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第36話 薬草採取とレア素材

 その後も、薬草採取は順調に進んだ。


 俺はリィルとスゥのアドバイスを受けながら、黙々と採取を続けた。


 そんな中、ベルが一人だけ離れた場所で立ち止まっていた。


「ベル?」


 ベルは地面を見つめている。


 そこに生えているのは、ナオリ草とは違う、小さな草だった。


 濃い緑色の葉が重なり、その中央から白い芽が伸びている。


「それが気になるのか?」


 ベルが、こくりと頷く。


 リィルも近づき、草を覗き込んだ。


「森には自生してない草ですね。リィルは、この草を知らないのです」


「ナオリ草じゃないよな」


 ベルはもう一度頷いた。


「持って帰った方がいいのか?」


 今度は、強くこくこくと頷く。


「分かった。採って帰ろう」


 俺が根元へ手を伸ばすと、ベルがすぐに俺の手首を掴んだ。


「違うのか?」


 ベルは腰の剣を少しだけ鞘から抜く。


 刃先ではなく、鞘の先で草の茎を示した。


 根元より少し上。


 葉が分かれる節の部分だ。


「ここから切る?」


 ベルが頷く。


 俺はボーからナイフを借り、ベルの示した位置から慎重に草を切った。


 切り取った草を布へ包むと、ベルは満足そうに胸を張った。


「何の草なのです?」


 リィルが尋ねる。


 ベルは答えられない。


「戻ってから、ギルドで聞いてみよう」


 ベルの中の、記憶の断片を初めて垣間見た気がした。


 依頼分のナオリ草が、ようやく三十束に届いた。


「そろそろ、ガーリの火も試してみるか」


 時間制限でみんなが消えた後、再びガーリを召喚した。


 ぽんっ。


 ガーリが待ってましたとばかりに前へ出た。


 ここでも、進化の恩恵が現れた。


 今まではボーを出してから、ヒョロ、次にガーリと順番に出していた。


 正確には、順番でしか出せなかったのだ。


 森での過酷な生活は、三体を必要とすることが多かったし、順不同に呼び出さなくても不便はなかった。


 だが、これからは特定の一体だけを必要とする機会があるだろう。


 そんな中、今回ガーリの単独召喚に成功した。


「この前、ギルドで見せたあの火を頼めるか? あと焼野原にはしたくない。くれぐれも、火力には気を付けてくれ」


 ガーリが両手を前へ出す。


 指先に、赤い光が集まっていく。


 ぽっ。


 小さな炎が、ガーリの手の上に浮かんだ。


「本当に魔法を使えるようになったんだな……」


 火は小さい。


 だが、これは紛れもない火だ。


 周囲の空気を温め、揺らめいている。


「ガーリ。その火を少し前へ飛ばせるか?」


 ガーリは数メートル先の地面に放って見せた。


「ザ・魔法って言ったらこれだよ!」


 炎を飛ばす。

 ファンタジーの醍醐味とも言える瞬間だった。


「リュート、鼻息があらいのです。ガーリに辺りを焼かないように気を付けてもらうのです」


「鼻息って、感動してたんだよ。凄いぞガーリ、次はもう少し大きい炎を作って、さっきと同じ場所に飛ばせるか?」


 再びガーリの手に赤い光が収束していく。

 さっきの光よりもさらに力強い。


 ガーリが腕を伸ばそうとした。


 その時だった。


 ぽふんっ。


「あ……」


 ガーリが消えた。


 召喚時間が過ぎたらしい。


 だが。


 ガーリの手の上に浮かんでいた火は、消えなかった。


 支えを失った炎が、そのまま地面へ落ちる。


「え……?」


 乾いた草へ燃え移った。


 ぱちぱちと音を立て、火が広がり始める。


「火は残るのか!?」


「ああ、薬草が燃えちゃうのです!」


「消せ、消せ!」


 俺は慌てて足で火を踏む。


 リィルも土を蹴りかけ、スゥが身体を伸ばして集めた薬草を火から遠ざける。


 どうにか火へ土をかぶせ、最後に俺が何度も踏みつける。


 わずかに残った火も、スゥがのしかかって消してくれた。


 しばらくして、煙だけが細く立ち上った。


「……危なかった」


 ナオリ草の束は、端が少し焦げただけで済んだ。


 リィルが俺をじっと見ている。


「薬草採取で薬草を燃やす冒険者は、かなりレアなのです」


「返す言葉もない……」


 ただ、これでひとつ分かった。


 ガーリたち召喚体が消えても、その前に生み出した魔法は消えない。


 使い方次第では、大きな意味を持つかもしれない。


 同時に、使い方を間違えれば今回のように火事になる。


「ガーリの火は、周りに燃えるものがない場所で試そう」


 ――採取したナオリ草を持って街に戻った。


 ギルドへ戻る頃には、辺りは夕暮れで赤く染まっていた。


 初仕事を終えた俺たちは、集めたナオリ草を受付へ運んだ。


「ナオリ草、三十束ですね。状態も問題ありません」


 ミントさんが、一束ずつ確認していく。


「少し焦げているものもありますが、こちらは許容範囲です」


「すみません……」


「何かありましたか?」


「ちょっとした、実験の失敗です」


「え?」


「気にしないでください」


 依頼達成の処理を待っている間、俺はベルが見つけた草を取り出した。


「あの、これも見てもらえますか?」


「依頼品とは別のものですか?」


「はい。薬草採取の合間にベルが見つけたんですけど、俺たちには何なのか分からなくて……」


 ミントさんは布を開き、中の草を確認した。


 その表情が変わる。


「これは……息吹草です」


「イブキソウ?」


「高品質な回復薬の材料になる、珍しい薬草です。この辺りでは、滅多に見つかりません」


 ミントさんは切り口を確認する。


「ちゃんと上手に処理をされていますね。息吹草は根を傷つけると、買い取りができません。薬草の知識がなければ、採取の難しい薬草なんですよ」


 俺はベルを見る。


 ベルは何も言わず、少しだけ胸を張っていた。


「ベルは、この草を知っていたのか?」


 こくり。


 ベルが頷く。


 木偶人形になった身体。


 声もなく、表情もほとんど分からない。


 それでも、その中には、確かな何かが息づいている。


 ベルは、今ここにいる。


「息吹草については、ギルドで買い取ることもできますが、どうしますか?」


「お願いします」


「では、依頼報酬と合わせて、五万五千ディアになります」


「五万五千ディア!? えーと、内訳は?」


「今回の採取依頼が五千ディア、息吹草が五万ディアになります」


「依頼報酬の十倍……息吹草すごっ!」


 ベルがさらに胸を張っていた。


 ミントさんから報酬を受け取り、袋にしまった。


 眠り羊亭に戻った俺は、吸い込まれるように部屋のベッドへ倒れ込んだ。


「疲れた……」


「リュート、まだ、夕飯を食べていないのです。リィルのクエストはここからなのですよ」


「分かってる……少しだけ休ませてくれ。それとマルタさんに、夕飯はここで食べさせてくれるように伝えてきてもらえるか?」


「仕方のないリュートなのです。リィルがいないと何もできないのですね」


「そうなんだ。すまないが、頼めるか?」


「行ってくるのです」


 そう言うと、リィルは弾むように部屋を出ていった。


「ふっ、ちょろいやつだ……」


 それにしても。


 初心者クエストなのに、今日は予想以上にハードな一日だった。


 薬草採取。


 名前だけを聞けば、地味な仕事だ。


 実際、俺たちがしたことも、草を探し集めただけの作業。

 だが、薬草の知識のない俺では、想像よりも非効率で時間がかかった。


 それを思うと、森で当たり前のように生活していたベルさんは、本当に一流の冒険者だったと痛感した。


 これから一歩ずつ、進んでいこう。


 あと、能力の検証も兼ねて、依頼を受けられたのは大きかった。


 ボーたちは木偶人形のまま。


 新しく呼んだ二体は、初期型の棒人間。


 チョコは遠くまで様子を見に行くことができる……ゆくゆくは偵察や斥候のような役割が向いているのだろうか。


 フワリは、何が得意なんだろう。

 どこか凛とした空気があるというか、ほわんとした空気が他の子と違うんだよな。


 ガーリ、ホントに火を出せた。

 放った火は、ガーリが消えても残っていた。


 今考えたら、以前、ガーリは森であっという間に火起こしをしてた。

 あの時、種火もないのに火がついた気がしたんだよな……。


 そしてベル。

 薬草の知識、採取の難しい息吹草の処理まで知っていた。


 やはりあの子は、ベルさんの魂が宿った申し子なのだろうか。


 ふぅ。


「これが、ルーキーの初仕事か……」


 思っていたより、ずっと大変だった。


 けれど。


 俺は受け取った報酬を握りしめた。


 冒険者としての最初の一歩は、どうやら無事に踏み出せたようだ。

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