第五章 17 村の広場、宴の後
話は変わって、こちらはダグラス側の世界。
スノーベアの味噌鍋によって、150人ほどの命は一旦は繋ぎ止められた。
だが、巨大な鍋の底が見え始めた頃、湊(inダグラス)は静かに雪の降る空を見上げた。
(……ねえ、ダグラス。スノーベア三頭で、あと一週間は、持つかもしれない……でも、その先はどうする?雪が解けるまで、一月以上はあるよ)
『むぅ……小僧、お前の言う通りだな。……わが軍の備蓄も底を尽き、敵の惨敗兵たちも抱えた今……この村は「孤立した浮島」も同然よ』
予想通り、湊の計算は甘かった……甘すぎたのだ。一週間どころか、二、三日もすると、巨大な大鍋の底にはわずかに残るスープのみ。150人の胃袋を一時的に満たす代償として、村の「戦略予備」は一気に消失した。
(ダグラス、……ごめん。僕の計算が甘すぎた。……あんなにみんなが食べるなんて思わなかったよ……)
湊(inダグラス)はお玉を握りしめ、青ざめていた。
『……案ずるな、小僧。戦場で腹を空かせた獣たちを黙らせるには……この程度の肉、一飲みにされるのは道理よ。……だが「問題」は次だな』
広場に座り込む兵士たちの目にはまだ光が残っていた。
(ねえ、ダグラス……ほかに何か食べられそうなものは無いかな?……この雪の下にも、眠っているはずだよ……冬を越すためにエネルギーを蓄えている生命が……)
湊(inダグラス)は、軍神の視界を借りて、白銀の世界を舐めるように見渡した。
『……ふん、小僧。……貴様のいう「生命」とやらは……この死の平原のどこに隠れておるというのだ?……我に見えるのは……凍てついた絶望だけだ。』
ダグラスは鼻で笑いながらも、彼のその鋭い眼光を、村のはずれに広がる漆黒の湿地帯へと向けた。
ダグラスがその場所を凝視した瞬間、軍神の視界が切り替わった。
それはかつて戦場で伏兵を見抜くために研ぎ澄まされた魔力検査の感覚だ。
「……ぬんっ⁈」
ダグラスが息を呑んだ。
一面、凍てついた泥が広がるだけの死の沼。しかし、その厚い氷と思い泥の層を数メートル突き抜けた深淵に、「異質な熱源」が脈打っていた。
『小僧、見ろ……あの泥の底だ……冷徹な大地の魔力を吸い込み、……逆にそれを「自身の熱」に変えて封じ込めている、きょだいんば魔力の塊がある』
(……熱?……泥の中で、凍らずに熱を持っているもの……⁈)
ダグラスが魔力でその「熱源」の輪郭をばぞると、湊のの脳内に一つのイメージが浮かび上がった。
それは、現代で知る「レンコン」を数倍数十倍に巨大化させたような、力強い節を持つ根。
『小僧、それはタダの根ではないな……周囲のどろから水分を奪い……自己を「糖」へとかえて凍結を防いでいる。……いわば、大地の精髄を煮詰めた「結晶」よ』
その瞬間、湊の鼻腔を、現実には存在しないはずの「芳香なデンプンの甘い香りがくすぐった。
(……分かったよ!ダグラス、それは氷蓮だ!』……あの泥が凍らないのは……その植物が吐き出す熱のせいなんだ。……泥が深ければ深いほど外敵に襲われず……栄養をため込んでいるはず……!)
村人たちが「呪いの沼」と呼び、忌み嫌う場所。だが、ダグラスの眼にはそこが黄金の稲穂が実る田畑よりも輝いて見えていた。
『……ハハハッ!……誰もが死を予感する泥の中に……制を繋ぐ「宝」が眠っていようとはな!……小僧……我が剛腕で……その大地の秘宝を力づくで引きずり出してやろうではないか!』
湊(inダグラス)は、腰に佩いた大剣の柄を強く握りしめた。その瞳には、もはや不安の色はない。
(……行こう、ダグラス。150人の命……あの泥の中から救い出すんだ!)
軍神の重い足音が、雪を蹴立てて湿地帯へと向かう。それは、死ぬ行く村にとって、唯一の「希望の行進」だった。




