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第44話 俺たちの名前

 宿へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。


「おかえり。今日も夕食、部屋でいいのかい?」


「はい。お願いします」


「今日はいっぱい働いたのです! 大盛りがいいのです!」


「はいはい。分かったよ」


 マルタさんが笑いながら厨房へ戻っていく。


 部屋へ戻ると、せん人様はいつものようにベッドの上に寛《くつろ》いでいた。


 ベルは窓際に腰掛け、スゥは床で一休みしているようだ。


 しばらくすると、夕食が運ばれてきた。


 肉と野菜を煮込んだスープに、焼きたてのパン。


 それに、香ばしく焼かれた肉までついている。


「いただきます!」


 リィルが真っ先にパンへかじりついた。


「おいしいのです!」


「さっきまで腹減ったって騒いでたもんな」


「いっぱい戦ったからなのです!」


「一アシストだけどな」


「立派な戦果なのです!」


「はいはい」


 俺もスープを口へ運ぶ。


「……うまい」


 ダンジョンを歩き回った後だからなのか、いつも以上に身体へ染みる。


 しばらく無言で食事をしていると。


「リュート」


「なに?」


「パーティーの名前、どうするのです?」


「ああ……」


 忘れていたわけじゃない。


 むしろギルドを出てから、ずっと頭の片隅には残っていた。


「かっこいい名前がいいのです!」


「簡単に言うなよ。俺、こういうの苦手なんだって」


「リュートは名づけベタなのです」


「知ってる……」


 そもそも、前の世界では名づけなんて、ペットか自分の子供くらいなものだ。


「じゃあ、リィルが考えてあげるのです!」


「お、頼もしいな」


 リィルが腕を組み、難しい顔をする。


「…………」


「…………」


「美少女リィルと仲間たち!」


「却下」


「早いのです!」


「俺たちのパーティーだろ、それ」


「リィルが一番目立ってて、いい名前なのです!」


「よくない」


 やっぱり任せきりにするのは危険そうだ。


「せっかくならさ。俺たちらしい名前がいいよな」


「俺たちらしい?」


「そう。何か特徴っていうか……」


 リィルが俺を見る。


 ベルを見る。


 スゥを見る。


 最後に、ベッドの上のせん人様を見る。


「変なのばっかなのです」


「お前も入ってるからな?」


「リィルは立派なレディなのです!」


 自分だけ逃げようとするな。


「でも、リュートっぽい名前はいいと思うのです」


「俺っぽい?」


「リュートはいっぱい作るのです。棒人間とか、武器とか、変なものとか」


「変なもの……」


「だから、それっぽい名前がいいのです」


「それっぽいね……」


 そう言われて、少し考える。


 俺の力は、描くことから始まった。


 棒人間を描いて。


 それが動いて。


 少しずつ、できることが増えていった。


「だったら……キャンバスとか?」


「きゃんばす?」


「絵を描く布みたいなもの」


「ふむふむ」


「パレットとか」


「ぱれっと?」


「絵の具を乗せるやつ」


「…………」


 リィルが首を傾げる。


「どっちもよく分からないのです」


「だよな」


 この世界に同じものがあるかも分からない。


「ほかにはないのです?」


「ほかか……」


 絵。


 作る。


 何かを生み出す場所。


「アトリエとか」


「アトリエ?」


「絵を描いたり、何かを作ったりする工房みたいな場所だよ」


「それがいいのです!」


「即決!?」


「リュートにぴったりなのです!」


 アトリエか。


 言われてみれば。


「あ……」


「どうしたのです?」


「そういえば、俺のスキルにもあったな」


「スキル?」


「アトリエポケット」


 最初に使えるようになった時は、三つしか物が入らなかった。


 たいして入らない、小さな収納。


 便利ではあったけど、本当にちっぽけなものだった。


 それが今では五つまで増えた。


 水も食料も入るし、この前なんて、アングリーチキンを三羽も運べた。


 今となっては、冒険をする上で欠かせないくらい役に立っている。


「……小さいアトリエか」


 ふと、目の前のリィルを見る。


「…………」


「なんでリィルを見るのです?」


「いや」


「今、絶対に失礼なこと考えたのです!」


「アトリエポケットもちっちゃいし、リィルもちっちゃいし」


「リィルはちっちゃくないのです!」


「いや、見た目はどう見ても」


「立派なレディなのです!」


「分かったって!」


 リィルが頬を膨らませる。


 でも。


 まあ、小さい。


 そうだな。


「……プティ・アトリエ」


「ぷてぃ?」


「確か、小さいとか、そんな意味だったはず」


「プティ・アトリエ……」


 リィルが何度か口にする。


「かわいいのです!」


「だろ?」


「でも、リュート。パーティーの名前としてはどういう意味なのです?」


「そうだな……」


 小さなアトリエ。


 まだ始まったばかりの俺たち。


 でも、ただ小さいというだけじゃ、少し綺麗すぎる気もする。


 俺たちらしいのは、もうちょっと。


「ちっぽけな……かな」


「ちっぽけ?」


「ああ」


 ちっぽけだったアトリエポケット。


 そこから少しずつ広がっていった。


 だったら俺たちも。


「ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》」


 口に出してみる。


 妙にしっくりきた。


「ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》……」


 リィルが呟く。


 そして。


「いいのです!」


「お?」


「リィル、気に入ったのです!」


「本当に?」


「はいなのです!」


 リィルが満面の笑みを浮かべる。


「今日からリィルたちは、プティ・アトリエなのです!」


「まだギルドには登録してないけどな」


「明日すればいいのです!」


「そうだな」


 スゥが、ぷるんと跳ねた。


 ベルもこちらを見ている。


「お前たちも、それでいいか?」


 スゥがぷるん。


 ベルが静かに頷いた。


 ベッドを見る。


 せん人様は。


「…………」


 寝ている。


「せん人様は?」


「どうでもよさそうなのです!」


「だろうな……」


 思わず笑う。


 ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》。


 まだ小さな、俺たちのパーティー。


 でも。


 いつか振り返った時、この名前をつけた日のことを思い出すのかもしれない。


 その時、俺たちはどこまで進んでいるんだろう。



 ――翌日。


 俺たちは冒険者ギルドを訪れていた。


「ミントさん」


「はい。おはようございます」


「パーティー名、決まりました」


「まあ、本当ですか?」


 ミントさんが嬉しそうに笑う。


「それでは、お名前をお願いします」


「ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》です」


「プティ・アトリエ……」


 ミントさんが手元の紙へ名前を書き込んでいく。


「素敵な名前ですね」


「ありがとうございます」


「ちっぽけなのです!」


「そこ強調しなくていいから」


「では、こちらで正式に登録しておきますね」


 こうして。


 俺とリィルのパーティー。


 ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》が、冒険者ギルドに正式登録された。


「これで俺たちも、ちゃんと名前のあるパーティーか」


「プティ・アトリエなのです!」


 リィルが嬉しそうに胸を張る。


 なんだか少しくすぐったい。


 でも、悪くない。


 ちっぽけな画房《プティ・アトリエ》。


 俺たちは今日から、この名前で歩いていく。

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