第22話 冬支度は命がけ
「へっくしょん!」
自分のくしゃみで目が覚めた。
最悪の目覚めだった。
布にくるまっているはずなのに、体の芯まで冷え切っている。
ちなみにこの布は、ベルさんからの借り物だ。
指先が冷たい。
鼻の奥がつんとする。
息を吐くと、白いものがふっと朝の空気に溶けた。
焚き火の跡には、まだ灰が残っている。
つまり、火はあった。
あったのに、俺の体はまるで温まっていなかった。
「……寒い」
心の底から出た言葉だった。
寝床の横には初雪がある。
剣はいつも肌身離さず持っていろという、ベルさんの言いつけだ。
せん人様は所定の場所に、そのそばに寄り添うようにスゥがいた。
スゥは、ぷるんと丸まっていた。
いや、丸まっているというか、若干固まっているようにも見える。
「スゥ、お前も寒いのか?」
ぷる……。
微妙な震えが返ってきた。
スライムも寒いと感じるのか。
(思えば、スゥってスライムのくせに妙に人間味があるよな)
くぅ……寒い。
この森、いよいよ容赦がない。
俺は上体を起こした。
その瞬間、背中に冷気が入り込んで、また鼻がむずむずした。
「へっ……へっ……」
「また朝から騒がしいな」
ベルさんの声がした。
見ると、ベルさんはもう起きていた。
焚き火の跡を見て、灰を枝でかき分けている。
「ベルさん、寒くないんですか?」
「寒いに決まっているだろう」
「ですよね。なんでそんな普通に動けるんですか」
「寒いと嘆いても、温かくはならない」
それはそう。
それはそうなんだが、正論は体を温めてはくれない。
俺は肩を抱きながら、ガタガタ震えた。
「この服、もう限界かもしれません」
「今さら気づいたのか」
「はい、今さらです」
ベルさんは俺の服を上から下まで見た。
視線が痛い。
たぶん今、服だけじゃなくて、俺の危機管理能力も同時にチェックされている。
「その格好で冬を越せると思っていたのなら、森より先に頭を心配した方がいい」
「朝から暴言でぶん殴られた!」
「事実、これから冬は深まるばかりだ。その服では、長くはもたない」
「……マジですか?」
「大マジだ……」
言葉に温度がない。
その会話はとても冷たい。
今の俺には二重で寒い。
ベルさんは俺の袖をつまみ、布地を確かめるように軽く引っ張った。
「変な布だな。丈夫ではあるが、寒さを防ぐには足りない」
「俺の世界では、一般的な服なんですけどね」
「お前の世界は、冬に森で寝ることを想定していないんだろう?」
「そもそも、人が森で冬を越すことを前提に作られてません」
「それもそう……だな」
ベルさんが頭をポリポリとかいた。
「俺の人生、ずっと森にいる気がします」
「それは、頭が問題だな」
「頭から木が、生えてきそうです!」
ベルさんは小さく鼻を鳴らした。
「今日は予定を変える」
「予定って訓練ですか?」
「訓練も大事だが、ここで凍死しないことの方が先だ」
「凍死……」
口に出されると、急に現実感が出る。
寒い。
つらい。
は、まだ可愛げがあった。
「防寒着を作る」
「防寒……そんなのここで作れるんですか?」
「材料さえあればな」
「材料ですか?」
「この森の獣を狩る」
ベルさんは当然のように言った。
俺は一瞬、口を閉じた。
獣を狩る。
それはつまり、毛皮を取るということだ。
頭では分かっているが。
でも、やっぱり胸の奥が少し重くなる。
ベルさんは、俺の心の機微を見透かしていた。
「魔獣ではない。獣だ」
「魔獣じゃないんですか?」
「魔獣を倒しても魔水晶しか残らない。皮を使うなら、普通の獣を狙う」
「普通の獣……」
「荒角鹿だ」
(なんだ、その好戦的な名前は……!)
「鹿ですよね?」
「鹿だ……」
「草食ですよね?」
「草は食う」
「その言い方、嫌な予感しかしないんですが……」
「闘争心が強く突っ込んでくる。とにかく角が硬い。まともに受ければ腹に穴が開く」
「この世界の草食動物、捕食者寄り!」
「狩る方も、狩られる方も、命がけだ」
ベルさんは短く言うと、腰の剣を確かめた。
いつも彼女が戦いで使っている剣だ。
「荒角鹿は速い。仕留め損ねれば、こっちが危ない。今回は魔導剣を使う」
「魔導剣……」
聞いたことはあった。
でも、ちゃんと見たことはほとんどない。
ベルさんは柄の近くに嵌め込まれた小さな水晶を指先でつついた。
「魔水晶を加工・研磨した魔導晶を嵌めて、軽く魔力を流す。使うたびにその効力は減るが、剣に一定の属性威力が乗る」
「弾数制限付きの属性武器……」
「妙な言い方だな……」
「でも、きっとそんな感じですよ」
「……そうか」
(この世界の武器説明、どうにも俺はゲームっぽく考えてしまう)
「これは、無駄には使えない。魔導晶は消耗品だ。最後には砕ける」
「剣は?」
「剣自体は使い回せる。量産品だが、剣としてはかなりいい」
「量産品でも強いんですか?」
「使う者の力量次第だ」
ベルさんはそう言って、森の奥へ目を向けた。
「行くぞ。日没までに毛皮の素材を取りに行く」
「冬支度、本当に命がけですね」
「それが、森の冬だ」
俺は初雪を腰に差した。
正直、狩りに行くと言われても、俺が荒角鹿を倒せる気はしない。
けれど、何もしないでただ見ているわけにもいかない。
「せん人様は……お留守番ですね」
来ないことは何となく、はじめから分かっていたが確認作業は必要だ。
ボーたちを呼ぶ。
自分の面倒も見る。
逃げるだけじゃなくて、少しでも何かの役に立ちたい。
初雪を握りしめながら、森の奥へ視線を送った。
――荒角鹿の足跡は、思ったより簡単に見つかった。
というより、ベルさんがすぐ見つけてくれた。
俺には、どう見ても落ち葉が乱れているようにしか見えない。
だが、彼女はあっさり言う。
「近いな……」
「こんなので分かるんですか?」
「ああ……分かる」
「達人だ……」
「生きるための知恵だ」
ベルさんにとっては、剣を振ることも、足跡を読むことも、寒さへの対策も、生きるための基本なのだろう。
俺の世界で教わった基本、教科書で学んだこととは、ずいぶん違う。
しばらく進むと、ベルさんが手を上げた。
何かを発見したようだ。
「ここで仕掛ける」
俺は息を飲んだ。
少し開けた場所がある。
周囲には太い木が点在していて、足元には枯れ葉と蔓が絡んでいる。
正面から突っ込まれたら危ないが、左右の逃げ道は絞れそうだった。
「作戦を伝える」
「お願いします」
「荒角鹿は大きな音に反応して突っ込んでくる。その習性を利用して、ボーは木を叩いて音を鳴らす」
「彼が囮役ですか?」
「音の囮だ。直接、受け止める必要はない」
少しほっとした。
かなり過酷な役回りだ。
「次に、ヒョロは丸太で塞いで、進行方向を限定する。間違っても真正面で止めるな、飛ばされるぞ。横から姿を見せて、やつの進む先を絞る」
「限定……要は、道を狭める感じですか?」
「そうだ」
「ガーリは?」
「蔓とロープで足を鈍らせる。止める必要はない。引っかかってくれれば儲けものくらいに思おう」
「了解です。ところで……今回、スゥは?」
「スゥは今回は戦闘に参加させない」
「参加させないんですか?」
「荒角鹿の突進を受ければ、あの柔らかい体では弾かれる。それにスゥの粘液で肉や皮も傷めたくない。今回は周囲の警戒に回ってもらう」
スゥは不満そうにぷるぷるしていたが、最後には足元で小さく落ち着いた。
最後、ベルさんは俺を見る。
「お前は音に近い位置で待つ。万が一のこともある、自分の身を守る覚悟を決めておけ」
「分かりました……」
「今日は実戦訓練だと思って、気を引き締めていけ!」
「はい!」
「よし!それでは始めるぞ」
いつもとは違うその言葉に、重いものを感じた。
前にベルさんから言われたこと。
自分を守り、戦う姿勢を崩さない。
撤退の時もその姿勢は変えないこと。
俺は深く息を吸った。
(よし、気合い入った!)
地面に指を走らせる。
ぽぽぽんっ。
「ボー、ヒョロ、ガーリ」
消えていた三体が、ほぼ同時に現れた。
ボーはいつものように、すっと立つ。
ヒョロは細い体をゆらゆらさせる。
ガーリは俺の手元を見て、何か目的があると察したように小さな手を上げた。
「ガーリ、今回は罠係だ。ベルさんの言うことをしっかり聞いて動いてくれ」
ガーリがこくこくとうなずく。
やる気はある……はずだ。
ベルさんは持っていた細いロープと蔓をガーリの前に置いた。
ガーリはそれを器用に拾い、木の根と低い枝の間に、簡易の引っかけを作り始める。
「……本当に器用なやつだ」
「ですね。細かな作業には、俺より役立つ気がします」
「気がする、ではなく断言でいこう」
「士気が下がりました!」
「元々、無いだろう……」
「ひどい……!」
ガーリは何も言わず、黙々と罠を作っている。
悔しい。
反論できないくらい器用だ。
準備が整うと、ベルさんは手前の大木の陰へ移動した。
剣に手をかけ、気配を消す。
「……始めろ」
開始の合図が聞こえた。
「ボー!」
俺が合図を出す。
ボーが振り下ろした枝の先が、木に触れる瞬間、鈍く光った。
どんっ。
枝で叩いただけとは思えない音が、森に響く。
(あの細い体で、どうなっているんだ……?)
何度見ても不思議だ。
どんっ。
どんっ。
二度目、三度目の音が響く。
その直後、低いうなり声のようなものが聞こえた。
「……」
ベルさんは気配を消したまま、こちらにサインを送る。
茂みの奥が揺れた。
次の瞬間、灰色がかった大きな鹿が飛び出してくる。
鹿。
(確かに鹿だ……鹿だが……)
「で、でかっ!」
想像の五倍の大きさはある。
しかも、俺の知っている鹿より目つきが悪い。
頭には大樹が枝分かれしたような太い角。
肩から背にかけて、長く厚い毛が生えている。
こっちを見た瞬間の顔が、完全にお怒りモードだ。
「鹿って、あんな狂暴な顔だったか!?」
荒角鹿はボーが音を立てた方へ突っ込んでくる。
地面を蹴る音が重い。
枯れ葉が地面に、めり込み潰される。
「ヒョロ!」
ヒョロが側面から姿を現す。
ベルさんに言われた通り、丸太を抱えて通路を塞ぐ。
鹿の進む先を限定するポジションだ。
丸太を持って突然現れたヒョロに、鹿が驚く。
一瞬、角度が変わった。
よし。
狙い通り。
そう思った瞬間、荒角鹿の目がこちらを向いた。
俺と目が合った。
「え……!」
嫌な汗が頬を伝う。
鹿が進路を変える。
音の方ではなく、俺の方へ。
「こっち来たぁぁぁ!」
「……」
ベルさんは相変わらず気配を殺している。
(自分の身を守る覚悟を、今決めろということか……)
下がりたい。
逃げたい。
俺は初雪を抜いた。
相手を倒せとは言われていない。
(自分の身を守る覚悟を決めろ!)
戦いから……決して降りない。
胸の奥で、そう叫んだ。
鹿の巨体が間近に迫る。
「ガーリ!」
ガーリが小さな手を引いた。
丈夫な木に巻き付けておいた蔓が、ぴんと張る。
荒角鹿の前足に、蔓が一瞬だけ絡む。
けれど、完全には止まらない。
鹿の重さに耐えきれず、蔓が切れる。
その反動で、ガーリが空高く放り出された。
だが、鹿の体勢がわずかに乱れた。
その刹那、大木の陰から気配を絶っていたベルさんが動く。
バチバチッ、ジジジ……ッ。
同時にベルさんは抜刀、剣が雷を帯び始める。
鹿の側面に来るタイミングで、大きく左足を踏み込んだ。
彼女の剣に、青白い粒子が細くまとわりついている。
「はっ!!」
短い声。
剣が一閃した。
剣閃に雷光が伝う。
荒角鹿の体が大きく傾き、そのまま地面に倒れ込む。
重い音が森に響いた。
俺は初雪を握ったまま、しばらく動けなかった。
早かった。
何もかもが一瞬のことだった。
鹿が狙いを変えたこと。
ガーリが荒角鹿の足を乱したこと。
ベルさんが、あっという間に剣で仕留めたこと。
全部が、ほんの数秒の出来事だった。
「リュ……リュート!」
突然、ベルさんの声が頭に響いた。
「息をしろ!」
ベルさんの声で、ようやく自分が息を止めていたことに気づいた。
「はあぁぁっ……」
肺に空気が入る。
冷たい空気だった。
「今のが、魔導剣……」
「ああ」
ベルさんは剣を二度、軽く振り、獣の血と雷の残滓を払う。
柄の近くの魔導晶は、特に変化は見られない。
「一撃で仕留めるために使った。この鹿は暴れさせると厄介だからな」
「すごい威力ですね……」
「便利だが、無駄には使えない。魔導晶は消耗する。それに高価なんだ」
「使いすぎると?」
「砕ける」
「回数制限ありでお値段が高い……と」
「だから妙な言い方をするな」
ベルさんはそう言いながら、倒れた荒角鹿の前に膝をついた。
俺も近づく。
そこには、命を終えたものがあった。
魔獣と違って、消えない。
そこに残っている。
重さも、匂いも、温度も。
俺は思わず目を伏せそうになる。
「獲物から目を背けるな」
ベルさんが言った。
「……はい」
「肉は食う。皮は使う。骨も使える」
ベルさんは淡々と続ける。
「奪ったのなら、その命は粗末にはするな」
その言葉は短かった。
でも、重かった。
俺は荒角鹿を見た。
かわいそう、その意識が拭えない。
それは、獲物に対しても失礼だ。
正直、気分がいいものではない。
だが、この毛皮は、俺を寒さから守ってくれる。
この肉で、俺たちは飢えを凌げる。
これで森の冬を耐えられるはずだ。
哀れ……まだ、この感情は消えない。
今は純粋に素材、食材に感謝しよう。
「いただきますって……こういうことなんだな」
小さくつぶやくと、ベルさんがちらりと俺を見た。
「いい言葉だ……」
「俺の世界の言葉です」
「覚えておく」
それからのベルさんの動きは、手早かった。
解体の手際は、迷いがない。
腰に下げていた短剣を抜き、慣れた手つきで処理を始めた。
俺はできる限り、この光景から目を逸らさず、受け止めることで精一杯だった。
ガーリにベルさんのサポートを頼み、ボーとヒョロに周囲を見張らせた。
スゥは俺の気持ちを察してか、足元に寄り添ってくれていた。
肉は食料。
骨は道具や加工品。
皮は、今日の目的の防寒具になる。
だが、外敵の危険もある。
「ここでは解体して、持っていけるだけ持って帰る。あとの作業は拠点で行う」
「分かりました」
「スライムや仲間にも頼んで、できる限り持ってもらえ」
――肉や皮、使えそうな素材を抱えて拠点に戻った。
拠点に戻ると、せん人様がお帰りとばかりに出迎えてくれた。
クルリと巻いた手を上げたくらいなのだが。
だが、今はそれがなんだか愛らしい。
ベルさんは荷物から、小さな革袋を取り出した。
中には針、糸、細い紐、小さな刃物、それから白っぽい粉の入った包みがある。
「裁縫道具ですか?」
「それもある。冒険者のたしなみだな。だが、今日は縫って終わりじゃない」
「服にするんじゃないんですか?」
「いずれはな。だが、毛皮は剥いだらすぐ着られるものじゃない。まずは腐らせないようにする」
ベルさんは荒角鹿の皮を広げ、短剣で内側に残った脂を削ぎ落とし始めた。
その手つきには迷いがない。
「ですよね……」
薄々、そんな気はしていた。
けれど、どこかで期待していた。
今夜には、ふかふかの毛皮にくるまって眠れるのではないかと。
甘かった。
冬支度は、獣を倒したところで終わりではないらしい。
「これは簡単な下処理だ。本職の革職人ほど綺麗にはできないが、防寒具にするくらいなら何とかなる」
ベルさんは森の植物から採った渋い汁を皮の内側に塗り、さらに白っぽい粉を薄く振った。
「それ、何ですか?」
「腐り止めと、なめしに使うものだ。完全なものじゃないが、森で使うには十分だ」
「知識の宝石箱か!?」
「妙な言い方をするな……」
いつものように、ベルさんは淡々と言った。
その様子を、ガーリがじっと見ていた。
俺が描いてない顔からは、当然、感情は読み取れない。
でも、なぜか興味津々に見える。
「ガーリ、やってみたいのか?」
ガーリが小さく手を上げた。
ベルさんは少し考え、針ではなく、細い骨のような道具を渡した。
「縫うのはまだ早い。まずは端に穴を開ける。間隔をずらすなよ」
「いきなり、職人の会話だ」
ガーリは器用に道具を受け取った。
そして、ベルさんが示した通り、皮の端に小さな穴を開け始める。
ぷす。
すい。
ぷす。
すい。
「……できてる」
俺は思わずつぶやいた。
「器用なやつだな」
ベルさんも少し驚いたように言う。
「お前より、よほど使える」
「残酷な比較ですよ」
「事実だ……」
「言わなくてもいい優しさもある!」
ガーリは黙々と作業を続ける。
紐みたいな腕で道具を持ち、細い体を左右に揺らしながら、器用に毛皮の端を整えていく。
絵面はかなりシュールだった。
棒人間が、毛皮職人の見習いをしている。
しかも……かなり上手い。
俺は、自分の存在価値について少し考えた。
「リュート」
「……はい」
「落ち込んでいる暇があるなら、そっちを押さえろ」
「はい……!」
俺は言われた通り、毛皮の端を押さえる。
そして、やっぱり少し落ち込んだ。
ベルさんが下処理をする。
ガーリが端を整える。
俺は押さえる。
ボーとヒョロは拠点の外にいる。
スゥは近くでぷるぷるしている。
こうして、荒角鹿の毛皮は、素材として整えられていった。
「これ、いつ着られるようになるんですか?」
「数日はかかる」
「数日……」
「今夜、すぐに着られるとでも思ったか?」
「ちょっとだけ、思いました」
「甘い」
「あまあまでした……」
ベルさんは処理を終えた毛皮を丸め、風の通る場所に吊るした。
まだ獣の匂いが残っている。
けれど、それはもう、ただの死骸ではなかった。
俺たちが冬を越すためのもの。
荒角鹿から受け取った、命の続きだ。
「今日はこれで終わる」
「終わり……ですか」
「気にかかるか?」
「いえ。倒した後も大変なんだなって……」
「そうだ。命を使わせてもらうという作業は、倒してからが始まりだ」
ベルさんの言葉が、静かに胸に落ちた。
俺は吊るされた毛皮を見上げる。
「いただきますって……こういうところも含めて、なんですね」
「そう……だな」
ベルさんは小さく言った。
その夜、俺は完成した毛皮にくるまることはできなかった。
代わりに、乾いた草と余った布を重ね、火を絶やさないようにして眠ることになった。
当然、寒い。
「へっくしょん!」
盛大なくしゃみが出た。
ベルさんは俺から、拠点の壁へと視線を移した。
「前に直しただけでは、足りなさそうだ」
「拠点ですか?」
「ああ。次は拠点の防寒も、もう少しやるぞ」
冬支度は、命がけだ。
そしてどうやら、俺の冬支度は、まだ始まったばかりらしい。




