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第45話 何も変わってない

 パーティー名、ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》をギルドに登録してから、数日が経った。


 その日も俺たちは、いつものように冒険者ギルドへ顔を出していた。


「今日は何をするのです?」


「そうだな。そろそろ第三層に――」


「リュートさん」


 依頼掲示板へ向かおうとしたところで、ミントさんに呼び止められた。


「おはようございます、ミントさん。どうしました?」


「少しよろしいですか?」


 いつもと変わらない笑顔。

 でも、その手には見覚えのない書類がある。


 俺とリィルは揃って受付へ向かった。


「俺、何かしましたか?」


「いいえ。以前から行っていた昇格審査について、結果が出ました」


「昇格審査……」


 そういえば、ビッグアントの依頼でFランク依頼の達成が五件になったんだった。


「これまでに達成された五件のFランク依頼について、ギルドで総合的に精査させていただきました。その結果――」


 ミントさんがにこりと微笑む。


「Eランクへの昇格が正式に認められました。リュートさんは、本日からEランク冒険者です。おめでとうございます」


「……マジか」


「リュート、またランクが上がったのです!」


「ああ」


 Fランクになったばかりだと思っていた。

 それでも、できることから一つずつ依頼をこなしてきた。

 それが、ちゃんと実績になっているらしい。


「ギルドカードをお預かりしますね」


「はい」


 カードを渡す。


 しばらくして返されたカードには。


【ランク:E】


 そう刻まれていた。


「Eランク……ベルさんまであと三つ」


「これでリュートさんは、初級ダンジョンの第五層まで立ち入ることができます」


「第五層まで……」


 第三層。


 第四層。


 そして、第五層。


 まだ見たことのない場所が、一気に三つも増えた。


「リュート、顔がニヤけてるのです」


「……まあ、ランクアップはちょっと嬉しい」


 喜びが顔に出ていたのだろうか。


「でも、これで第五層まで行けるなら――」


「いきなり第五層へ行くのです?」


「いや。まずは第三層からだな」


「一歩一歩なのです!」


「そうだな、焦らずに行こう」


 第二層だって、まだすべてを見たわけじゃない。


 それでも今は、新しい場所へ進んでみたい。


「ちょうど第三層の依頼がありますよ」


 ミントさんが依頼札を一枚差し出した。


【初級ダンジョン第三層 雷光石五個の採取】


 報酬、二万ディア。


「雷光石?」


「雷属性を帯びた鉱石です」


「第三層で採掘するんですか?」


「採掘は採掘なのですが……少し特殊でして」


「特殊?」


「第三層に生息するロックリザードという魔物から採取できる素材なんです」


「魔物から鉱石を?」


「はい。ロックリザードは周囲の岩石や鉱物を取り込みながら成長します。その過程で、背中の一部に雷光石が結晶化することがあるんです」


「背中に石が生えるってことか……」


「実物を見れば、すぐに分かると思いますよ」


 なるほど。


 第三層の壁を掘り続ける仕事かと思ったけど、どうやら違うらしい。


「五個で二万ディアか」


「少々手間のかかる依頼ですので……」


「なら、これ受けます」


「はい。それではお気をつけて」



 ダンジョンの詰所へ到着し、いつものように受付を済ませる。


「第三層の地図を一枚ください」


「千五百ディアだ」


「はい」


 素直に金を渡す。


 男が少し意外そうな顔をした。


「今日はレコードマップじゃなくていいのか?」


「…………普通のでお願いします」


「リュート、成長したのです!」


「褒めるとこはそこか?」


 一万ディアは高い。


 俺は学習したのだ。


 そう、たぶん。


 第一層、第二層を抜け、第三層へ続く階段を下りていく。


 ――寄り道せず、真っすぐに突き進むこと数十分。


「ここが第三層か……」


 第一層や第二層と同じく、基本的には岩に囲まれた洞窟だ。


 ただ、第三層は岩がより複雑にせり出し、大きな岩柱もあちこちに立っている。


 視界を遮る場所が多い。


「チョコ、頼むぞ」


 ぽんっ。


 チョコが元気よく飛び出し、俺たちの前を走っていく。


 俺たちも地図を確認しながら、その後を追った。


 しばらく進んだところで。


「……何もいないな」


 チョコも特に反応していない。


 岩。


 岩。


 また岩。


「ロックリザードがいるって聞いた割には、やけに静かだな」


「今日はお休みかもしれないのです?」


「かもしれないな……って、お店か!」


 いかんいかん。

 リィルのペースに乗せられて、ついツッコミを入れてしまった。


 気を取り直して、辺りを見回す。


 岩肌には大小さまざまな凹凸がある。


 そのうちの一つが。


 動いた。


「……え?」


 岩だと思っていたものが、こちらを向いた。


 目。


 四本の脚。


 太い尻尾。


「ロックリザード!?」


 遅い。


 岩肌から剥がれるように飛び出したロックリザードが、一気に距離を詰めてくる。


「っ!」


 剣へ手を伸ばす。


 間に合わない。


 鋭い爪が振り抜かれた。


「ぐっ!」


 左腕に熱いものが走る。


 遅れて、焼けるような痛みが襲ってきた。


「っ……あああっ!」


 思わず声が漏れた。


 よろめきながら距離を取る。


 左の袖が裂けている。


 その下には、三本の深い爪痕。


 肉がえぐれ、血が一気に流れ出した。


「リュート!」


「くっ……!」


 痛い。


 なんだこれ。

 めちゃくちゃ痛い。


 けど、腕は動く。

 指も動く。

 骨までやられたわけじゃない。


 それでも、今まで負った傷とは比べものにならない。


「フワリ!」


 ぽんっ。


 フワリを呼び出す。


 すぐに俺の腕へ小さな手を添えた。


 淡い光が傷を包む。


「っ……」


 血の流れが、少しずつ弱くなっていく。


 けれど。


 痛い。


 相変わらず、ずきずきと腕が痛む。


「リュートは動いちゃダメなのです!」


 すかさずリィルが駆け寄ってくる。


「分かってる……」


 ロックリザードが、再びこちらへ顔を向ける。


 その瞬間。


 ベルが俺の前へ出た。


 剣を構え、俺とロックリザードの間に立つ。


「…………」


 その背中を見ていると、嫌でも思い出す。


「ああ……またこれか」


 あの時はベルさんに。


 今度はベルに。


「……因果なもんだな」


 何も変わってないな。


 俺はまだ、あの時の弱いままだ。


 ロックリザードが地面を蹴る。


「出てこい、ヒョロ! ボー!」


 ぽぽんっ。


 召喚と同時に、それぞれの武器を渡す。


 ヒョロが大盾を構え、前へ出た。


 ロックリザードが飛び込んでくる。


 大顎を開き、そのまま体当たりするように突っ込んだ。


 ガァンッ!


 盾と巨体が激しくぶつかる。

 ヒョロの足が地面を滑った。


 それでも。


 止めた。


「今なのです!」


 リィルの表情が変わる。


 岩の割れ目に生えていた細い根が伸び、ロックリザードの脚へ絡みつく。


 一本。


 二本。


 動きを止められたロックリザードが暴れる。


「長くはもたないのです!」


 ボーが走った。


 長柄の武器を両手で握り、横へ回り込む。


 狙うのは、首。


 一閃。


 ザシュッ!


 ロックリザードの首が落ちた。


 巨体が地面へ倒れる。


「……倒したか」


 フワリの治療で、ひとまず血は止まっている。


 だが、痛みは引かない。


 でも。

 立てる。


 俺はゆっくりと身体を起こした。


「リュート、まだ休んでた方がいいのです」


「大丈夫」


「でも」


「痛いけど……動ける」


 右手で剣を握る。


 ちゃんと力も入る。


「もう大丈夫だ。次のロックリザードを探そう」


「無理はダメなのです!」


「分かってるよ、心配してくれてありがとう」


 不安そうに俺を見るリィルを横目に、倒れたロックリザードへ近づく。


「これか……」


 岩のように硬そうな背中。


 そこに、周囲の岩とは明らかに違う結晶が突き出していた。


 淡い光を宿した、青白い石。


「うわ。本当に背中にあるよ」


「雷光石なのです!」


「これを採ればいいんだよな」


 触ってみる。


 少しピリッとしたが、触れないほどではない。


 次は力を込めて引っ張ってみた。


「…………っ」


 びくともしない。


「どうしたのです?」


「これ、どうやって取るんだ?」


「採掘するのです」


「いや、採掘道具なんて持ってないぞ」


「…………」


「…………」


「なら、作ればいいのです」


「え?」


「リュート、作るのですよ!」


「…………あ」


「自分のスキルを忘れてるのです!」


 そうだった。


「リィル、お手柄だ!」


「えっへん! 当然なのです」


 俺、作れるじゃん……絵心さえあればだが。


 ということで、早速構想してみた。


「つるはしって……こんな感じだったよな」


 頭の中に形を思い浮かべる。


 柄。


 その先に、硬い岩を砕くための尖った金属部分。


 指先を動かし、地面に描いていく。


 線が光を帯びる。


 描き終えると、それが形を持った。


「よし」


 生成されたつるはしを握る。


「久しぶりに、それっぽい使い方した気がするな……」


「いつもボーたちばっかりだったのです!」


「それは言わないで……!」


 雷光石の根元へ、つるはしを振り下ろす。


 何度か叩くと。


 カラン。


 青白い結晶が地面へ落ちた。


「取れた!」


「一個目なのです!」


 雷光石を拾い、袋へ入れる。


「あと四個か。意外とすぐ終わりそうだな」


 この時の俺は。


 本当に、そう思っていた。



 二体目のロックリザードは、チョコが見つけた。


 岩陰に紛れていたにもかかわらず、今度は迷うことなく俺たちへ合図を送ってくる。


 チョコも学習しているようだ。


「見つけたようなのです!」


 そのチョコの様子を、敏感にリィルが捉えて教えてくれた。


「ああ」


 一度知った相手は、もう見逃さないらしい。


 初見の擬態には引っかかった。

 でも、同じ失敗はしない。


「頼りにしてるぞ、チョコ」


 チョコが胸を張った。


 二体目は、さっきより落ち着いて戦えた。


 動きは速い。


 尻尾の薙ぎ払いも厄介だ。


 それでも一度見た攻撃なら、対応できる。


 俺たちは連携してロックリザードを倒した。


「よし。二個目――」


 背中を見る。


「……あれ?」


「ないのです」


「……持ってないやつもいるのか?」


 こいつの背中には、雷光石がない。


 ただの岩質化した背中だ。


「ハズレなのです」


「そういうの先に教えてくれよ、ミントさん……」


 仕方がない。


 次だ。


 三体目。


 倒す。


 背中を見る。


「…………」


「またないのです」


「またハズレかよ!」


 おかしい。


 一体目で簡単に取れたから、当然のように全部持ってると思ってた。


「これ、本当に五個集まるのか……?」


「頑張るのです!」


 四体目。


「リュート! あったのです!」


「よし! 今回は当たり!」


 アタリ付きのバリバリ君を食べているようだ。


 俺たちは雷光石を掘り出す。


 その間、フワリがまた俺の左腕へ手を添えてくれた。


 淡い光。


「……さっきより、だいぶ楽になったな」


 傷はまだ痛む。


 けれど、最初のような激痛ではない。


「ありがとな、フワリ」


 フワリが小さく頷いた。


 そこからも、俺たちは第三層を進み続けた。


 ロックリザードを見つけては戦い。

 倒しては背中を見る。


 当たり。

 ハズレ。

 またハズレ。


「……ない」


「またなのです!」


「俺ら、どんだけ運悪いんだよ!」


 何体倒したのか。


 途中から、数えるのも面倒になってきた。


 それでも、戦うたびにロックリザードの動きには慣れていった。


 岩肌への擬態は、チョコが見つけてくれる。


 突進。

 噛みつき。

 尻尾。


 一度見た攻撃なら、俺自身も落ち着いて対応できるようになってきた。


 ベルは相変わらず強い。


 一対一なら、ロックリザード相手でも危なげなく仕留めていく。


 ヒョロが動きを止めれば、リィルが拘束する。

 ボーはその隙を逃さない。

 スゥも包丁に模した触手で戦ってくれている。


 そして。


 戦いが一段落するたびに、フワリが俺の傷を治してくれた。


 少しずつ。


 本当に、少しずつ。


 痛みが引いていく。


 最初は剣を振るだけでも、痛みが脳天まで響いていた。


 それが、いつの間にか気にならない程度になっている。


「リュート!」


「お?」


 リィルが、ロックリザードの背中を指差している。


「雷光石なのです!」


「まさか……」


 数える。


 一。


 二。


 三。


 四。


 そして。


「……五個」


「揃ったのです!」


「やっとかぁ……!」


 思わずその場に座り込みそうになった。


「にしても、確率悪かったな……」


「日頃の行いなのです」


「なんで俺のせいなんだよ」


 最後の雷光石をつるはしで採掘する。


 カラン。


 五個目の雷光石を袋へ入れた。


「よし。依頼達成……ん?」


 さっき採取した雷光石のそばで、白銀の鉱石がキラキラと光っていた。


 今までのロックリザードにはなかった石だ。


「リィル、この石って何か特別なもの?」 


 物知り博士に尋ねてみる。


「植物以外はわからないのです。少し綺麗な、ただの石ではないです?」


 博士への質問は失敗した。


 妙に気になるその石を、ついでに採取して持ち帰ることにした。


 何度つるはしで叩いてもロックリザードの背中にへばりついたそれは、なかなか離れてはくれなかった。


 息切れをしながら、ようやく採取した白銀の石を袋に入れた。


 帰ったらミントさんにでも聞いてみよう。


 ふと、左腕を見る。


「……あれ?」


 袖は裂けたまま。


 血の跡も残っている。


 でも。


 傷は、ほとんど塞がっていた。


 腕を曲げる。


 痛みもほとんどない。


「フワリ」


 呼びかけると、フワリがふわりとこちらを見る。


「ありがとう。助かったよ」


 にこり。


 そんな気がした。


 さて。


 問題はこっちだ。


 倒したロックリザードの死体。


「これも売れるかな」


「大きいのです」


「アングリーチキンも入ったし……試してみるか」


 アトリエポケットを開く。


 一体。


 二体。


 三体。


 四体。


 五体。


「……これ以上は入らない」


「まだいっぱいあるのです」


「無理なものは無理だ」


 持ち帰れない分は諦めるしかない。


「リュートは欲張りなのです!」


「少しでも稼いだ方がいいじゃない。美味しい物も食べられるしさ」


「美味しい……できるだけ持って帰るのです!」


 リィル、食欲に敗北する。



 ――ギルドへ戻り、雷光石五個を提出する。


「はい。確かに五個ありますね。依頼達成です」


「疲れた……」


「ずいぶんお疲れですね」


「雷光石って、持ってないロックリザードもいるんですね」


「ああ、はい。すべての個体が結晶化できるわけではないんです」


「先に教えてくださいよ……」


「いえいえ、聞かれませんでしたので」


「…………」


 ミントさんがにこりと笑う。


「……そうですね」


 ミントさん、怖い人。


「そういえば、最後の雷光石の近くで綺麗な石を見つけたのですが、こいつって価値があったりしますか?」


 そう言うと、ついでに取った石をミントさんに見せた。


 ミントさんの動きが一瞬止まった。


「これ……!? リュートさん、この鉱石はどこで?」


「討伐したロックリザードの背中についてました。最後の雷光石を取ったそばにありましたよ」


「ミスリル鉱石です」


「ミスリル?」


「ミスリル鉱石を探すことを専門にしている冒険者様もいらっしゃるほど、貴重な鉱石です」


「そうなんですね」


「はい。今回はミスリル鉱石も買取りをご希望ですか?」


 珍しくミントさんが上目づかいで尋ねてきた。


「持っていても仕方がないので、こいつも買取りをお願いします」


「ありがとうございます。それではこちらも買取りさせていただきます」


 ミントさんは晴れやかな表情をして裏手に下がっていった。


 そんなに貴重な石だったのか。

 かなり雑に扱ってしまったが、買取りを決めたときのミントさん、嬉しそうだったな。


 少ししてミントさんがミスリル鉱石を持って戻ってきた。


「お待たせしました。それではミスリル鉱石は、三十万ディアでの買取りになります」


「さ、さ、三十万ディア!?」


「はい、そしてこちらが今回の報酬の二万ディアになります」


 どちらが依頼で、どちらがおまけなんだか。


「ありがとうございます」


「それと、持ち帰られたロックリザードですが、こちらも買取りできますよ」


「本当ですか?」


「ただ、ロックリザードは利用できる部位があまり多くありません。主に腹側の皮などが素材になりますので、一体千ディアほどですね」


「五体だから……五千ディア?」


「はい」


 依頼報酬と合わせて二万五千ディア。


 そして、おまけのミスリル鉱石が三十万ディア。


 第三層の地図が千五百ディア。


 差し引き、三十二万三千五百ディア。


「境界の森を出発したときの所持金を超えた……」


「いっぱい稼いだのです!」


「思わぬ収入で、懐がホクホクになったな」


 今日は報酬以外にも実入りがあったから、たまたまよかったものの、普通の四人パーティーなら、ここからさらに四人で分けることになる。


 冒険者って、やっぱり思っていたほど簡単に儲かる仕事じゃない。


 でも。


 今日はEランクになった。


 第三層にも入れた。


 かなり痛い目にも遭った。


 左腕を見る。


 フワリのおかげで、もうほとんど痛くない。


「さて」


「次は第四層なのです!」


「まだ、気が早いって」


 そう言いながら。


 俺も少しだけ、その先を楽しみにしていた。

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