↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/45

第10話 改修工事と肉入り鍋

 雲は残っているが、空は少しずつ明るさを取り戻していた。

 森の空気は湿ったままだが、今日は幾分か動きやすい。


 さて、昨夜の反省を踏まえて。


「まずは拠点の修理だな」


 俺は泥だらけで破壊された入り口を見つめながら呟いた。


「ここから始めるか……」


 新築初日の事故物件。

 当然、家に保険はなし。

 つまり、泣き寝入りは確定だ。


「よし、改修工事開始だ!」


 俺は地面に指を走らせる。


 ぽんぽんぽんっ!


 ボー、ヒョロ、ガーリを同時召喚。


 昨日のステータス更新で、棒人間の持続時間は一分になっている。


 たかが一分。

 されど一分。


 以前なら、作業を始めたと思った瞬間にぽふんぽふんっと消えていた。


 だが今は違う。

 前よりも長めに作業してくれる。


 (木材を持ち上げられる! は、前もできたな)


 途中で一斉早退される頻度が、明らかに減っている。


「一分働けるようになっただけで、こんなに現場が回るのか……」


 感動した。


 そしてほんの少し悲しくなった。


「ありがとう、労働時間の延長……言い方がブラック企業のそれ」


 まず、入り口の復旧。

 次に屋根の葉っぱを整える。

 そして壁の補強。


 入り口は……知っての通りだ。

 今なら、象でも入ってこれるだろう。


 このままにしてたら、次の魔獣の襲来で、拠点ごと俺がご退場だ。


「完璧じゃなくていい、とりあえず外から中を隠そう」


 それが、今回の改修の目的だ。


 ボーは細い身体で枝を抱え、ガーリは入り口付近の壊れた木材の片付け。

 ヒョロは相変わらず怪力で、俺が両手で持っても重い枝をひょいと抱えて戻ってきた。


「ヒョロ、お前ほんと力持ちだな」


 ヒョロは無言で腕をくるりと回した。


 腕に力こぶは……ない。


 (その怪力はどこから……?)


 今、おそらくやつは得意げだ。


 ほらね。


 スゥは近くの茂みから、大きめの葉や柔らかい草を選んで運んでくる。

 毒草や毒汁の類は、ぷるんっと取り除いてくれていた。


「助かる。俺ひとりだったら、屋根材を選んでるつもりで毒草コレクションを作ってたかもしれない」


 ぷるんっ。


 スゥの震え方が、呆れにも笑いにも見えた。


「スゥは、今日もピンクで可愛いな」


 ぷるるんっ。


 きっと、これは喜んでくれている。


 そして、せん人様はというと――


 神座だ。


 昨日より少しだけきれいになった一番乾いた場所で、相変わらず寝そべっている。

 くるりと巻いた腕を枕のようにして、監督様はこちらを見ていた。


「せん人様、一流の監督姿だな」


 当たり前だが、返事はない。


「いや、一緒に作業もしてくれていいんだよ?」


 やはり、返事はない。


「はい、知っていました、と」


 俺は諦めて、作業に戻った。


 ボーたちは枝を運び、俺が組み、スゥが使える草を選ぶ。

 ヒョロが太めの枝を支え、ガーリが外側から押さえる。


 作業は以前よりもずっとやりやすい。


 途中で、ぽふんぽふんぽふんっと、みんながまとめて消えた。


「みんな戻ってこい!」


 すぐに呼び戻す。


 ぽんぽんぽんっ!


 ボーたちが現れ、何事もなかったかのように作業へ戻る。


「記憶が残るって、ほんと便利だな……」


 棒人間……俺のスキルなのだが。

 ただの道具ではない。


 ボーたちは、少しずつ経験を積んでいる。

 だから、仲間意識を感じる。


 コアの件を思い出し、俺は改めてそう思った。


 拠点の修理が一段落したところで、俺は次の作業に移る。


「次は罠だ」


 昨日の罠は、かなり役に立った。

 だが、通知機能だけだ。


 魔獣が来たことは分かった。

 でも止められなかった。

 時間を稼げなかった。


「つまり、トラップの目的は二種類」


 敵の接近を通知する罠。

 敵の足を止める罠。


「お知らせ罠と、足止め罠だ」


 まずは接近通知トラップ。

 乾いた枝を複数吊るす、石を軽く組み、低い位置に蔓を張る。

 踏めば石が崩れ、枝が鳴る。


 見た目はかなり雑だが、昨日よりは音が出やすいはず。


「これは通知罠。前回の改良版、通知機能第二世代だ!」


 次に足止め用トラップに取り掛かる。


 これはスゥの出番だ。


「スゥ、昨日のぬるぬる、もう一回お願いできるか?」


 ぷるんっ。


 スゥは拠点入口の少し手前に移動。

 中央部を一部残して地面に薄く粘液を広げた。


 雨水と泥が混ざり、そこだけ異様に滑りやすそうな膜ができる。

 見た目はただのぬかるみ。


 でも、知っている俺からすれば危険地帯だ。


「よし。ここは……スゥのぬるぬるゾーンだな」


 スゥがぷるんっと震えた。


「これを、ぬるぬるトラップと命名しよう」


 すん。


 この名前はスゥから非公認のようだ。


 その周囲には、斜めに削った枝を数本設置したい。

 足を取られて滑った魔獣が、そのまま突っ込めば枝に当たるようにするためだ。


 ひとつ、ここで問題がある。


 枝を削る道具がない。


「そこで生成スキル、出番だな」


 俺は右手を見つめる。

 昨日、ステータスでは生成がLv2に上がっていた。


 何が変わったのか、正直よく分からない。

 だが、試さない理由はない。


 俺は地面に、小さなナイフの絵を描いた。


 刃。

 柄(つか)。


 できる限り単純に。

 できる限り分かりやすく。


「いでよ、切れ味ばつぐんのナイフ!」


 光が走り、手の中に小さなナイフが現れた。

 ナイフと言っていいのかは微妙だ。


 刃は少し歪んでいるし、柄も握りにくい。

 だが、最初のころよりは幾分かいい。


「おお、レベルが上がって形も良くなってる」


 早速、そのナイフで枝を削ってみる。


 カリッ。


 削れる。


 しっかり削れる。


「ちゃんと使えるじゃないか!」


 少しテンションが上がった。

 こんなヨレヨレの見た目でなぜ切れるんだ!?


 しかし、数分もしないうちに気だるくなってくる。

 身体の芯がじわじわ削られていくような感覚だ。


「……燃費、悪っ!」


 生成物を維持している間、魔力が減り続ける。

 分かっていたことだが、作業中に使うとかなりきつい。


 試しに、生成ナイフを手放してみる。


 ふっと形が薄れ、数秒後には消えた。


「生成した物を、出し続けるのは無理だな」


 生成した杭(くい)を地面に刺して罠にする。

 生成した刃を置いておく。


 そういう使い方が理想だったが、今の俺には無理そう。


 維持するだけで魔力を食う。


 つまり、長時間置いておく罠に生成物を使うのは、毒状態で過ごすようなものだ。


「生成した道具で、自然素材を加工する……こっちの方が現実的か」


 剣を作って振り回す俺。

 レベルが足りない。


 たぶん一撃で弾かれる。

 腰が引ける自信がある。


 枝を削るナイフ。

 蔓を切る刃。


 せいぜいその程度だ。


「華がない、地味だな……」


 俺は生成ナイフで枝を削り、尖らせていく。


 スゥは【ぬるぬるトラップ】のぬるぬる具合を調整してくれている。


 せん人様は、監督。


「毎日、ぶれないな、せん人様は……」


 やはり無反応。


 しばらく作業を続けたあと、俺はズボンのポケットから紫の石を取り出した。

 昨日、魔獣が消えたあとに残っていた石。


 仮称、魔晶《ましょう》。


 たぶん後で勝手に名前を付けるなと怒られるやつだ。


「これ、生成に使えないかな……?」


 違和感を感じる石。


 もしこれに何らかのパワーがあるなら、生成スキルで利用できるかもしれない。


 俺は魔晶を右手で握り、もう一度ナイフを生成しようとした。


 ――指先の光が、少し濃くなる。


「お!?……手ごたえはある」


 だが次の瞬間、胸の奥がぐらりと揺れた。

 車酔いに似た気持ち悪さがこみ上げてくる。


「うっ……」


 視界がわずかに歪む。

 指先の光が乱れ、ナイフの形がぐにゃりと崩れた。


 スゥが慌てて寄ってくる。


 ぷるんっ!


 手元を触手で叩く。

 魔晶がポトリと落ちる。


「……助かった。今の、ちょっとヤバかったな」


 せん人様も、神座からこちらを見ていた。

 いつものように動かない。


 (気にはしてくれていた……?)


「使えそうだけど、やっぱり使い方が分からない」


 口の中で小さな雷が弾けたみたいな感覚だった。

 いや……雷を口に入れたことはないけど。


「今の俺じゃ、扱えないってことか」


 俺は魔晶を拾い直し、ズボンのポケットに戻した。


 使い道はある。

 でも今は無理。

 そういう結論でいい。


 午前中いっぱいを使い、拠点と罠が少しはまともになった。


 入り口前にはぬるぬるトラップ。

 周囲には通知罠。

 壁は少し補強。

 屋根も一応、雨を受け流せるようになった。


「よし……これで信頼度三パーから、五パーくらいには上がったかな」


 まだ、低い。

 低すぎる。


 だが、それがいい。


 そんなことを考えていると、外の通知罠が鳴った。


 カランッ。


「……え?」


 早すぎる。

 設置したばかりだぞ。

 俺は慌てて身構える。


 ボーたちも作業を止め、入り口付近に意識を集める。


 スゥが足元でぷるんと震える。


 魔獣か。

 またか。

 緊張で喉が鳴る。


 だが、茂みから現れたのは、昨夜の狼型の魔獣ではなかった。


 小さい。

 丸い。

 白っぽい毛。

 長い耳。


「なんだ……ウサギか」


 俺は一瞬、ほっとした。

 だが、次の瞬間、そのウサギがこちらを向いた。


 口元から、にゅっと牙が伸びている。

 前歯ではない。

 牙だ。


 目が怖い!


 可愛い小動物の顔ではない。

 捕食する側のそれだ。


 そいつは低く唸った。


 キシャアッ!


「鳴き声が、もうウサギじゃねぇ!」


 牙ウサギは、ぬるぬるトラップに足を踏み入れた。


 ズルッ。


 見事に滑った。

 そのまま斜めに刺した枝の手前で転がり、もがく。


 ボーがすかさず前に出る。

 ガーリが横を塞ぐ。

 ヒョロが背後から棒を構えた。


「待て待て、倒すのはいいけど……これ、食えるのか?」


 空腹。

 肉。

 ウサギ。

 いや、牙ウサギ。


 だが、どう見ても普通じゃない。


「普通のウサギじゃないのか……最初の獲物が魔獣とか、どんな罰ゲームだよ!」


 牙ウサギがキシャアッと鳴く。


「ウサギって、癒やし枠じゃないのか?」


 答えは牙だった。


 ヒョロの一撃で、牙ウサギは泥の上に沈黙した。


 だが、しばらく待っても、一向に死体が朽ちる様子はない。


「あれ!? 魔獣って、倒すとみんな消えるんじゃないの?」


 やはり数分待っても牙ウサギの亡骸(なきがら)はそのままだった。


 どういうことだ!?


 昨日の狼型は消えた。

 でも、こいつは残っている。


 同じ魔獣でも、何かが違うのか?

 全部が全部、魔晶から生まれた存在とは限らない?


「なら、このうさちゃんはどこから?」


 その亡骸を見ていたら、腹の虫が騒ぎ出す。


 体は実に正直だ。


 そこで、さっきの疑問が再び蘇る。


「このウサギ……食える?」


 傍にいたスゥに恐る恐る尋ねる。


 スゥは牙ウサギのもとへ近寄り、しばらく沈黙した。


 そして注目のジャッジは!?


 ぷるんっ。


 少し嫌な、間があった。

 どうやら食べられるらしい。


「生きていた姿が、おどろおどろしかったけど……俺、死なない?」


 ぷるんっ。


 ――俺はしばらくウサギを見つめた。


 正直、抵抗はある。

 だが、これも生きるためだ。


 今日までキノコだけで命をつないでいた俺に、選り好みする余裕はない。


 この森で俺は、いつまで暮らしていけばいいのか分からないのだから。


 ――生成ナイフで処理するのはかなり苦戦した。


 途中で気持ち悪くなった。


 でも、スゥが食べられる部分を教えてくれ、ボーたちが火の番をしてくれた。


「いただきます……って、こういう時に言うんだな」


 俺は小さく手を合わせた。

 その日の昼飯は、キノコと木の実、そして牙ウサギの肉を入れた鍋になった。


 鍋から湯気が上がる。

 肉の匂いがした。


「……肉だ」


 何日ぶりの肉だろう。

 思えば、こっちに来てから初めてのまともな食事だ。

 それだけで、目頭が熱くなった。


 塩はない。

 醤油もない。

 味噌もない。


 試しに生成で塩っぽい物を作ろうとした。

 白い何かは出た。

 だが、俺が舐める前に消えた。


「調味料の生成は失敗……文明の壁は、高すぎる!」


 結局、味は薄い。

 ほとんど素材の味だ。

 そこそこ獣臭い。


 だが、一口すすると、身体の芯から温まる。

 キノコの旨味。

 木の実のほのかな甘み。


 そして、肉の主張。


「うまい……」


 肉の味は淡白、だが、身体は大喜びだ。


 少し泣きそうになる。

 細胞がキノコ以外を歓迎している。


「キノコ水炊きから、肉入りキノコ水炊き鍋に昇格だ!」


 (俺の文明レベルが1上がった! ……気がした)


 スゥも鍋の傍でぷるんと震えている。


 ボーたちは、退社を繰り返しながらも、火の面倒を見てくれている。


 せん人様は神座で相変わらずだが、こちらをうかがっている気がする。


「食べるか?」


 せん人様は動かない。


「ですよね……」


 俺は苦笑して、もう一口すする。


 拠点はまだ弱い。

 罠も不完全だ。

 生成スキルは便利だが、主戦力には遠い。


 魔晶は使い方不明。

 俺自身は、相変わらずポンコツ。


 でも、前より拠点は少し強くなった。

 罠も一歩前進した。

 味付けのない、肉にも心が震えた。


 俺はまだまだ未熟。


 それでも――


「前より、少しは倒されにくくなった……はず」


 今は、それでいい。


 森の中で湯気が立ち上る。


 薄味の肉入り鍋を抱えながら、俺は久しぶりに、人間らしい息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。