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第29話 雷鳴は止まない

 黒い根が、俺のふくらはぎを貫いた。


 次の瞬間。


 想像を超える激痛が、足から全身へ突き抜けた。


「あ、ああああああぁぁぁっ!」


 喉の奥から、声が引きずり出された。


 痛い。

 痛い。

 痛い。


 それ以外、何も考えられない。


 足の中に、別の生き物をねじ込まれたみたいだった。


 熱い。

 焼ける。


 骨まで黒い根に掴まれているような感覚がする。


 黒い根は、俺の足を貫いたまま、ずるりと引き抜かれた。


 そこから血が一気に溢れ出る。


 俺は両手で、赤く染まったふくらはぎを抱え、のたうちまわった。


 ベルさんから託された初雪は、身体に刻まれた痛みによってあっけなく持ち主を失った。


 からんっ。

 乾いた音がした。


 それが、自分の剣が落ちた音だと気づくまでに、少し時間がかかった。


 俺は剣まで落としていた。


 戦場で。

 敵の前で。

 

 (命を預けたはずの武器を、俺は手放した……)


 頭では、それがどれくらい致命的なことなのか分かっている。


 でも、拾えない。


 足が動かない。

 体が震える。

 視界が歪む。


 怖い。

 怖い。

 怖い。


 恐怖が、俺の頭の中を支配する。


 (もう……戦えない)


 そんな俺を見透かしたように、エルダートレントの黒い根がうねった。


 さっきまで戦場全体へ散っていた攻撃が、明らかに俺へ向き始める。


 戦意を失った手負いの獲物。

 弱った獲物を見つけた獣のように、黒い根が俺へ集まってくる。


 今の俺は、捕食される側だった。


 そう判断されたのだと、嫌でも分かった。


「ヒョロ!」


 俺の声に応じて、ヒョロが前へ出る。

 細い腕で、飛んできた根を受け止めた。


 ボーも、横から迫る魔獣へ飛び込む。

 ガーリは俺の足元に絡みつこうとする黒い根へしがみついた。


 でも、足りない。


 根が多すぎる。

 枝が多すぎる。

 魔獣の牙が、あちらこちらから迫ってくる。


 防ぎ切れない。


「リュート!」


 ベルさんが飛び込んできた。


 魔導剣が黒い根を斬る。

 俺をめがけて襲ってくる黒い根を、次々と斬り払ってくれた。


「ああっ……!」


「動くな。傷口が開く」


 ベルさんは短く言うと、小瓶を取り出した。


「飲め。回復薬だ」


 口元に押しつけられた瓶を、俺は震えながら飲み込んだ。


 喉を何かが通った。

 けれど、味はほとんど分からなかった。

 五感のすべてを痛みに奪われているからだろうか。


 ふくらはぎの熱が、ほんの少し引いた。

 血の流れる感覚も、わずかに弱まった。


 でも、痛みが引かない。

 足の力も入らない。

 立ち上がれる気がしない。


 ベルさんの目が、俺の足を見る。


「効きが悪いな……込められた魔力が、もう抜けかけているのか」


 ベルさんはそうつぶやいた。


 俺は歯を食いしばる。

 情けないほど、全身が震えていた。


「ベルさん……」


 声が震える。


「俺……これ以上は、戦えません」


 言った瞬間、自分の心臓を鷲掴みにされた気がした。


 戦えません。

 その言葉は、俺を惨めにするには十分だった。


 俺はさっきまで、戦えていると思っていた。


 一体倒せた。

 自分も役に立てていると思った。


 でも、違った。


 一度崩れたら、俺は剣すら握れない。

 

 俺は無力だ。


「……そうか」


 その一言が、傷よりも深く、俺の自尊心を抉った。


 ベルさんは、俺を責めなかった。


 怒鳴らなかった。

 立てとも言わなかった。

 剣を拾って、戦えとも。


 そして、俺の前に立った。


 ベルさんの背中が、俺の視界を塞ぐ。


「後はない……」


 ベルさんが言った。


 魔導剣を構え直す。

 その刃に走る雷は、さっきよりも勇ましく見えた。


「ならば……アタシは前を切り開くのみ!」


 エルダートレントの根が蛇の集まりのようにうねる。


 ベルさんが、一歩前に出る。

 迫りくる触手の猛攻を断ち切り、声を張り上げた。


「貴様は、倒れた相手しか狙えないのか? 図体ばかりでかい木偶の坊(でくのぼう)が……!」


 低い声だった。


 怒鳴っているわけじゃない。

 目の前の敵へ向けて、真っすぐに吐き捨てるような声。


 エルダートレントが一瞬、ピクリッと反応した。

 直後、黒い根の向きが変わった。


 エルダートレントの矛先が、ベルさんへ集まる。

 ベルさんは、それを受けるように、さらに前へ出た。


 せん人様にも動きがあった。


 小さな体が、黒い森を走る。

 さっきより速い。

 見失いそうなほど、鋭い。


 光る右手が、黒蝕トレントの幹を穿(うが)った。


 ばきん、と何かが砕ける音がした。


 その黒蝕トレントは、再生しなかった。

 ぐらりと傾き、そのまま黒い土の上へ倒れ込む。


 せん人様が、一体を屠(ほふ)った。


 それでも、戦場は軽くならない。


 俺が戦力にならない。


 そんな過酷な状況でも、ボーたちが消える時間は容赦なくやってくる。


 今の俺にできることは、ボーたちの召喚を絶やさないように、自分の守りを固めることで精一杯だった。


 (これ以上、みんなの足を引っ張りたくない……)


 俺は足の痛みを抱えながら、召喚の隙ができないようにすることしか思いつかない。


 ベルさんは、エルダートレントの矛先を引き受けることに、全神経を賭している。


 無力なばかりでなく、今の俺はお荷物そのものだった。


 残った黒蝕トレントが、せん人様へ枝を伸ばす。

 森の奥から、また魔獣の唸り声が近づいてくる。

 エルダートレント本体の太い根が、何度も俺たちへ振り下ろされる。


 せん人様がそれを受け流す。


 ひたすら軌道を逸らす。

 けれど、そのたびに本体への道が遠のいていく。


 その間も、ベルさんは俺の前に立ちふさいでくれていた。


 エルダートレントの枝を斬る。

 蛇のような根を払う。

 黒い触手のようなものを受け流す。


 そのたびに、ベルさんの体に少しずつ傷が増えていった。


 肩を裂かれる。

 腕を打たれる。

 脇腹を黒い枝が掠める。


 それでも、ベルさんは引かない。


 前へ。

 前へ。


 俺の前から、一歩も退かない。


「ベルさん……!」


 呼んでも、ベルさんは振り返らなかった。


 魔導剣の雷が、一段弱くなる。


 柄の部分に埋め込まれた魔導晶の光が、濁っていた。

 あの剣も、もう限界なのだと分かった。


 ベルさんと同じだ。


 剣も。

 体も。

 何もかもが、削られている。


 それでも、ベルさんは前へ進む。


 一歩ずつ。

 そう、一歩ずつ。


 その一歩が、ベルさんの生命に少しずつ影を落とした。


 やがて、黒い根の一撃を受けたベルさんの体が、大きく揺れた。


「くっ……!」


 ベルさんが、片膝をつく。


 俺の息が止まった。


 ふと、ベルさんの視線が、足元へ向く。


 すぐそばに、俺が落とした初雪があった。

 かつて、ベルさんが俺に託してくれた剣。


 ほんの一瞬。


 ベルさんの時間が、ゆっくりと流れたように見えた。


 その目が、今ではないどこかを映していた。


 彼女の顔が、ほんの少しだけほころぶ。


 ベルさんは、魔導剣を地面へ突き刺した。


 そして、初雪を拾った。


 俺が落とした剣。

 俺が最後まで、掴みきれなかった剣。


 ベルさんは、それを静かに構えた。


 その背中が、俺の視界を塞ぐ。


 痛みで霞む俺の目には、もうベルさんの横顔すら見えなかった。


 ただ、初雪を握るその手だけが見えた。


 黒い根が迫る。


 次の瞬間。


 ――世界は、ベルヴェットの中へ沈んでいく。


 痛みも。

 黒い森の喧騒も。

 リュートの叫びでさえ。


 少しずつ遠のいていく。


 代わりに、やけに鮮明な声が戻ってきた。


 ――姉さんはいつも正しいよ。


 ずっと、呪いのように聞こえていた言葉。


 正しくなければならない。

 間違えてはいけない。

 守れなかったアタシは、正しくない。


 そう思っていた。


 けれど――違った。


 あの時、アタシに話しかけてきた弟。


 記憶の中の弟は、責めてなどいなかった。


 痩せた顔で。

 それでも、眩しそうに笑っていた。


 姉を見る目は、どこまでも真っすぐだった。


 ――俺は、そんな姉さんが誇らしい。


 それは、呪いではなかった。


 ただ、弟が姉に憧れる声だった。


 初雪を握り直す。


「なんだ、お前は笑ってたのか……」


 口元に、自然と笑みが浮かんだ。


 バチバチッ、ジジジ。


 初雪の刀身に、淡い光が宿る。


 黒い根が、正面から襲いかかる。


 アタシの体が動く。


 斬る。

 斬る。

 斬る。


 初雪の刃が、黒い根を切り払う。


 魔導剣の雷ではない。


 これは紛れもないアタシ自身の魔力。

 今、そこに溢れ出る光。


 アタシはな。

 本当は、魔法剣士になりたかったんだ。


 その声が、俺の胸の奥に届いた気がした。


 気づけば、俺はベルさんの背中を見ていた。

 

 前へ。

 一心に前へ。

 もっと先へ。

 

 突き進む。


 黒い触手が迫る。

 枝の雨が降る。

 大地が軋む。


 ベルさんは、そのすべての隙間を縫うように進んだ。


 そして、エルダートレントの幹へ届く。


 淡く、細く、そして力強い雷の一閃。


 その閃光に、俺は目を奪われた。


 全身全霊の雷を纏った初雪が振り抜かれた。


 黒い幹が裂ける。


 奥に、鈍く光るものが見えた。


 ひときわ大きな魔水晶。

 エルダートレントの核。


「やっぱり、届かなかったか……」


 ベルさんが笑った。

 悔しそうに。


 でも、どこか納得したように。


 次の瞬間、エルダートレントの太い根がベルさんを横から打った。


 ベルさんの体が軽々と吹き飛ばされる。

 地面を跳ね、背中を地面に叩きつけられた。


「ベルさん!」


 叫んだ。


 ベルさんは、それでも立ち上がろうとする。


 震える腕で地面を押す。

 初雪を地面に突き立てる。

 ボロボロの体を振るい立たせる。


 まだ、終わっていないとでも言うように。


 その時――


 エルダートレントの黒い根が、一斉に俺へ向いた。


 数えきれないほどの黒い触手。

 槍のように尖った根。

 それらが、俺めがけて殺到する。


 ボーが飛び込む。

 ヒョロが腕を広げる。

 ガーリが足元から根へしがみつく。


 せん人様が、何本もの根を弾いた。

 軌道を逸らし、叩き落とし、俺に届かないようにする。


 それでも。


 一本、するりと抜けた。


 真っ直ぐに俺の正面を狙ってくる。


 (逃げられない……!)


 あっけない最後だった。


 俺は、思わず目を伏せた。


 次の瞬間――


 視界の端に、誰かの影が割り込んだ。


 黒い根と俺の間に、いるはずのない人が立っていた。


 ベルさんだった。


 黒い根が、ベルさんの胸を貫いた。


「……っ」


 声が出なかった。


 ベルさんの体が、俺の目の前で揺れる。


 まだ、せん人様やボーたちの戦いは続いている。


 それなのに、ここだけ時間が止まったようだった。


 ベルさんが、ゆっくりと俺を見る。


 目が合う。


 ベルさんは、優しく微笑んだ。


 責めるでもなく。

 怒るでもなく。


 ただ、俺を安心させるかのように。


 そのまま、ベルさんの体が崩れ落ちる。


「ベル……さん?」


 さっきまで、俺は気力を振り絞って、何とか姿勢を保っていた。

 だが、いつの間にか地べたに座り込んでいた。


 俺は手を伸ばした。


 痛む足のことも忘れて、這うように前へ進む。


「ベルさん……!」


 ベルさんの体を抱き起こす。


 生温かい。

 あたりに満ちた鉄の匂いが鼻を突く。

 その温かさが、次第に失われていく。


「そんな……ベルさん……!」


「すぐに回復薬を……! さっきの薬は、どこにあるんですか?」


「もう、使っちまったよ……それに……これは無理だ」


 胸から鮮血が流れていた。

 赤い血が、俺の腕を伝って黒い土へ落ちていく。


「あぁ……アタシも焼きが回ったね」


 血が口元からこぼれる。


「ベルさん……俺は、俺はこんなはずじゃ……俺は!」


「アタシは……ただ、戦士として……生きた……」


「俺はまだ、あなたに何も返せていないんですよ……」


 (何も考えられない)


「そんなことを……」


「俺は、まだ何も……!」


「……なら」


 ベルさんの声が、かすかに震えた。


「次、誰かが……困ってたら、アタシの分を……そいつに」


 (俺が、ベルさんを……)


「アタシに悔いはない……なかったんだけどなぁ……」


 ベルさんは、力なく、それでも優しく笑った。


「もう少し……お前と……一緒に……」


 ベルさんの手がはらりと地面に垂れた。

 彼女の腕の重さが、俺の中に残った。


「――――――」


 俺がベルさんを。

 殺した。

 俺がベルさんを殺した。

 

 ベルさんを……俺が!


 俺なんか、消えてなくなればいい。


 刹那。


 何かが焼き切れた。


 ――真っ白なキャンバスの中に、俺はいた。


 そこに描かれていた俺が、消されていく。


 線が消える。

 色が消える。

 形が消える。


 そして、心が消える。


 やがて、俺のいないキャンバスだけが残った。


 何も描かれていない、真っ白な一枚。


 そこに、新たに線が生まれる。


 一本。

 また一本。


 消える前よりも強く。

 消える前よりも激しく。


 新しい俺が、描き直されていく。


 意識が、現実へ引き戻される。


 ベルさんは木にもたれかかり、俺はその傍らに座っていた。


 身体がやけに軽い。

 涙でぼやけていた視界も、今は見えすぎるほどだ。


 その時。


 エルダートレントの無数の黒い根が、ひとつに収束して鋭く尖る。

 その矛先が、ついさっきまで満身創痍だった俺を捉えた。


 鋭く尖ったそれは、迷いなく一直線に放たれた。


 不思議と焦りはなかった。


 むしろ、何もない。

 曇りひとつない俺の頭の中は、スッキリとしていた。


「邪魔をするな」


 ひとりでに左手が動く。


 黒い炎が揺れる。


 左手に触れたその攻撃は、先端から音もなく消えていった。


 俺はそれに何の興味もない。


 そんなことより。


 今は躯となったベルさんに、俺ができることをしよう。


 そこで、俺ははっと我に返った。


 何をしている。

 俺は今、何をしようとしていたんだ。


 そう思った瞬間、自分の両手に気づいた。


 右手に、白い光が灯っている。


 左手には、闇が揺れている。


 そして目の前に、何かが現れる。


 ベルさんの身体から、淡い光がほわりと浮かぶ。


 それは落ちゆく定めにある、線香花火のように儚く。


 しゃぼん玉よりも脆そうで。


 今にも輪廻(りんね)の彼方へ溶けていきそうなもの。


 それがベルさんの魂だと、理解するのに、そう時間はかからなかった。


「ベルさん……まだ、俺を置いていかないでください」


 手を伸ばした。


「もう一度だけ俺に、あなたの力を……」


 触れる。


 白く輝く右手と、闇の炎を纏う左手で、俺はベルさんの魂をそっと包み込んだ。


 壊さないように。

 割れないように。

 消えてしまわないように。


 次の瞬間――


 宙に、魔法陣が描かれた。


 誰かが描いたわけじゃない。

 線が勝手に走り、円を作り、規則正しい紋様を刻んでいく。


 そこから、人形のような棒人間が現れた。


 あの日、召喚の間で見たものに似ている。

 けれど、これは何かが違う。


 顔もない。

 表情もない。

 それは、魂を受け止めるための、空っぽの依り代(よりしろ)だった。


 動かない抜け殻のような存在。


 俺は、ベルさんの魂をその中へ、そっと導いた。

 まるで、俺ではない何かが、この瞬間の流れを知っているかのように。


 依り代が、燃えるように光り輝く。


 その人形の輪郭が伸びる。

 小さな棒人間が、みるみる成長し、戦士の形を取り戻していく。


 その眩い光景に、敵も味方も動きを止めた。


 せん人様もまた、小さな体のまま、ただ立ち尽くしていた。


 ――その力は、この世の理に反するもの。

 ――貴様、一体何をした……。


 声にはならない問いが、その小さな背中に滲んでいた。

 ほどなくして光が収まる。


 そこに立っていたのは、再び現世に顕現(けんげん)したベルさんのようだった。


 生前より少し幼い。

 十八か、二十歳くらいだろうか。


 けれど、その姿は誰よりも鮮烈だった。


 背筋は凛と伸び、目は鋭く、全身に満ちる力は、森に漂う邪気を打ち払った。


 腰には、剣を携えている。


 棒人間から顕現した彼女は、安らかに眠るベルさんの傍らで、茫然としている俺を見下ろした。


 その表情は読み取れない。


 やがて、その視線がエルダートレントへ向いた。


 彼女が、剣を抜く。


 下段に構える。


 バチッ、ジジ。


 剣が雷を帯びる。


 いや、違う。

 雷を帯びたのは、剣だけではなかった。


 彼女の輪郭が、雷光にほどけていく。


 エルダートレントが動いた。


 黒い大地が、再び波打つ。

 地面そのものが蛇のようにうねり、黒い触手が四方から殺到する。


 バリバリ。


 音と同時に、彼女の姿が消えた。


 触手が落ちる。

 根が裂ける。

 枝が断たれる。


 俺が次に見た時、彼女はエルダートレントの前にいた。


 剣が、闇の炎を纏っていた。


 後方へくるりと体を翻(ひるがえ)す。


 一閃。


 右上から左下へ。


 闇の炎をまとった刃が、修復されかけた黒い幹を斜めに斬り下ろした。


 刹那。


 エルダートレントの巨体が沈んだ。


 根が軋む。

 幹が悲鳴のような音を立てる。

 見えない重さに縫い止められたように、黒い巨樹が大地へ張り付けにされる。


 彼女は、剣を返した。


 バチン、ジジジ。

 小さな音がした。


 剣に雷の粒子が収束する。


 一瞬。


 その一瞬だけ、世界が止まったように見えた。


 刀身がさらに眩しく輝きを増し、その形を消していく。


 やがて、そこにあったのは剣ではなかった。

 雷、そのものだった。


 彼女が、下から斜め上へ斬り上げる。


 剣閃が昇った。


 気づいた時には、彼女の姿が俺の前に戻っていた。


 剣を軽く振り、静かに収める。


 遅れて、エルダートレントの切れ目から雷が立ち昇った。


 下から上へ。


 根を裂き、幹を裂き、空へ駆け上がるように。


 黒い巨樹が、大きく軋んだ。


 魔水晶の核に、亀裂が走る。


 次の瞬間。


 それは、粉々に砕け散った。


 エルダートレントの巨体が、ゆっくりと崩れていく。


 黒い根が力を失う。

 黒蝕トレントたちが動きを止める。

 制御を失った魔獣の唸り声が、遠のいていく。


 脅威は、去った。


 魂の依り代から現れた彼女の姿が、崩れ始めた。


 足元から。

 雷の残滓みたいに、少しずつほどけていく。


 その姿に、俺はベルさんの面影を見た。


「ベルさん……ごめんなさい」


 そこにいる依り代は、さっきまでのベルさんではない。

 そんなことは、分かっている。


 それでも。


「あなたを守れず、ごめんなさい」


 声が震えた。


「俺、必ず強くなります。なりますから……」


 これは、未練。

 それとも懺悔(ざんげ)。


「だから……もう少しだけ、俺と一緒にいてもらえませんか」


 一瞬、静寂が落ちた。


 ベルさんは、優しく微笑んだ。


 そして――


 ドゴンッ!


「ぐはっ……!」


 腹に衝撃が走った。


 痛い。


 でも、不思議と嫌な痛みではなかった。


 ベルさんは困ったように、ほんの少し口元を緩めていた。


 その仕草に、いつものベルさんが重なった気がした。


 彼女の姿が崩れ去り、光の粒子が舞う。


 あとに残ったのは、雑に描かれた棒人間だった。


 顔もない。

 表情も分からない。


 何も知らない。

 あどけない存在が、ただそこにいた。


 その姿を見た瞬間、胸の奥で堰き止めていたものが壊れた。


 俺は、その小さな体を抱き寄せた。


「ベルさん……ベルさん!」


 もう、止まらなかった。


 黒い森に、慟哭(どうこく)が響き渡った。

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