第41話 これぞ冒険者
翌朝。
「今日こそ、リィルも冒険者になるのです!」
冒険者ギルドへ向かう道中、リィルが意気揚々と拳を突き上げた。
「そういえば、リィルはまだ登録できてなかったな」
「前は変なヒト族のお邪魔虫がいたのです!」
「変なヒト族って……」
誰のことかは聞かなくても分かる。
初めて冒険者ギルドへ来た時、ラウザという荒くれ者に絡まれたせいで、結局リィルの登録は後回しになっていた。
「でも、本当に登録するのか?」
「もちろん! リィルも立派なレディなのです!」
「……見た目は小学生くらいだけどな」
「小惑星……?」
「ギルドもろとも、この街が潰れるわ!」
「もし、そこまで大きくなったら、里まですぐなのです」
「里まで滅ぼす気か!?」
そんな会話をしながら、俺たちはギルドへ入った。
「おはようございます、リュートさん」
「おはようございます」
今日もミントさんが笑顔で迎えてくれる。
「今日は依頼の前に、お願いがあるのですが……」
「お願いですか?」
「リィルも、冒険者登録をしたいらしくて……」
「リィルさんが……ですか?」
ミントさんがカウンター越しにリィルを見る。
「今度こそ登録するのです!」
「大変申し訳ないのですが、冒険者登録は十二歳からで……」
「だから! リィルは二十歳なのです!」
「……え?」
ミントさんが固まった。
「二十歳なのです!」
「二十歳……?」
「そうなのです!」
前にも同じようなやり取りをした気がする。
ミントさんが困惑した顔で俺を見る。
「……本当です」
「そう、なんですね……」
どう見ても、頭の整理が追いついていない。
まあ、実際に確認すれば分かるだろう。
ミントさんが登録用のステータスカードを用意した。
「では、こちらに指を触れてください」
「分かったのです!」
リィルがカードへ指を置く。
「いたっ! 指がチクッとしたのです」
「ごめんなさい、カードで少量の血を採らせていただきました」
「そうだったのですね……でも、不思議と血が出てないのです」
淡い光が灯った。
そういえば。
リィルの種族って、どうなるんだ?
今のリィルは本来のリーフ族の姿ではない。
人の街で目立たないように、エルフの子供に近い姿へ変えている。
もしここでリーフ族と出たら。
考えもしなかったことに、不安がよぎる。
「……あ」
カードに文字が浮かび上がった。
【種族】エルフ。
よかった。
俺は胸をなでおろした。
姿だけを誤魔化しているというより、今は本当にエルフに近い姿へ擬態しているからなのか。
ステータスカードにも、今のリィルの状態が反映されているようだ。
そして。
年齢、二十歳。
「…………」
ミントさんがカードを見る。
リィルを見る。
もう一度、カードを見る。
そしてリィルを見る。
ミントさん……ホントにごめんなさい。
「二十歳……なんですね」
「最初から、何度もそう言ってるのです!」
「ええ……そうでしたね。大変失礼いたしました」
ミントさんの頭の上にたくさんの疑問符が浮かんでいるのが見えるようだった。
「なんだ? お前ら何やってんだ?」
横から声が飛んできた。
嫌な予感がする。
「……ラウザ」
「朝っぱらから騒がしいと思ったら、お前らか」
ラウザがこちらへやってくる。
相変わらず暇なのか、こいつ。
「この嬢ちゃんも冒険者になるのか?」
「嬢ちゃんじゃないのです。リィルはレディなのです」
「は?」
ラウザがリィルを見る。
俺を見て。
もう一度リィルを見る。
「はっ! おもしれえ冗談言うじゃねえか」
ラウザはリィルが冗談を言ったように聞こえたらしい。
「そうだな、あと数年もすれば立派なレディだ。それまでは、家でいい子にして待ってな、お嬢ちゃん」
「……」
「ん?」
リィルが俺の服を引っ張った。
「リュート……」
「どうした?」
「リィル、あのヒト族嫌いなのです!」
「嫌い!?」
ラウザががっくりと肩を落としている。
こいつ、意外と子供好きだったんだな。
「と、とにかく、手続き上は問題ありません」
ミントさんが話を戻してくれた。
その後、俺が登録のときにやったスキルの確認と簡単な説明があった。
リィルは聞いているんだか、いないんだか分からない様子だった。
ラウザはリィルに言われたことが堪えたのか、とぼとぼと仲間とギルドを出ていった。
「これでリィルさんも、ルーキーからのスタートになります」
「やったのです! 夢にまで見たギルドカードなのです」
リィルがギルド証を両手で掲げた。
「リィルさんはルーキーですが、正式なパーティーとして登録していれば、一つ上のFランク依頼まで同行が可能です」
続けてミントさんが説明する。
「依頼への参加実績も、リィルさんの評価対象になりますのでご安心ください」
「それじゃあ、早速依頼を受けたいんですけど」
「でしたら、リュートさんのパーティーとして登録しておきますね」
「お願いします」
ミントさんが依頼票を確認する。
「ちょうど良さそうなものがありますね」
一枚の依頼票がカウンターへ置かれた。
「近郊の農地に現れた、鎧鼠の討伐です」
「鎧鼠?」
硬いネズミってことか。
それなら、大丈夫そうだ。
「今回、依頼主はすべて駆除してほしいそうです。Fランク相当の依頼ではありますが、危険な魔獣討伐です」
「魔獣……」
昨日までは荷物運びに配達。
今日は魔獣討伐。
なんというか。
これぞ冒険者って感じだ。
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
「分かりました」
俺は依頼票を受け取った。
依頼主の農家は、ヴェールデンの郊外から一時間ほどの場所にあった。
今日は討伐依頼だからか、珍しくせん人様もついてきてくれた。
「せん人様、今日は同伴してくれてありがとう」
なんだか、怪しい会話になってしまった。
しかし、相変わらずせん人様はせん人様だった。
「こりゃ酷いな……」
畑の一角が荒らされている。
作物は食い散らかされ、ところどころ穴があいていた。
「最近、急に現れたかと思ったら、あっという間に数が増えちまってな」
依頼主の男性が荒らされた畑を見ながらため息をついた。
「夜だけならまだしも、最近じゃ昼間にも出てきやがる」
「それは困りますね」
「ああ。危なくて、このままじゃ仕事にならん。頼んだぞ、冒険者さん」
「はい、できる限りがんばります」
冒険者さん。
少しくすぐったい。
俺は畑の周囲を見渡した。
「まず、居場所を探さないとだな」
さて、どうするか。
「とりあえずみんなを召喚するか」
ぽぽぽぽぽんっ。
全員を呼び出す。
「チョコ、この辺りに鎧鼠がいるはずなんだが……居場所を探せるか?」
びしっ。
チョコが敬礼っぽく手を上げた。
可愛い。
そして、あっという間に畑の向こうへ走っていった。
「あいつ、うまく見つけられるかな……」
そうだ。
「ガーリは今回は後方で待機な。ここで火を使ったら、鎧鼠より畑に被害が出そうだ」
ガーリが露骨に肩を落とした。
「そんなに落ち込むなよ……」
しばらくして。
草むらからチョコが顔を出した。
「見つけた?」
こくこく。
「おお、凄いじゃない! 案内してくれ」
胸を張っているチョコについていく。
「リィルは後方で待機していてくれ。万が一、危なくなったら援護を頼む」
危険の無いようにリィルには見学しておいてもらおう。
「お任せなのです」
畑から少し離れた場所。
茂みの奥に、木の根元が大きく削り取られた穴があった。
「これか……」
想像していたより、穴はでかい。
「念のため、確認だが。鎧鼠って……ネズミだよな?」
チョコが頷く。
「なんか、嫌な予感がする……」
チョコが穴の近くへ寄っていく。
「大丈夫か? 気をつけろよ」
チョコは地面から小石を拾った。
穴の中へ。
ぽいっ。
ころころころ。
反応なし。
もう一つ。
ぽいっ。
さらに大きめの石を一つ。
今度は穴の奥から。
ガッ。
何かが石を弾くような音がした。
チョコが素早く穴から離れる。
「来るか!?」
全員が身構えた。
木の内側をガリガリと掻く音。
その直後。
一匹の生き物が穴から姿を現した。
「でかっ……!」
ネズミ。
確かに見た目はネズミだ。
だが、大きさがおかしい。
四十、いや五十センチはある。
丸みを帯びた背中は、灰褐色の硬そうな甲殻のようなもので覆われていた。
アルマジロ……いや、確かにネズミだ。
「あれをネズミって呼んでいいのか……?」
この世界は、名前詐欺が横行している。
さらに。
二匹。
三匹。
ぞろぞろと穴から出てくる。
「八匹……想像してたよりも多いな」
せん人様は八匹の鎧鼠をじっと見つめた。
そして。
すたすた。
近くの木陰まで歩いていき、ぺたんと腰を下ろした。
「え……うそ、戦ってくれないの!?」
せん人様は、ひらひらと手を振った。
これは、あれだ。
決して、他人に期待してはいけない。
きっとせん人様は、教訓を教えてくれたのだろう。
鎧鼠たちはすぐには襲ってこなかった。
鼻先を動かす。
周囲を見回す。
何が起きているのか確認しているようだった。
やがて。
一匹の視線が止まった。
チョコ。
「……あ」
石を投げ込んだ犯人を見つけたらしい。
「ヂュウッ……!」
鎧鼠が低い声を上げる。
硬い背中の甲殻を小刻みに震わせ、カチカチと威嚇音を鳴らした。
「チョコ、下がれ!」
次の瞬間。
一匹が地面を蹴った。
速い!
「俺がやる!」
剣を抜く。
正面から突っ込んでくる鎧鼠。
動きは見えている。
踏み込む。
タイミングも合った。
「ふっ!」
剣を振り抜く。
ガキンッ!
「っ!?」
手が痺れた。
剣が弾かれる。
「硬っ……!」
鎧鼠が着地する。
仕留められなかった。
「ヂュ、ヂュウッ!」
その声に呼応するように。
残りの鎧鼠たちが、一斉に動いた。
「来るぞ!」
ベルが前へ出る。
スゥの身体から触手が伸び、先端が包丁へ変わる。
「ボー、ヒョロ!」
アトリエポケットから武器を取り出す。
ヒョロには盾。
そしてボーには、今回のために用意しておいた新しい武器。
剣より長く、槍より短い。
長い柄の先に、突くことも斬ることもできる刃を付けた長柄武器。
「二人で一匹ずつ確実に仕留めてくれ!」
二人が頷く。
ベルが三匹の前へ。
スゥへ一匹。
ボーとヒョロは二匹。
そして俺の前には。
「ヂュウッ!」
二匹。
「みんな頼むぞ!」
剣を構える。
さっきはちゃんと当てられた。
踏み込みは決して悪くなかった。
だが、弾き返された。
さすがに、あの硬い背中は切れない。
なら、どうする?
鎧鼠がこちらへ走ってくる。
見る。
背中は硬い。
だが、腹はどうなんだ?
それと、足の付け根。
首元。
柔らかそうな弱点はありそうだ。
『自分の呼吸で振るな』
不意に。
ベルさんの声を思い出した。
『相手には相手の呼吸がある。それを感じ取れ』
訓練で、何度も言われた。
自分が斬りたい時に斬るんじゃない。
相手を見て。
動きを見て。
呼吸を合わせる。
「……来い」
鎧鼠が飛び込んでくる。
まだ。
もう少し。
前脚が地面を離れた。
身体が伸びる。
腹部が見えた。
「ここ!」
踏み込む。
剣を切り上げた。
刃が柔らかな腹部へ入る。
「ヂュッ!」
鎧鼠が地面へ落ちた。
「……今度は、通った」
今のは偶然じゃない。
狙って斬れた。
手ごたえはあった。
「少しは、上達できたかな」
喜んでいる暇はない。
もう一匹。
今度はさっきより落ち着いて見られた。
鎧鼠が走る。
身体を低くして。
飛び込んでくる。
呼吸を合わせる。
一歩。
身体をずらしながら、首元へ刃を走らせた。
「ヂュッ!」
倒れる。
「よし!」
周囲を見る。
ベルはすでに二匹を倒していた。
そして三匹目。
鎧鼠の攻撃をかわし、剣を腹部へ滑り込ませる。
鎧鼠はその場に崩れ落ちた。
「……やっぱり、ベルは強いな」
スゥも一匹を相手にしていた。
飛び込んできた鎧鼠を横に避け、横から包丁を突き立てる。
残るはボーとヒョロ。
ヒョロが盾で鎧鼠の突進を受け止めた。
どんっ!
押される。
だが、踏ん張った。
その横からボーが長柄武器を振るう。
刃が鎧鼠の首元を捉えた。
「おお!」
もう一匹がヒョロへ飛びかかる。
盾で弾く。
勢いで鎧鼠の体が、一瞬だけ宙に浮く。
そこへボー。
長い柄を活かして間合いの外から刃を突き込む。
「これで全部か……」
最後の一匹が倒れた。
俺は大きく息を吐いた。
その時。
倒れていた鎧鼠の肉体が、徐々に崩れ始めた。
「そうか。こいつは魔獣だって、ミントさんが言ってたっけ……」
やがて、その場所には小さな結晶だけが残った。
「魔水晶になるんだったな」
一つ拾い上げる。
これが討伐の証明にもなる。
「みんな、お疲れ」
ベルが頷く。
スゥがぷるんっと跳ねた。
ボーとヒョロも武器を掲げる。
その時。
「リュート」
「ん?」
リィルが俺の腕を見る。
さっき弾かれた時に擦ったのか、小さな傷ができていた。
「これくらいなら大丈夫だよ」
すると。
フワリがこちらへ歩いてきた。
両手を俺の腕へ向ける。
「フワリ、ありがとう」
軽症だったが、念のため回復してもらった。
「助かったよ。また、傷ついたときは頼む」
頭を軽く撫でる。
そして。
「リィルも活躍するのです!」
「え?」
まだ一匹。
完全には動きを止めていなかった鎧鼠がいた。
ベルの攻撃を受けて弱っているが、立ち上がろうとしている。
リィルの表情が変わった。
両手を胸の前で合わせる。
さっきまでの幼い口調とは違う、凛とした声。
「大地に息づく精霊たちよ、我が願いに耳を傾けたまえ」
風が吹いた。
リィルの足元。
地面に生えていた草が揺れる。
伸びる。
「え……?」
蔓のように伸びた植物が鎧鼠の脚へ絡みついた。
「ヂュヂュッ!?」
鎧鼠が暴れる。
だが、動けない。
その隙をベルは見逃さなかった。
一閃。
鎧鼠が倒れる。
八匹。
全部だ。
「……すげえ」
こんなこともできたのか。
リィルがこちらを振り返る。
「どうです!」
「あ……戻っちゃった」
「何なのです?」
「いや、なんでもない」
でも。
少しずつだけど、みんなと一緒に戦えるようになってきた。
俺も。
気持ちいいくらいの一体感があった。
これが冒険者か。
「本当に助かったよ!」
討伐を終えて戻ると、依頼主は何度も頭を下げてくれた。
「これで畑を荒らされずに済む」
「また出てこないといいですね」
「ああ。しばらくは大丈夫だろう」
依頼達成の印をもらう。
「ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだ。ありがとう、冒険者さん」
まただ。
冒険者さん。
今度はさっきより、少しだけその呼ばれ方が嬉しかった。
――夕方。
ギルドへ戻り、ミントさんへ依頼達成の報告をする。
「鎧鼠八匹。依頼達成ですね」
「はい」
「魔水晶もこちらで買い取れますが、どうしますか?」
「お願いします。あと、ついでにこれもお願いします」
ポケットから数個の魔水晶を取り出した。
いつぞや、境界の森で討伐した狼型の魔獣の魔水晶。
ずっとズボンのポケットに入れっぱなしだった。
依頼報酬は一万五千ディア。
さらに魔水晶の買い取り。
初めてのFランク依頼としては、十分な稼ぎだった。
「そうだ、リュートさん」
「はい?」
「Fランクになりましたので、初級ダンジョン、第三層までの立ち入りも可能になっています」
「ダンジョン……」
昨日、入口から見た巨大な石造りの門を思い出す。
「もちろん、十分に準備してからにしてくださいね」
「……大丈夫です」
「ダンジョンは危険なので、念のためです」
ミントさんが微笑んだ。
「……はい」
やっぱり、微妙に信用されてない気がする。
――夜。
宿へ戻り、ベッドへ寝転がった。
「疲れた……」
でも。
嫌な疲れじゃない。
鎧鼠を倒した時の感触が、まだ手に残っている。
冷静に相手を見て。
考えて。
剣が振れた。
「……ちょっとは、頭で考えてることと身体の動きが合ってきたかな」
俺はステータスカードを取り出した。
何気なく眺める。
「ん?」
身体を起こす。
もう一度確認した。
LEVEL 11。
「レベル……上がってる」
ヴェールデンへ来てから、初めての魔獣討伐。
ようやく一つ上がった。
「レベル十一か」
上限は三十。
まだまだ先は長い。
カードを眺めながら、昼間のことを思い返す。
そして。
ミントさんから聞いた言葉。
『Fランクになりましたので、初級ダンジョン、第三層までの立ち入りも可能になっています』
「……行けるんだ、ダンジョン」
少しだけ胸が高鳴った。




