第43話 地図の先へ
初めてダンジョンへ入ってから、数日が経った。
その間も、俺たちは近場の採取や荷運び、小さな討伐依頼なんかをこなしていた。
リィルも少しずつ実績を積み、無事にルーキーを卒業。
今日からは俺と同じ、Fランク冒険者だ。
「今日こそは、ダンジョンの第二層なのです!」
冒険者ギルドへ入るなり、リィルが拳を突き上げた。
「まあ、いい依頼があればな」
「絶対あるのです!」
「どこから、その自信がくるんだよ」
依頼掲示板のFランク区画を眺めていると、ちょうどよさそうな依頼札が目に入った。
【初級ダンジョン第二層 ビッグアントの魔水晶十個の納品】
報酬、一万五千ディア。
「ホントにあったよ……」
「ビッグアント?」
「名前だけなら、でかいアリっぽいけど」
依頼札を手に、ミントさんの受付へ向かう。
「ミントさん、おはようございます。今日はこれを受けたいんですけど」
「おはようございます。ビッグアントの魔水晶ですね」
ミントさんが依頼札へ目を落とす。
「第二層に生息する魔虫ですから、Fランクのお二人でしたら特に問題なく受けられます」
「魔虫……?」
「はい。魔瘴の影響を強く受け、変質した虫型の生物を、魔虫と呼びます」
「へえ……」
魔獣は知っていたけど、魔虫なんて分類もあるのか。
「じゃあ、ビッグアントも倒すと魔水晶になるんですね」
「魔獣や魔虫は、基本的に死ぬと身体が崩れ、魔水晶を残します」
「じゃあ、鎧鼠から取れた魔水晶と同じものってことですか?」
「…………え?」
ミントさんの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「すみません。俺、何か変なこと言いました?」
「いえ。何でもありません」
すぐに、いつもの穏やかな笑顔へ戻る。
今の間はなんだったんだ。
「魔水晶は、どの魔獣や魔虫から取れたものでも、すべて同じというわけではありません」
「違うんですか?」
「はい。元になった魔獣や魔虫によって、含まれている魔力の属性や純度、性質などが変わります」
「へえ……」
「火の性質を強く持つものもあれば、水や土に偏ったものもあります。同じ属性でも、含まれている魔力の量や純度が違うこともあるんです」
ミントさんは丁寧に説明してくれた。
「ですので、魔導具の材料や調合、研究などでは、特定の種類の魔水晶を指定して求められることも珍しくないんですよ」
「魔水晶って、全部一緒だと思っていました……」
「そうだったのですね」
ミントさんはにこやかに頷いた。
世間知らずだと思われたかな……。
それを感じさせないところが大人だ。
「今回もそれですか?」
「はい。帝国の研究機関から、ビッグアントの魔水晶をまとまった数確保したいという依頼が来ています。そのため、同程度の依頼に比べると少し条件もいいですよ」
ディスファリア帝国。
それを聞くだけで背筋が凍る。
俺は気を取り直して、依頼書の話に戻す。
「なるほど。それで一万五千ディアか」
十体倒して一万五千ディア。
一体あたり千五百ディア。
命の危険がある仕事だと考えれば、決して高くはない。
普通の四人パーティーなら、一人あたりの取り分は四千ディアにも届かない。
まだまだ初心者向けの依頼ということなんだろう。
「よし。これ受けます」
「わかりました。くれぐれもお気をつけて」
依頼を受注し、俺たちはダンジョンへ向かった。
以前と同じように詰所で受付を済ませる。
第二層へ行くなら、当然地図も必要だ。
「第二層の地図ってあります?」
「あるぞ。普通の地図なら千ディアだ」
「千ディア……」
壁際を見る。
両手で難なく広げられるくらいの大きさの地図が、何枚か並べられていた。
かさばるほどではない、一枚紙の簡単なものだ。
そして、その隣には。
「…………」
真っ白な記録地図。
「第二層用も一万ディアだぞ」
「…………」
自分で歩いた場所が、少しずつ地図になっていく。
あれは楽しかった。
ものすごく楽しかった。
「リュート?」
「…………」
一万ディア。
今日の依頼報酬、一万五千ディア。
一万ディア。
「……すみません。普通の地図ください」
「リュートが負けたのです!」
「安さには勝てなかった……」
千ディアを支払い、第二層の地図を受け取る。
リィルが横から覗き込んだ。
「レコードマップ一枚で、この地図が十枚は買えるのです」
「分かってるから……皆まで言うな!」
ロマンだけで、人は生きていけない。
現実とは厳しいものだ。
「じゃあ、第二層へ行くのです!」
「いや、その前に一層を回るぞ」
「……え?」
リィルが固まった。
「前のレコードマップ、まだ空白が残ってるんだよ」
「第二層に行くのではなかったのですか!?」
「行きますよ。第一層の地図が全部埋まったらな」
「なんのために!?」
「……ロマン?」
「つまらないマロンなのです……」
「おい、俺のこだわりが秋の味覚になってるぞ……」
俺にも、うまく説明はできない。
一万ディアも払って作り始めた地図だ。
中途半端なままなのが、なんとなく気持ち悪い。
第一層へ足を踏み入れ、チョコを呼び出す。
「頼むぞ」
ぽんっ。
チョコがてけてけと、俺たちの前を走り出した。
すでに大部分は歩いている。
レコードマップを見ながら、まだ白く残っている場所を順番に回っていく。
「こっちだな」
「第二層への近道はこっちなのです」
「この先がまだ埋まってない」
「どうでもいいのです……」
「まあまあ」
「宿に帰ったら、ヒキ人形に言いつけてやるのです!」
「ヒキ、せん人様か……それはやめて!」
途中、何度かチョコを呼び直しながら、残った通路を歩いていく。
そして。
「ここで……第一層コンプだ!」
レコードマップを見る。
もう白く残った道はない。
俺たちが歩いた第一層の道が、一枚の地図としてすべてつながっていた。
「よし……!」
思わず拳を握る。
「終わったのです?」
「ああ」
「なら、とっとと第二層に行くのです」
「男のロマンが分からないやつめ……」
「リィルはレディなのです!」
「それもそうか」
第一層を抜け、以前見つけた階段へ向かう。
あの日は、ここで引き返した。
今日はその先だ。
「行くぞ」
「はいなのです!」
淡い光の先へ続く石段を下りていく。
第二層へ足を踏み入れた瞬間、第一層との違いが分かった。
「少し……雰囲気が違うな」
同じ洞窟ではある。
だが、床には段差が増え、岩壁もところどころ大きくせり出している。
頭上には岩棚があり、天井も第一層より高い。
上下に広がった、少し立体的な空間だ。
買った地図を広げる。
通路そのものは分かる。
ただ、高低差までは細かく書かれていない。
「チョコ、頼む」
チョコが先行する。
俺たちも、その後を追った。
しばらく進む。
前方に敵の姿はない。
チョコも特に反応していない。
「何もいないな」
「リュート……」
「ん?」
「上なのです!」
「上……?」
顔を上げる。
「…………うわっ」
岩壁に、何かが張り付いていた。
黒く硬そうな外殻。
大きな顎。
六本の脚。
見た目は完全にアリだ。
ただし。
「でかすぎるだろ……」
大きい犬くらいある。
ビッグアントは岩壁へ張り付いたまま、じっと俺たちを見下ろしていた。
「あれがビッグアントなのです?」
「たぶんな」
その瞬間。
ビッグアントが壁を蹴った。
「来るぞ!」
落ちるように飛びかかってくる。
剣を抜き、横へかわす。
着地したビッグアントへ斬りかかった。
「ふっ!」
ガキッ。
「硬っ!」
刃は通った。
鎧鼠ほどの硬度ではない。
ちゃんと斬れる。
でも、硬い外殻を正面から狙うのは効率が悪そうだ。
「だったら……出てこい、ボー!」
ぽんっ。
ボーを召喚すると同時に、アトリエポケットを開く。
以前なら召喚してから武器を取り出して渡していたが、今では二つの動作をほぼ同時にできるようになった。
飛び出した長柄の武器を、現れたボーが受け取る。
「頼む!」
ビッグアントが大顎を開いて突っ込んでくる。
ボーは半歩横へずれた。
長柄の武器を滑らせるように振るう。
狙ったのは脚の付け根。
硬い外殻と外殻の隙間。
ザシュッ。
「ギギッ!」
一本の脚を失い、ビッグアントが体勢を崩す。
続けて首元。
外殻の境目へ、正確に刃が入り込んだ。
ビッグアントが動きを止める。
「なるほど……関節か」
しばらくすると、その身体が崩れ始めた。
跡には魔水晶が残った。
「これがビッグアントの魔水晶……」
拾い上げる。
鎧鼠から取れたものと比べると、少し魔水晶の色味が違うか。
この中に含まれる魔力の量や性質が別物らしい。
「あと九個か」
「いっぱい倒すのです!」
「その前に」
周囲を見る。
前。
横。
そして、上。
「ここじゃ前だけ見てちゃダメだな」
チョコが先を見てくれていても、それだけで全部を警戒できるわけじゃない。
壁。
岩棚。
天井。
どこに敵が潜んでいるか分からない。
「俺たちもちゃんと周りを見ないとな」
「リィルが見つけたのです!」
「今回は助かったよ」
「しっかり褒めると、リィルはすごく喜ぶのです!」
「ありがとうリィル」
「えっへん、なのです!」
探索を続ける。
二体目は段差の陰に潜んでいた。
今度は先にこちらが気づく。
「いた」
一体。
「今度は俺がやる」
大顎をかわす。
ボーの動きを思い出す。
外殻じゃない。
脚の付け根。
「はっ!」
刃が深く入った。
「よし!」
動きが鈍ったところへ、もう一撃。
二つ目の魔水晶が転がる。
三体目は、壁面からベルへ飛びかかった。
ベルは慌てる様子もない。
一歩踏み込み、関節の隙間へ剣を滑り込ませる。
一閃。
ビッグアントが地面へ落ちた。
「相変わらず無駄がない……」
ベルがこちらを見る。
「俺も負けてられないな」
そこから先は、少しずつ慣れていった。
ビッグアントは基本的に単独で行動している。
正面から戦えば、それほど厄介な相手ではない。
問題は、壁や頭上から不意に襲われることだ。
一体。
また一体。
ボーが関節を正確に断ち。
スゥの包丁に模した触手が、外殻の隙間へ突き刺さる。
ベルは相変わらず淡々と仕留めていった。
途中、一体が逃げるように岩壁を登ろうとした時には。
「逃がさないのです!」
リィルが精霊へ呼びかける。
岩の隙間から伸びていた細い根が動き、ビッグアントの脚へ絡みついた。
「今なのです!」
「もらった!」
俺が脚の付け根へ剣を突き込む。
ビッグアントの身体が崩れ、魔水晶が転がった。
「リィルも一体なのです!」
「いや、とどめ刺したの俺だからな?」
「リィルが止めなかったら逃げてたのです!」
「じゃあ、一アシスト」
「いちあしすと?」
「しっかり手伝ってくれたってこと」
「なら、許してあげるのです!」
やがて。
「十個!」
最後の魔水晶を袋へ入れる。
これで依頼達成だ。
結果だけなら、俺が三体。
ベルが三体。
ボーが二体。
スゥが二体。
そしてリィルが一アシスト。
「結構戦ったな」
「リュート……」
「ん?」
「お腹空いたのです……」
リィルのお腹から、悍ましい音が鳴った。
「腹に怪獣でも飼ってるのか……?」
そういえば、第二層へ入ってからかなり時間が経っている。
俺も少し疲れてきた。
「じゃあ、今日は帰るか」
「帰るのです!」
即答だった。
「まだ探索したそうな顔してるのです!」
「してないって」
「嘘つきなのです!」
もう少しくらい歩いてみたい気持ちはある。
でも、依頼は果たせた。
今日のところは十分な成果だ。
「よし。帰ろう」
俺たちは来た道を戻った。
冒険者ギルドへ到着した頃には、夕方になっていた。
「おかえりなさい」
「ただいまです!」
リィルが元気よく答える。
さっきまで疲れたと言っていたやつは誰だ。
「ミントさん、ビッグアントの魔水晶、十個です」
袋を受付へ置く。
ミントさんが一つずつ中身を確認していく。
「はい。確かに十個ありますね。依頼達成です」
「よっしゃ」
「報酬の一万五千ディアになります」
一万五千ディア。
第二層の地図に千ディア使ったとはいえ、今日はちゃんと利益が残っている。
「今日はしっかり宿代が稼げたのです!」
「だから、あれは必要経費だったんだって……」
「男のマロンだったのです」
「そう……必要なマロンだったんだ」
リィルと言い合っていると、ミントさんが小さく笑った。
「あ、そういえばリュートさん」
「はい?」
「お二人、パーティーを組まれて活動されていますよね」
「はい」
「そろそろパーティー名も考えておいてくださいね」
「パーティー名……」
そういえば。
ダンジョンの詰所でも聞かれたことがある。
あの時は、まだ決めていないと答えたままだ。
「今すぐ決めなくても大丈夫ですよ。決まりましたら、こちらで正式に登録できますから」
「分かりました。考えておきます」
「はい。楽しみにしていますね」
ギルドを出る。
隣を歩くリィルが、さっそく口を開いた。
「かっこいい名前がいいのです!」
「そう簡単に言われてもなぁ……」
また、名づけの試練がやってきた。
「頼むから、リィルも考えてくれよ」
「リュートは不甲斐ないから、大船に乗ったつもりでリィルに任せるのです!」
「泥船じゃないことを祈る……」
第一層の地図は完成したし、男のロマンも満たされた。
今のところ、第二層も順調。
次はパーティー名を考えなくちゃならない。




