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第42話 はじめてのダンジョン

 翌朝。


「何か、ダンジョンに行ける依頼ないかな……」


 冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めながら、俺は小さく呟いた。


「リュート、ダンジョンに行きたいのです?」


「べ、別にそういうわけじゃない。俺たちは冒険者なんだから、ちゃんと依頼をこなして生活費を稼がないといけないだろ」


「その割に、何だかソワソワ、ワクワクしてるのです」


「…………」


 否定できない。


 昨日、Fランクへ昇格したことで、初級ダンジョンの第三層まで立ち入れるようになった。


 せっかくなら、次の依頼はダンジョンに関係するものがいい。


 もちろん仕事だ。


 生活費を稼ぐための、れっきとした仕事。


 そのついでに、ちょっとダンジョンへ行ってみたいだけだ。


「あっ」


 掲示板の隅に、一枚の依頼札を見つける。


【初級ダンジョン第一層 岩苔茸《いわごけだけ》十本の採取】


 報酬、八千ディア。


「これだ!」


「やっぱり行きたいだけなのです」


 依頼札を手に、受付へ向かう。


「ミントさん、これ受けたいんですけど」


「岩苔茸の採取ですね。はい、Fランクでしたら問題ありませんよ」


 ミントさんが依頼札を確認して、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「岩苔茸は第一層の岩陰や湿った場所に生えています。珍しいものではありませんから、十本でしたらそれほど苦労しないと思います」


「第一層って、どんな魔物がいるんですか?」


「そうですね。ミニスライムや、アングリーチキンなどでしょうか」


「アングリーチキン……」


 名前からして、なんとなく姿が想像できる。


「アングリーチキンは素材としても買い取れますよ。特に肉は食用として人気があって、意外と高値で取引されています」


「肉?」


 そこで、昨日の鎧鼠のことを思い出した。


「あれ? でも鳥なんですよね? 魔獣だったら、倒したら魔水晶になるんじゃ?」


「アングリーチキンは鳥に似ていますけど、鳥ではありませんよ」


「え?」


「分類上は魔物です。ですから、倒しても身体は残ります」


「鳥じゃないんですか?」


「魔物です」


「でも、チキンって……」


「魔物です」


 ミントさんが笑顔のまま言い切った。


「……異世界、奥が深い」


「何を言ってるのです?」


 リィルが首を傾げている。


 魔獣は死ぬと魔水晶になる。


 でも、魔物は種類によって残るものが違う。


 見た目だけでは判断できないらしい。


 まだまだ知らないことだらけだ。


「それじゃ、行ってきます」


「お気をつけて。初めてのダンジョンですから、無理だけはしないでくださいね」


「はい!」


 ギルドを出て宿へ戻り、最低限の準備を整える。


「せん人様も行きます?」


 ベッドの上。


 布団に潜ったせん人様へ声をかける。


 ぬっ、と布団から片手だけが出てきた。


 そして左右に振られる。


「……行かない?」


 こくこく。


「ダンジョンですよ?」


 ぶんぶん。


「この人、本当に引きこもる気だな……」


「せん人様は引きニートなのです!」


 結局、せん人様を宿に残し、俺たちはベル、スゥ、リィルと一緒にダンジョンへ向かった。


 以前、荷物を届けるために一度だけ訪れたダンジョン前の詰所。


 あの時は入口を眺めるだけだった。


 今日は違う。


 俺自身が、その中へ入る。


「……なんか緊張してきた」


「怖いのです?」


「いや」


 むしろ逆だ。


 楽しみで仕方がない。


 詰所の受付へ行くと、いかにも元冒険者らしい大柄な男がこちらを見た。


「二人組か。パーティー名は?」


「え?」


「パーティー名だ」


「えーと……まだ決めてません」


「なんだ。ならまだこっちには名簿が上がってきてないな。お前たちはFランクか?」


「俺はFランクです。こっちはルーキーです」


 差し出したギルドカードを男が確認する。


「なら第三層までだ。そっちのルーキーからは目を離すなよ」


「はい」


「リィルは子供じゃないのです!」


「はいはい。元気なのはいいことだ」


「むむむっ!」


 完全に子供扱いされている。


 受付を済ませたところで、壁際に何枚かの地図が並んでいることに気づいた。


「地図も売ってるんですね」


「初級層なら、だいたいの地形は調査済みだからな。初めてなら買っておいた方がいいぞ」


 完成済みの第一層の地図。


 その隣に、真っ白な紙が置かれている。


「これは?」


「記録地図《レコードマップ》だ。使った階層専用になるが、自分が歩いた場所を勝手に記録してくれる」


「おお……!」


「一万ディアだ」


「一万!?」


 思わず声が裏返った。


「高っ!」


「普通の地図ならもっと安いぞ」


 そう言われて、完成済みの地図を見る。


 こっちを買えば、最初から第一層の道が分かる。


 迷う危険も少ない。


 合理的なのは間違いなくこっちだ。


 でも。


「……レコードマップください」


「買うのか?」


「リュート! ケチケチのリュートとは思えない買い物なのです!」


「誰がケチケチだ」


「一万ディアなのですよ!」


「分かってるよ」


 俺は白紙の地図を受け取った。


「初めてのダンジョンなんて、一度きりだろ」


「……?」


 リィルにはいまいち伝わらなかったらしい。


 でもいい。


 最初から答えを見るより、自分で歩いて、自分で地図を作ってみたい。


 その方が絶対に楽しい。


 詰所を抜けようとしたところで、横の石造りの部屋が目に入った。


 床には、大きな魔法陣のようなものが刻まれている。


「あれは?」


「転移陣だ。第五層を踏破した連中が使う。今のお前らにはまだ関係ない」


「転移陣……」


 そんなものまであるのか。


 ますますテンションが上がってきた。


 そして。


 俺たちは、初めてダンジョンの第一層へ足を踏み入れた。


「……すげえ」


 思わず声が漏れた。


 中は洞窟のようになっている。


 ただの暗い穴ではない。


 岩壁や天井には、小さな結晶が無数に散りばめられていた。


 それぞれが淡い光を放ち、洞窟全体をぼんやりと照らしている。


 松明がなくても、歩くには困らない。


 けれど先まで見通せるほど明るくもなく、曲がり角の向こうは薄暗い。


 ゲームの画面でも、動画でもない。


 本物のダンジョンがそこにはあった。


「これが……ダンジョン」


 胸が高鳴る。


「リュート、早く行くのです!」


「お、おう」


 いつものように全員を召喚しようとして、手を止めた。


 通路を見渡す。


 思っていたより狭い。


 俺、リィル、ベル、スゥ。


 これだけでもそれなりに場所を取る。


 ここへさらに五体も呼び出したら……。


「……いや、全員出せばいいってもんじゃないな」


 広い場所なら、数を揃えて総力戦もありだ。


 でも、この狭さではお互いの動きを邪魔しかねない。


「ダンジョンでは、戦い方を選ばないとダメそうだな」


 指先を動かす。


「出てこい、チョコ」


 ぽんっ。


 小さなチョコが現れた。


「今日はお前を頼りにさせてもらうぞ」


 チョコが胸を張る。


 そして、てててっと俺たちの前を走り出した。


 少し歩いてからレコードマップを開いてみる。


「おお!」


 真っ白だった紙の上に、細い線が浮かび上がっている。


 俺たちが通った道だ。


「ちゃんと記録されてる!」


「何がそんなに楽しいのです?」


「楽しいだろ、これ!」


 分かれ道に着く。


 右へ進めば、地図に新しい線が伸びた。


 少し戻って左へ。


 また線が伸びる。


「……こっち、まだ白いな」


「リュート、岩苔茸を探すのではなかったのです?」


「もちろん探してるよ。ついでについで」


「地図を埋める方がついでじゃなくなってるのです」


 痛いところを突かれた。


 それでも足は、まだ記録されていない道へ向いてしまう。


 途中、湿った岩陰に岩苔茸を見つけた。


「あった!」


 一つ。


 また別の場所で二つ。


 少しずつ袋の中身が増えていく。


 途中、何度かチョコを呼び直しながら、さらに奥へ進んでいく。


 しばらく進んだところで、先行していたチョコが立ち止まった。


 こちらへ戻ってきて、前方を指差す。


「何かいる?」


 そっと覗き込む。


 青っぽい小さな塊が、通路の真ん中でぷるぷると揺れていた。


「スライム?」


「ミニスライムなのです」


 リィルがさらっと答える。


「エルムフォレステアにも、あのスライムはいたのですよ」


「境界の森に? ああ、そういえば前に言ってたな。俺は一回も会わなかったけど」


「触らない方がいいのです。少し酸っぱいのです」


「酸っぱい?」


「溶ける方なのです!」


「先にそっち言って!」


 積極的に襲ってくる魔物ではないらしいが、体表を覆う粘液には腐食性があるらしい。


 その時。


 スゥが俺の横から前へ出た。


 ミニスライムを見る。


 じーっ。


 ミニスライムもスゥを見る。


 じーっ。


「…………」


「…………」


 ぷるん。


 スゥも、ぷるん。


 やがてミニスライムがゆっくりと端へ移動し、道を空けた。


「……仲間だと思われたのか?」


 スゥがこちらを振り返る。


 ぷるっ!


「え?」


 なんとなく、今の揺れ方はいつもより強かった気がする。


 気のせいだろうか。


 さらに探索を続ける。


 岩苔茸は七本。


 レコードマップは、気づけばかなり埋まっていた。


「もう少しでこっちもつながりそうなんだよな」


「完全に地図が目的になってるのです」


 そんなことを話していると、チョコが突然こちらへ駆け戻ってきた。


 両腕をばたばたさせている。


「今度は敵か」


 少し広くなった場所へ出る。


「コケェェェッ!」


「うわっ!」


 岩陰から飛び出してきたのは、大きな鶏だった。


 いや、大きいなんてもんじゃない。


 普通の鶏の三倍くらいはある。


 しかも。


「目つき悪っ!」


「コケェェェッ!」


 三羽。


 揃ってこちらを睨んでいる。


「……やっぱりどう見ても鳥じゃん」


 ミントさんは魔物だと言っていたけど。


 見た目は完全に巨大な鶏だ。


 一羽が地面を蹴った。


「来るぞ!」


 狭い。


 全員を呼び出す必要はない。


 むしろ今必要なのは、あいつらの突進を止められるやつ。


「ヒョロ!」


 ぽんっ!


 盾を持ったヒョロが現れる。


「前を頼む!」


 ヒョロが盾を構えた。


 突っ込んできたアングリーチキンが、盾へ激突する。


 ガンッ!


 勢いを殺された一羽へ、ベルが踏み込む。


 一閃。


「コケッ!」


 別の一羽が俺へ向かってくる。


 落ち着け。


 鎧鼠ほど硬くない。


 動きを見て。


 タイミングを合わせる。


 横へ避け、すれ違いざまに剣を振る。


「ふっ!」


 刃が通った。


 アングリーチキンが地面へ倒れる。


「よし!」


 残る一羽は、スゥへ。


「スゥ!」


 スゥの触手が伸びる。


 先端が包丁へ変わった。


 ブスッ。


「コケ……」


 アングリーチキンが崩れ落ちた。


「…………」


 俺はスゥを見る。


「スゥ、もしかしてご機嫌斜め?」


 ぷるん。


 分からない。


 もしかして、さっき仲間扱いされたのを気にしてるのか?


「それより……」


 倒れたアングリーチキンを見る。


 少し待つ。


 鎧鼠の時のように身体が崩れる様子はない。


「おお……本当に魔水晶にならない」


 鳥にしか見えない。


 でも魔物。


「異世界、まだまだ奥が深いな……」


 三羽の死体を前にして、別の問題に気づいた。


「これ、どうやって持って帰ろう」


 一羽でもかなり大きい。


 三羽なんて抱えて歩けるわけがない。


 そこで、ふと思いつく。


「……アトリエポケットって、死体も入るのかな」


 水や食料は入れられる。


 でも魔物の死体を入れたことはない。


 試しに一羽へ手を伸ばす。


 収納。


 すっ。


 アングリーチキンが消えた。


「……入った」


 もう一羽。


 入る。


 三羽目も。


「死体もいけるのか」


 これは助かる。


「だったらダンジョンで素材を集める時も便利そうだな」


 思わぬところで、アトリエポケットのできることを一つ知った。


 その後も第一層を歩き回り、岩苔茸を集めていく。


「十本!」


 依頼分は揃った。


 レコードマップも、体感では八割くらいまで埋まっている。


「もう疲れたのですよ」


「あとちょっとだけ……」


「また始まったのです」


 それでも残った空白が気になり、少しだけ別の道へ。


 すると。


「……階段」


 下へ続く石段を見つけた。


 その先は、淡い光に包まれている。


 第二層。


 行くことは許されている。


 第三層までは進める。


 一段だけでも。


 少しだけ。


「…………」


 足が前へ出そうになる。


 だが、思い留まる。


「今日はここまでにしよう」


「行かないのです?」


「行きたいけどな」


 めちゃくちゃ行きたい。


「岩苔茸も集まったし、第一層もかなり歩いた。初めてなんだし、我慢しよう。ダンジョンは逃げないしな」


 無事に帰るところまでが依頼だ。


 階段をもう一度見下ろす。


「次の楽しみに取っておくさ」


 俺たちは来た道を戻った。


 ギルドへ帰る頃には、すっかり夕方になっていた。


「おかえりなさい。どうでした?」


「楽しかったです!」


「ふふっ。そうですか」


 ミントさんが笑った。


「岩苔茸、十本です」


 依頼分を提出する。


「はい。確認しました。報酬八千ディアです」


「あ、それと」


 俺は周囲を少し確認する。


「アングリーチキンを三羽倒して、持って帰ってきたんですけど、俺、解体とか分からなくて。そのまま買い取ってもらうことってできますか?」


「もちろん大丈夫ですよ。こちらで解体しますので、解体費用を差し引いた金額になりますけど」


「ああ、よかった。じゃあ、お願いします」


 アトリエポケットから三羽を取り出す。


 どん。

 どん。

 どん。


「はい、三羽ですね。状態も悪くありません。正確な金額は解体後になりますが、一羽三千ディアくらいにはなると思います」


「一羽三千ディアだから、えーと……九千ディア!」


「はい」


 岩苔茸と合わせて一万七千ディア。


「リィルと二人で一万七千か。結構稼げたな」


「でもレコードマップに、一万ディア使ってるのです」


「…………」


「七千ディアしか残ってないのです」


「いいんだよ! 楽しかったんだから!」


「やっぱり今日は冒険が目的だったのです!」


 そこへ、見覚えのある男がやってきた。


 以前、ラウザとのいざこざを止めたギルド職員。


「ダリオさん、この三羽、解体場へお願いします」


「おう、アングリーチキン三羽だな」


 ダリオさんは慣れた手つきでアングリーチキンを運んでいく。


 元冒険者だけあって、ああいう力仕事も担当しているらしい。


「解体と査定が終わるまで、少し時間がかかりますから待っていてくださいね」


 魔物の解体と査定には少し時間がかかるらしく、俺たちはギルドでしばらく待つことになった。


 すべての精算を終えた頃には、外はすっかり日が暮れかけていた。


 依頼報酬と買い取り代金を受け取り、俺たちは宿へ戻った。


「おかえり」


 マルタさんが俺たちを迎えてくれた。


「今日も夕食、食べるんだろう?」


「はい。今日もいただきます。いつも通り部屋にお願いします」


「はいよ。あんたたち運がいい。今日はいい食材が手に入ったんだよ」


「へえ。それは楽しみです」


 部屋へ戻り、しばらくすると夕食が運ばれてきた。


 白いクリームの中に、野菜と大きめの肉がごろごろ入っている。


「いただきます」


 一口。


「うまっ!」


 柔らかい肉を噛む。


 淡白だけど旨味があって、どこか懐かしい味だ。


「なんだろう、この肉……」


 もう一口。


「まるで鶏肉みたいな……」


 …………。


「ん?」

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