第40話 それぞれの役目
ギルドへ戻って依頼の報告を済ませると、ミントさんはすぐに次の依頼を用意してくれた。
「今からでしたら、こちらはいかがでしょう」
「配達……?」
「はい。ダンジョン入口にあるギルド職員の詰所まで、定期便を届けていただきたいのです」
「ダンジョン……」
依頼票を見る。
届けるのは書類と、木箱一つ。
「この箱は?」
「回復薬です」
「回復薬?」
「詰所で販売している一般用のものです」
ミントさんが説明してくれる。
「ダンジョン内で怪我をして、何とか外まで戻れても、そこから街まで帰る体力が残っていない冒険者もいます」
「なるほど」
「ですから、入口の詰所には最低限の治療薬や非常食、飲み水などを常備しているんです」
確かに。
ダンジョンから出られたとしても、街まで戻る前に力尽きてしまわないように、冒険者への配慮だろう。
「冒険者のガイドには、冒険者は原則、自己責任ってありましたけど、結構手厚く気遣っているのですね」
「自己責任ではあります。ですが、何もせず見捨ててもいいということにはなりません……それでも、助けられない命があるのですけどね」
重い言葉だった。
「分かりました。届けてきます」
「ダンジョンの中には入らないでくださいね」
「分かってます」
「くれぐれも、お願いします」
「そんな信用ないですか?」
ミントさんがにっこり笑う。
「念のためです」
「……はい」
ミントさんの目が怖かった。
――ダンジョンは、街から少し離れた場所にあるらしい。
俺たちはミントさんに教えられた道を歩いていた。
街を出る前に、ボーたちをもう一度呼び出した。
荷物は俺が持っている。
回復薬の入った木箱はヒョロが担当していた。
「落とすなよ? これはフリじゃないからな」
ヒョロが首を傾げた。
まだ街外れ。
通りには店や家も並んでいる。
その時だった。
「危ない!」
誰かの声。
馬のいななき。
御者が慌てて手綱を引く。
「どうした!?」
一匹の小さな犬が道へ飛び出した。
荷馬車が急停止する。
だが、完全には間に合わなかった。
犬の身体が馬車の端にぶつかる。
「キャンッ!」
小さな身体が地面を転がった。
御者は倒れた犬を一度だけ振り返ると、そのまま馬車を走らせていった。
周囲の人たちも、何人かが視線を向けただけだった。
「おい!」
俺は荷物を置き、犬の元へ駆け寄る。
犬は道の端で伏せていた。
後ろ脚から血が滲んでいる。
立とうとする。
でも。
「クゥン……」
痛むのか、すぐに身体を伏せてしまった。
「大丈夫か……?」
触っていいのか分からない。
下手に動かして怪我を悪化させるかもしれない。
どうする。
治療できる人を呼ぶか。
「リュート!」
リィルが不安そうに俺を見る。
足元にいたスゥも、怪我した犬を察してかぷるぷると震えていた。
「分かってる。誰か呼んで……」
その時。
俺の横を、小さな影が通り過ぎた。
「フワリ?」
フワリだった。
静かに犬のそばへ寄り、しゃがみ込む。
「どうした?」
フワリが両手を犬の傷へ向けた。
次の瞬間。
「え……?」
淡い光が灯った。
フワリの手から、柔らかな光が犬の後ろ脚を包み込んでいく。
「これ……」
見覚えがある。
魔法。
それも。
「回復……なのか?」
傷口から流れていた血が止まっていく。
裂けていた皮膚が、ゆっくりと塞がっていった。
「フワリ、お前……!」
やがて光が消える。
犬がおそるおそる身体を起こした。
立つ。
後ろ脚を地面につける。
「歩けるのか?」
犬が一歩。
もう一歩。
少しだけ脚を庇っている。
完全に治ったわけじゃなさそうだ。
でも。
さっきまで立てなかった犬が、自分の足で歩いている。
「すごいのです!」
リィルが目を輝かせた。
「フワリ……お前、回復できたのか?」
こくり。
「はじめから、自分の能力は知ってたのか?」
首を傾げる。
「頼もしいよ。ありがとう」
もっと早く気づけばよかった。
フワリが立ち上がる。
その身体が。
ふらっ。
「おっと」
慌てて受け止める。
「どうした?」
フワリは俺の手に寄り掛かった。
少しだけ、ぐったりしているように見える。
「今ので疲れたのか?」
こくり。
「なるほど……」
使い放題というわけではないらしい。
どこまで治せるのか。
何回くらい使えるのか。
まだ分からない。
でも。
「お前には、こういう力があったんだな」
フワリが顔を上げる。
「ごめん。さっき、何もできないみたいな目でお前を見てた」
フワリが俺の指をぺしっと叩いた。
「悪かったって」
犬がフワリの足元へ近づいてくる。
ぺろっ。
フワリの身体を舐めた。
その勢いでフワリが倒れる。
「あっ」
犬は尻尾を振りながら、その場を離れていった。
まだ、少しだけ脚を引きずっていたが、ちゃんと歩いていた。
「……よかったな」
フワリが立ち上がり、犬へ向かって小さく手を振った。
――道中も、消えるたびに必要なメンバーを呼び直した。
特にヒョロの持っていた回復薬は割れ物だから、気を使った。
ヒョロたちが消える前に箱を下ろしてもらって、消えたら再召喚。
そんなことを繰り返した。
「……あれか」
街を離れてしばらく歩いた先。
岩山の麓に、大きな入口が見えてきた。
自然にできた洞窟とは明らかに違う。
巨大な石造りの門のようなものが岩肌に埋め込まれ、その奥には薄暗い通路が続いている。
入口の前には武装した冒険者たちが何人もいた。
これから中へ入る者。
装備を確認している者。
そして。
傷だらけで戻ってくる者。
「……ダンジョン」
初めて見る。
そのすぐ脇には、小さな建物があった。
ギルドの印が掲げられている。
「あそこが詰所か」
外から声をかける。
「すみません。冒険者ギルドからの依頼で届け物に来ました」
「おう、ご苦労さん」
詰所にいた職員が書類を受け取る。
ヒョロから回復薬の箱も受け取った。
「書類一式と、回復薬一箱。確かに受け取った」
受領印が押される。
「お前、ルーキーか?」
「まだ、始めたばかりです」
「なら、これからのためにダンジョンをしっかりと見て帰りな」
職員がダンジョン入口を親指で指した。
「外からでも、出入りする冒険者から学べることは多い」
「ありがとうございます。そうします」
仲間と成果を喜び合っている者たち。
意気消沈している者たち。
ソロで出てくる者。
様々だ。
ランクが上がったら、俺もあそこへ向かうのだろうか。
「……行こう」
今はまだ、その時じゃない。
俺たちはヴェールデンへ戻った。
――夕方。
「おかえりなさい」
ギルドへ戻ると、ミントさんが迎えてくれた。
「ただいま戻りました」
詰所でもらった書類を渡す。
「確認しますね」
受領印を見る。
「はい。問題ありません」
「なら、よかった」
「これで今日二件目の依頼達成ですね」
「そうですね、さすがに疲れました」
ミントさんはにこっとすると、何かを確認するように、手元の書類を捲った。
「ナオリ草の採取依頼、倉庫整理、そして、ダンジョン詰所への配達」
「はい」
ミントさんが顔を上げる。
「これで、ルーキーとして三件の依頼を達成しました」
「ですね……ようやく三件です」
ミントさんが微笑んだ。
「おめでとうございます、リュートさん」
「え……?」
「本日付で、Fランクへ昇格です」
「……!」
思わず、自分のギルド証を見る。
まだ何も変わっていない。
「少しお預かりしますね」
ギルド証を渡す。
ミントさんが受付の奥で何か手続きをする。
しばらくして戻ってきた。
「どうぞ」
受け取る。
そこには。
Fランク。
確かに、そう記されていた。
「……Fランク」
まだ下から二番目。
冒険者として見れば、ようやく最初の階段を一つ上っただけだ。
それでも。
昨日の俺は、一日中部屋の中で立ち止まっていた。
今日は。
朝は荷物運び。
みんなと頑張って働いた。
フワリに新しい役目が見つかった。
ダンジョン入口に、定期便も届けた。
そして。
俺も、一つ前へ進んだ。
「……やった」
小さく拳を握る。
その最初の一歩としては、悪くない一日だった。




