下さい」
湊の指示は具体的だった。
一つ、大鍋を磨き上げ、雪を溶かして大量のお湯を沸かしておくこと。泥まみれで戻る兵士たちの体温を奪わせないためだ。
二つ、村の若者たちは風通しの良い場所に頑丈な棚を作ること。氷蓮を腐らせず保存するためだ。
三つ、女性たちは石臼を準備し、みがいておくこと。レンコンの一部をすりおろし、肉の量を補う『団子』を作るためだ。
「わ、分かりました……。ダグラス様がそこまでおっしゃるなら……。みんな!『最高の兵糧』を迎える準備じゃ。火を絶やすなっ!」
村人たちが希望の灯火を宿して走り出すのを見届けて、湊(inダグラス)は兵士たちの方を振り返った。
「……みんな、ついて来て!泥の中に眠る氷蓮を掘り起こすよっ!」
湊(inダグラス)の号令と共に、兵士たちが湿地帯へと足を踏み入れた。
一歩……また一歩。
雪が消え、地面がじわじわと黒い泥へと変わっていく。冷気が足元から這い上がり、身体を、皮膚を、骨を凍らせようとする。
(ねえ……ダグラス、泥が……動いているよ。これ……ただの泥じゃないね」
『……うむ……マッド・スライムどもか……久方ぶりの獲物に歓喜しておるわ。小僧……剣を抜け!……収穫の前に駆除する』
泥のなかから、音もなく粘液の触手が鎌首をもたげる。
不気味に轟く黒い地平線を前に、湊(inダグラス)は泥まみれになる覚悟で大剣を正門に構えた。




