第三章 11 琥珀の洗礼__飢えを溶かす団子汁
「さあ、熱いうちに食べてください。火傷には気をつけて」
湊(inダグラス)は、軍神の恐ろしい巨体を屈め、壊れそうな木のお椀を村の小さな子どもから配り始めた。大鍋の中ではダグラスの魔法制御によって、溜まり醤油の琥珀色が全粒粉の団子の中までしみ込んでいる。わずか数キロしかないボアの肉は、醤油の塩気と熱によって脂が完全にスープに溶けだし、表面に黄金色の輝きを浮かべていた。
「……おじちゃん、これ、なぁに?すっごくいい匂い」
「これはね、『団子汁』って言うんだよ。……さ、熱いから気をつけてね」
子供が震える手で、汁を一口含んだ瞬間、ぱぁっと顔が輝いた。
溜まり醤油の重厚なコクが、全粒粉の素朴な甘みを極限まで引き立てている。地底茸こそないが、醤油そのものが持つ深い発酵の旨味が、ボアの野生的な脂を「高貴な味わい」へと昇華させていた。
「……おいしいっ!おじちゃん、これ、すっごくあったかいよっ!」
その声が、静まりかえった広場に波紋のように広がった。
老人たちが、女性たちが、次々と器を啜り涙を流す。絶望的な冬の村に、数年ぶりに「幸福な咀嚼音」が響き始めた。
その光景を、広場を取り囲むように立っていたダグラス軍、そしてついてきた敵国ガディア帝国の兵士たちが、唾を飲み込んで見つめていた。
(……ねえ、ダグラス、見て。みんな武器を握るのも忘れて鍋を見ているよ……次は彼らの番だね)
『……ふん、……全くお人好しな小僧よ、この「黒き雫」の威力は絶大だな。……奴らの目はもはや、戦など微塵も考えておらぬわ……ただその一滴を欲して、魂を震わせておる』
「さて、では我々も、ガディアの皆さんも……少しずつですけど、全員分はあります……並んでください!」
湊(inダグラス)が声を張り上げると待ちかねたように、兵士たちは敵味方共にまるで魔法にかけられたように大人しく列を作り始めた。
ガディアの敵兵たちが、震える手で器を受け取っていく。目の前には、一振で城門を砕くといわれる軍神ダグラス。その男が聖母のように慈愛に満ちた眼差しで、自分たち「敵」にまで温かい汁を分け与えている。
「……っ!……ぬ、……ぬおぉぉぉぉッ‼」
一口啜った瞬間、彼らは驚く。喉を焼く熱さと脳を痺れさせる醤油の旨味。団子を噛みしめるたびにクズ麦とは思えない全粒粉の豊かな香りが鼻に抜ける。
「……なんだっ!この『黒い汁』は……!身体が……震えるほどに喜んでいる。敗北の屈辱も、雪山の寒さも、すべてこの一杯に溶けて消えてゆく!」
隣では、ダグラス軍の若い兵士たちが「うめえ……うめえよぉ……」と子供のように大声をあげながら、団子を頬張っている。
だが、喜びはすぐに「切実な不足」を浮き彫りにした。
(……ようし、ダグラス……みんなの火がついたよ。……今なら最高に『やる気』を出してくれるはずだよ)
湊(inダグラス)は空になったお玉を掲げ、静かに、だが広場全体に響く声で告げた。
「皆さん……お肉が足りなくて、ごめんなさい。……でも、この『溜まり醤油』のたれは、まだこの壺にたっぷり残っています……お肉さえあれば……もっと大きな……そう、『スノーベア』みたいな肉さえあれば……美味しい料理を作ってあげられますよ」
「……‼」
次の瞬間。
広場から一斉に兵士たちの姿が消えた。雪を蹴立て、武器を掲げ「飢えた狼」に変貌した敵味方の兵士たちは、「お代わり」を求めて森へと爆走を開始した。




