第三章 13 スノーベア料理開始
兵士たちが仕留めてきた三頭の巨大なスノーベア。その死体からは、雪山の冷気さえ切り裂くような、獣特有の強烈な野生臭が漂っている。
(……ううっ、やっぱり熊って匂うんだよね……肉もゴムみたいに硬いし、癖のある食材には味噌がいいんだけれど……それでもなあ……)
湊(inダグラス)は、鼻を突き刺す臭気に顔をしかめた。
『小僧……。この魔獣の覇気ともいうべき臭み……並の調理では消せぬぞ。……我が魔力で物理的に繊維を粉砕するか?』
(ダメだよ、ダグラス。そんなことしたら肉の旨味まで逃げちゃうよ。……たぶん熊肉の臭みは脂と血液なんだ。まずはそれを洗い流してみよう)
湊(inダグラス)は剛腕を使い、スノーベアを鮮やかな腕捌きで解体した。切り分けた真っ赤な肉の塊を、村の小川から大鍋へと引いた冷水にさらす。
(ダグラスお願い!魔法で水の流れを早くして、肉の奥に溜まった血液を一瞬で押し出して!)
『……分かった。アクトコントロールッ!』
大鍋の中が即席の洗濯機のようになり、肉塊が猛烈な勢いで回転し始めた。魔法で加速された無図が肉の繊維の奥深くまで浸透し、臭みの元となる血液を洗い流していく。
更に湊(inダグラス)は村人が持ち寄った泥付きの野菜を丁寧に剥いて、その皮を大量に鍋に投入した。根菜の皮には、臭みを吸着する成分がある。それで、水に溶けだした獣臭を封じ込める作戦である。
やがて血抜きが終わり、白く引き締まった肉塊が現れた……しかしこれではまだ硬くて食べられたものではない。ここで、湊(inダグラス)は先ほど溜まり醤油を漉しとった後に残った、大豆の搾りかすを取り出した。
(……これだよ、ダグラス。搾りかすには熟成の過程で生まれた大量の『酵素』が眠っている……これを使って、熊の固い肉繊維をバラバラに分解できるかもしれない)
湊(inダグラス)は醤油カスにほんの僅かな村の地酒と塩をまぜて、ペースト状にしたものを肉塊にたっぷりと擦り込んだ。
『小僧……その「黒き泥」から……肉の結合を結合を解くような、不思議な波動を感じるぞ』
(うん。これが麹の力だよ……ダグラス、少し温度を上げて酵素の働きを活性させてくれないかな?『スノーベアの醤油麴漬け』だよ)
数十分後……醤油麹とダグラスの魔法によって、ゴムのようだった熊肉は、驚くほど柔らかく、琥珀色に輝く極上の食材へと変貌していた。獣臭さは微塵もなく、代わりに醤油の香ばしい香りが肉の奥までしみ込んでいる。
(……ようし、これなら、味噌のコクと完璧に調和するぞ)
湊(inダグラス)は下処理の済んだ肉と村人たちの雪下野菜を大鍋に投入した。そして、壺の底の「味噌(醤)を惜しげもなく解き放つ。
琥珀色の肉、白い脂、鮮やかな人参、そしてドロリとした味噌。
それらが魔法の対流の中で一体となり、広場全体を、先ほどの醤油鍋をさらに上書きするような、深く重く胃袋の奥底を直接揺さぶるような「美味しい発酵臭」が包み込んだ。
「……な、何だ、この匂いは。……先ほどの黒い汁よりも、さらに『濃い』ぞ……」
「……身体が……身体が勝手に鍋に引き寄せられる……ッ!」
兵士たちは、武器を置き、ただただ静かに、その「完成の瞬間」を待っていた。
雪山の冷気さえも、この大鍋から放たれる熱気と芳醇な味噌の香りに、溶かされていくかのようであった。




