第四章 16 屋上のお代わり事変
(ねえ、ダグラス……二人を駅まで送ってあげて。ちょっと遅くなっちゃったし、女の子だけだと危ないからね)
「承知した。……指揮官の責務だな、湊」
二人に聞こえないようにダグラスは呟く……ダグラスも湊も本来の性格は優しいのだ。
そして駅の改札口。
「御免ね、藤代君……すっかりご馳走になっちゃって」
「……しっかし、美味しかったな、あの生姜焼き」
白河さんは、申し訳なさそうに話した。
最初は乗り気でなかったサキさえすっかり笑顔になっている。
「うむ……では明日の昼、また技術交流を図ろうではないか」
「『技術交流?』……ああ、お弁当のおかず交換ね?……うん、いいよっ!」
今度は、白河さんよりもサキの方が率先して答えた。
こうして、三人のお弁当フレンドが出来上がったのだった。以前の湊にとっては、考えられない事態になっていた。
【翌日の昼休み:屋上にて】
「では、白河隊長とサキ殿……準備は整っておるか?」
ダグラス(in湊)は、勢いよく自分の弁当の蓋を開けた。中身は昨日の生姜焼きよりもタレを少しだけ煮詰めて照りを出した『特製生姜焼き二式』だ。
「すごいな、湊!冷めてもオッケーじゃん、この肉、最高!」
サキが、思わず飛びつく。
「あたしはねえ、母特製キンピラ、お肉もちょっと入っているよ」
「私はねえ……だし巻き卵。出汁を多めにしてみたよ」
白河さんは少し恥ずかしそうにお弁当を差し出した。平和なお弁当交流が始まろうとしていたその時だった。
バタンッ‼ と屋上の扉が荒々しく開いた。阿久津だ。
「……おいっ……藤代ォ……てめえ……毎日毎日……いい思いしやがって……っ」
……といっても、弁当交流会が始まったのは今日からだったのだが。
阿久津は、白河さんと湊の距離がだんだん縮まっていくのが気に入らなかったようだ。おまけにサキ。
女の子がまた湊の傍に居ると思うだけで、嫉妬の炎が燃え上がる。
「その弁当……俺によこしやがれっ!」
阿久津が飢えた狼ような目で、湊の弁当へと手を伸ばす。
(……ダグラス……阿久津は怖いけれど……でも、お弁当を奪われちゃうのは嫌だよね)
脳内の湊が愚痴をこぼした。
「……案ずるな、小僧。……食事の邪魔をする奴は、戦場の上で塵となるがよい」
ダグラス(in湊)は座ったまま、阿久津の打ってきた右手の甲にお箸を閃かせた。
__バシィィィィィンッ‼
「……うがっ!……い……痛えっ!」
お箸の先端部分で、阿久津の手の甲を、電光石火の早業で思いっきり叩いた。
余りの速さに、サキも白河さんも、一瞬何が起きたのか見えなかったほどだ。
「……阿久津殿。……貴様『配給を並んで待つ』という礼節も知らんのか?……奪うのみの獣にこの兵糧を食す資格はない」
「……な、なんだと⁈てめぇ……箸だけで俺を……っ」
「今すぐ立ち去るがよい。……さもなくば、次は……貴様の喉にこの箸を……」
湊(中身はダグラス)の眼光が、一瞬だけ本物の戦場を生き抜いた「軍神」のそれに変わった。
阿久津は、その圧倒的な威圧感に気圧させ、数歩後ずさった。
だが、ダグラス(in湊)はそこで追撃を止めた。代わりに、お弁当の隅にあった「一切れの生姜焼き」をお箸でつかみ、阿久津の鼻先に突き出した。
「……だが、空腹は兵を狂わせる。……貴様のその腹の音、聞くに堪えぬ……これを食し、己の未熟を噛みしめるがよい」
「……あ……?」
阿久津は、呆然としながらも、反射的に口を開ける。
……もぐ。
「……っ!!」
噛みしめた瞬間阿久津の目が限界まで見開かれた。
「……ん、……うんめぇっ‼……なんだこれ……なんだよこれっ‼」
阿久津はその場で膝をつき、昨日サキが見せたのと同じ、「敗北」の表情を浮かべた。
「……わ、分かったよ、藤代……これからはちゃんと並ぶよ……だから明日もここに来ていいか?」
「……ふん。貴様が軍規を守るならば、考えてやらんでもない」
こうして湊のお弁当仲間に捕虜として?不良の阿久津までもが加わってしまったのだった。
(ダグラス……話が……変な方向に行っているような気がするんだけど?)
不安を隠せない脳内の湊であった。




