IF第61話 虫の知らせ
「「大悪霊!?」」
アポルターガイスト。それが大悪霊の名だと記憶しているユームはとんでもない化物が復活してしまったという事実よりも今すぐ逃げ出したいという思いだけで頭がいっぱいになっていた。アビスはというと未だに状況がわからないままだったが何か恐ろしい存在だということだけは感じているらしい。
(アビスの馬鹿め! よりにもよってこんな怪物を復活させるなんて!)
(何なのよこれ? 私、どうなっちゃうの!?)
大悪霊は眼の前の二人の心を読む。恐怖と疑問、決して闘争心がないことに呆れた。
「ン〜? ワタシの復活はお前にも責任があるはずナノダ? この聖女は未だに理解できないとは……これは随分と小物ではないか」
「ッ!? ひいいいい!」
「な、何だって言うのよ……」
「まあいい。まずはこの忌まわしい像を壊すノダ!」
大悪霊の手から刺々しい盾が形成される。そしてその盾を倒れた天使像に投げつけた。盾を投げつけられた天使像は粉々に砕かれる。
「フンッ! 今はこれでいいだろう。後は聖女を輩出した二つの国を潰すノダ!」
「ひっ!」
「こ、来ないで!」
大悪霊はゆっくりと二人に近づいていく。後ろで天使像の破片から小さなカブトムシが飛び立っていることも気づかずに。
◇
「…………?」
気がつくと、真っ白な空間の中にシシラはいた。先程まで悪魔と最後の戦いをしていたシシラは首を傾げ、自分は死んでしまったのかと不安に思ってしまうが、やがてその空間はとある場所に変わる。
「ここは……封印の祠?」
ショーツカ大森林の封印の祠。今、シシラはそこに立っている……はずなのだが何か違和感がある。どういうわけか嫌な予感がする。以前シシラが魔力供給したばかりなのに以前よりもずっと空気が悪く感じられるのだ。
「どういうこと? この空気は……」
不審に思ったシシラが少し周りを見渡すと今までと違ったところに気づいた。その直後に、目を見開いて絶句してしまう。
「天使像が倒れてる……!」
封印の祠の象徴とも言える天使像。それが倒されてしまっていた。その事実に気づいた時、シシラは震え上がった。その震えの正体が何なのかまで分からないが、それだけで胸騒ぎがする。
「何か、良くないことが起こるの……?」
『その通りですシシラ』
「誰っ!?」
どこからか声を掛けられて慌てて声がした先を振り返るシシラ。ただ、そこにいたのは小さなカブトムシだった。
「え? 虫?」
『貴女の眼の前にいるのはわたくしの使者です』
「使者? どういうこと? 何を伝えようとしているの?」
小さなカブトムシから声が聞こえてくるようだがシシラは気にせずに話の先を促す。
『シシラ、この光景は現実の出来事。貴女の妹とその婚約者が、己の欲望のために愚行に走ってしまった。そのせいで天使像に封印された大悪霊が目覚めてしまいました』
「なんですって!? アビスとユーム殿下が!?」
聖女伝説を詳しく記憶しているシシラは、天使像と大悪霊の関係も知っている。声の主の言葉が本当ならば、これから恐ろしいことが起こるということにほかならないのだ。
そして、眼の前のカブトムシから声の主の正体にもおおよその予想もできる。
「私は、どうすれば……!」
『今の大悪霊は復活したばかりでまだ完全ではありません。ですから今はその場に留まりつつ森の魔物を従えて力を蓄えるところから、始める、でしょう。もう一度、封印するならば……今すぐ……戦う……準備を……!』
カブトムシの実態が消えかけて、声が聞こえにくくなっていく。周りの光景も消えていく様子から時間はもう無いのだろう。それでも、シシラは自分がこれからするべきことはもう分かっていた。
「分かりました。伝えてくださってありがとうございます。守護天使ビトール様」
守護天使ビトール。それは大悪霊を封印した天使。遥か先代の聖女によって召喚され、大悪霊を封印したとされる大天使だ。
「……、……」
シシラがお礼を言った直後、全てが真っ白になった。
――それがシシラが見た夢だった。




