第39話 できることから
翌朝。
目を覚まして最初に感じたのは、頬に残る僅かな熱だった。
叩かれた直接的な痛みより、あの言葉の方がよほど堪えた。
指先で触れてみる。
「まだ俺は、あの日の弱い俺のままなのかな……ベルさん」
昨日。
エステルさんと別れて宿へ戻ってから、俺はほとんど何もできなかった。
ベッドに横になっても眠れるわけでもなく。
起き上がって何かをしようとしても、すぐに手が止まる。
頭の中を、いろんなものがぐるぐると回り続けていた。
ベルさんのこと。
俺自身がしたこと。
エステルさんに話したこと。
そして。
『私は、あなたを許せない』
あの言葉。
気づけば一日が終わっていた。
「……」
窓の外を見る。
朝のヴェールデンは、昨日までと何も変わらない。
通りから人の声が聞こえる。
荷車の車輪が石畳を転がっていく。
どこかの店が扉を開ける音もした。
俺が立ち止まっていたって、世界は俺をお構いなしに進んでいく。
エステルさんに許してもらえるとは思っていない。
俺がどれだけ謝ったって、ベルさんは帰ってこない。
それでも。
いつまでも、立ち止まっているわけにはいかない。
これからの俺を、行動で示していくしかない。
「……よし」
頬から手を離した。
「今日も仕事をしますか」
俺が立ち上がると、部屋の隅にいたベルがこちらを見る。
「ベルも行く?」
こくり。
いつもと変わらない返事だった。
「スゥも行くか?」
横のベッドでうずくまっているスゥにも聞いてみた。
ぷるんっ。
行くようだ。
その隣では、せん人様がベッドの上で横になっている。
「せん人様は?」
返事はない。
「今日、ギルドの依頼に行きますけど……」
ぴくりとも動かない。
「荷物運びとかになったら、頼れるヒーローだな……」
布団の中から片手だけが出た。
ひらひら。
「……はい。留守番ですね」
もう慣れた。
危険な場所へ行くならともかく、街の中で仕事をする程度では、せん人様に働く気はないらしい。
これはあれだ。
昔、流行っていた引きこもりのニート、引きニート。
人の引きニートはよく聞くが、スキルが引きニートは初めて。
せん人様の深刻な引きニート化問題。
ニュースの見出しのようになってしまったが、スキルって俺を守ってくれるものじゃないのか。
無常だ。
「リュート、準備できたのです!」
横のベッドで支度をしていたリィルが声を上げた。
考えてみたら、こいつも問題だらけだ。
リィルは確か、今年で二十歳って言ってなかったか。
血気盛んな若者と、年頃の娘が同じ部屋で寝泊まりって、普通に考えたらもの凄く舞い上がる状況なはずなんだが。
こいつに限ってはまったくない。
というか、今の今までリィルが成人だったことも忘れていた。
外見を変えても、見た目は小学3年生くらい。
俺の異世界ライフには、ヒロイン要素が足りない。
スライム。
引き人形。
暴力人形。
そして。
ちんちくりん。
「……無常だ」
「何を言っているか分からないけど、リィルを侮辱していることは伝わってきたのです」
リィルは頬を膨らましている。
「何でもない。リィルは年頃のレディだから、お金ができたら部屋を別にしてあげないとって思っただけだ」
「感心な心がけなのです。リュートの背丈はリィルの理想の旦那様よりもちょっぴり大きめですが、そこは愛があれば関係ないのです」
リィルがもじもじとしながら話した。
「特別ですよ……リュートをリィルの伴侶候補にしてあげるのです」
「……もう、行くぞ」
「その間はなんなのです!?」
俺は荷物を持ち、ベルと一緒に部屋を出た。
「おはようございます、リュートさん」
「おはようございます」
冒険者ギルドへ入ると、ミントさんは昨日までと何も変わらない笑顔で迎えてくれた。
昨日のことには触れない。
仕事のできる大人な女性だ。
「今日も依頼を?」
「はい。できれば今日一日で二つくらいできる依頼があればいいなと……」
「二つですか?」
「そういう依頼があれば、何ですけどね」
ミントさんが少しだけ目を丸くしたあと、微笑んだ。
「分かりました。それでしたら、こちらはいかがでしょう」
一枚の依頼票を差し出される。
内容は、商人が所有する倉庫内の荷物整理。
荷下ろしされた商品を種類ごとに分け、指定された場所へ積み直す仕事らしい。
「これにします」
「では、こちらの依頼で受注しておきますね。指定された場所へ向かってください」
簡単な地図を受け取る。
場所は商業区。
俺たちはそのままギルドを出た。
「ここか」
地図に記された倉庫の前に立つ。
結構大きい。
木造の倉庫には、次々と荷車が出入りしている。
「すみませーん! 冒険者ギルドの依頼で来ました!」
声をかけながら中へ入る。
「おう! 今行く!」
聞き覚えのある声が返ってきた。
「……ん?」
荷物の向こう側から、一人の男が顔を出す。
「おお!」
「え?」
俺と男の目が合う。
「リュートじゃないか!」
「トルネさん!?」
ヴェールデンまで俺たちを馬車に乗せてくれた商人。
そして、俺が街に入る時や冒険者ギルドへ登録する時の保証人になってくれた人だった。
「なんだ、今日の冒険者の助っ人はお前だったのか!」
「俺も今知りましたよ」
「はっはっは! こりゃいい。今日は楽ができそうだ!」
「お手柔らかにお願いします」
「安心しな。死ぬまでは働かせんさ!」
豪快に笑う。
変わってない。
「それで、何をすればいいですか?」
「こっちだ。今日の荷が多くてな」
倉庫の奥へ連れていかれる。
そこには大小さまざまな木箱が山になっていた。
「これを種類ごとに分けて、向こうの棚と奥の保管場所へ移してくれ」
「分かりました」
俺は袖を捲った。
まずは一つ。
近くにあった木箱を両手で抱える。
「よっ……と!」
重い。
持ち上がらないほどではないが、ずしりと腰にくる。
「リュート、お前も運ぶのか?」
トルネさんが言った。
「そりゃ運びますよ」
「てっきりお前のスキル、棒人間って言ったか。あのヒモのようなやつらに任せるのかと思ったぞ」
「俺が受けた依頼ですから」
言ってから、自分でも少しだけ不思議な感じがした。
以前の俺だったら。
どうすれば自分が楽できるか。
どうやってみんなを動かせば効率がいいか。
そんなことを真っ先に考えていた気がする。
でも、今は少し違う。
俺も、この中の一人だ。
みんなを動かすだけじゃない。
俺が動いた上で、それぞれ得意なところを助けてもらいたい。
そう思えるようになった。
「そういえば、今日はそのヒモを見ないな……」
トルネさんは俺のまわりを見渡した。
「ピンクのスライム……は前もいたな。それと木の人形、こいつは前にはいなかったやつだ」
「その人形が前にヒモみたいだったベルです。どうも進化したらしくて……」
「ほう、そいつはすげえや! 前よりも頼もしく見えるな」
トルネさんはベルを頼もしそうに眺めていた。
「俺は向こうの山を片付けてくるから、お前さんたちはこっちを頼む」
そういうとトルネさんは箱の山の向こうへ姿を消した。
「やっぱり、俺たちだけじゃ効率が悪いな」
ベルは両手で木箱を抱えながら俺の方へ振り返った。
「いや、ベルは十分に役立っているけど、手はもっと欲しいなってことね」
俺の言葉を納得したように、ベルが作業に戻る。
トルネさんの依頼はスゥも手伝ってくれていた。
器用に触手のような手を使って木箱を運んでいる。
結局、時短のためにボーたちを呼び出すことにした。
「まだ、慣れてないけど五体総出でやりますか!」
地面に棒人間を描く。
ぽぽぽぽぽんっ。
一度の召喚で、五体まで同時に出せるようになっているようだ。
「今回は木箱の移動だ。細かい作業は俺がやるから、木箱の運び作業をそれぞれ頼む」
「よい……しょっと!」
箱を抱えて歩き出す。
その横を。
ひょい。
「……え?」
ヒョロが俺より一回り大きな木箱を持ち上げた。
しかも片側の肩に担いでいる。
「お前、それ重くないの?」
ヒョロが首を傾げる。
そのままスタスタ歩いていった。
「……今ほど名づけをミスったと思ったことはない」
「すごいのです!」
リィルが拍手する。
「リィルは、無理せず怪我をしないようにな」
「分かったのです」
ボーとガーリも箱に挑戦していた。
二人で一つの箱を両側から持つ。
ぐっ。
箱が持ち上がる。
そのまま、よたよた。
二人で歩いていく。
「おお。そっちは二人ならいけるのか」
そしてチョコ。
自分より少し小さい木箱の前に立つ。
両腕を伸ばし、箱を抱える。
「チョコ、無理しなくていいぞ?」
ぐっ。
木箱が。
少し浮いた。
持ち上げるべく、すかさずその隙間へ体を滑り込ませた。
「おっ!」
チョコの足がぷるぷる震える。
「いけるか!?」
次の瞬間。
ずしん。
「チョコさん!?」
箱が元の位置へ落ちた。
チョコが消えた。
「えっ!?」
慌てて箱を持ち上げる。
その下から。
ぺしゃん。
平べったくなったチョコが出てきた。
「チョコォ!?」
慌てて引っ張り出す。
しばらくすると。
ぷくっ。
元に戻った。
「だ、大丈夫か……?」
チョコが指を立てる。
「絶対大丈夫じゃなかっただろ、今」
そして最後。
フワリ。
チョコが諦めた木箱より、さらに小さな箱の前に立っている。
「フワリもやるの?」
こくり。
両腕を伸ばす。
抱える。
踏ん張る。
「……」
動かない。
もう一度。
ぐぐぐっ。
動かない。
今度は箱の横へ回った。
両手で押す。
ぐぐぐぐっ。
一ミリも動かない。
「……」
フワリが箱を見つめる。
そして。
ぺたん。
箱にもたれ掛かるように座り込んだ。
「諦めた!?」
リィルがくすくす笑っている。
気がつくと戻ってきたトルネさんが、その様子を見て腹を抱えていた。
「ずいぶん賑やかな連中が増えたな!」
「俺も最近出会ったばかりの子です」
それぞれ得意なことが違う。
ヒョロは力持ち。
ボーとガーリは二人なら普通の荷物を運べる。
チョコは……荷物運びには向いてない。
そしてフワリは。
「……何が得意なんだろうな」
箱にもたれて休んでいる華奢な棒人間を見ながら、俺は呟いた。
その時。
ぽぽぽぽぽふんっ。
「あ、そうだった。お前ら三分しか持たないんだった」
その後も何度か呼び直しながら、作業を続けた。
「いやあ、助かった!」
昼ごろ。
予定していた荷物をすべて指定された場所へ運び終えた。
「お前たち、思ってたより働くな!」
「思っていたよりは……でしょう」
俺は含んだようにトルネさんに言った。
「褒め言葉だ……素直に受け取れ。しかし、あの細いの。ありゃすごいぞ」
トルネさんがヒョロを見る。
ヒョロは少し誇らしそうに胸を張った。
「まあ、力だけなら俺より遥かに上ですね」
「頼もしいじゃないか」
「そうですね」
俺は素直に頷いた。
「じゃあ、これに依頼達成の印を」
「ああ」
トルネさんが書類に印を押す。
「また頼むぞ」
「ギルドで依頼を見つけたら」
「次はもっと重い荷物を用意しとくからな!」
パワハラ宣言。
「ぜひ、やめてください」
トルネさんの大笑いをしり目に、俺は倉庫を出た。
「さて」
空を見る。
まだ昼を少し回ったところだ。
「お腹が空いたな。何か食べてから、もう一件依頼をこなすか」
「お昼なのです!」
食いしん坊キャラが固定化しそうなリィルが、元気よく手を上げた。
俺たちは満腹亭と書かれた大衆食堂で昼食を済ませた。
極太のソーセージ、あれはもうフランクフルトだ。
中の肉に香草が入っていてさっぱりジューシーでリィルも大喜びだった。
そういえば、リィルって森の民でも肉もいけるんだな。
むしろ、今は肉食化している気がする。
俺たちは荷運びの疲れを忘れて、昼食に舌鼓を打った。
腹を満たしたら、午後はもう一件だ。




