詰めの一手
俺は軍馬が餌を食べたのを確認した後、村長宅へ馬を静かに走らせる。
村長宅の側まで着くと、俺は馬から降り、手綱を近くの木の幹に括る。
村長宅の様子を見ると、先程まで庭にいたであろう村の連中や宴会に参加していた騎士がいなかった。
庭には飲みかけの酒瓶が残っているため、彼らも民家が燃えたのには、かなり焦ったのだろう。
今頃近くの水路で、水を汲んでいるはずだ。
「問題は、村長宅の中なんだよな」
村長宅の中は警戒態勢に変わっているだろう。
皇国騎士団も馬鹿ではない。陽動の可能性がある限り、守りに入るのは当然のことと言えた。
「ま、それが狙いなんだけどな」
俺は、村長宅を仕切る簡易な柵を、騎士の目を盗み乗り越える。
騎士は玄関や庭からの入り口など、村長宅に入る場所を主に警戒していたため、庭を巡回する騎士は三人ほどしかいない。
そして、村長宅に玄関や庭を使わず、外から入れる唯一の場所へたどり着く。
秘密の通路だ。
エリに会いに行くときは、この通路の入り口周辺に、宴会に参加している村の連中がいた。
だが、今はそいつらも消火作業のためここを離れている。
「うまくいきすぎて怖いな」
この入り口近くには木が生えており、村長宅の中からも外からも見えづらくなっていた。
俺は土を掘りながら、行商人に教えてもらった言葉を思い出す。
『事が順調に運ぶときほど、足元を疑え』
油断はしていない、後はエリをこの土の下にある通路から連れだすだけだ。
「よし」
土の下から木製の扉が出てくる。
その扉を開け、俺はエリのいる部屋へ向かった。
―――――
エリの部屋につくと、俺はすぐに天井を外し、エリに手招きをする。
エリは少し驚いた顔をするがすぐこちらに寄ってくる。
「どうかされましたか?」
扉越しに騎士が言う。
「いえ、少しつまずいてしまいまして」
「そうでしたか、壁の隙間から漏れる月明かりしかない部屋ですからね。ご不便をかけております」
「気にしないで」
エリは話しながらも通路に体を入れる。
何が不便をかけるだ。逃げないようにこの家で唯一窓のない部屋にエリを押し込んでいるくせに。
俺は天井を嵌め直すと、着いて来てとジェスチャーをし、俺たちは秘密の通路を通る。
鎧を着た騎士が歩く音がする。彼らの足音で、俺たちが床下を通る音が消されていた。
通路が狭く振り返ることは出来ないが、エリの緊張感が伝わってくる。
ようやく出口近くまで来れた。
俺は木製の扉を開け這い出て、近くの木を盾に隠れる。
庭の周りにいる騎士たちは、やはりさっきと同じ場所を重点的に警戒しているようだ。
エリがひょこっと出口から顔を出す。
俺は手でこっちに来いと合図しエリも木に隠れた。
「ここからどうするの?」
エリが小声で聞いてくる。
「庭を出て用意した馬に乗って逃げる」
「騎士も馬を使うんじゃないの?」
至極真っ当な疑問だ。
だが、
「あぁ、そうかもな」
俺はその答えを濁す。
「けど、見つからなければいい話だ。このまま庭を出るぞ」
簡易な柵で仕切られた村長宅さえ抜けられれば、後は馬を走らせるだけだ。
「今だ。走るぞ」
騎士の目がこちら向いていない隙に走る。
俺は柵を飛び越え馬の方へ走る。先に手綱を木の幹からほどかねばならない。
「きゃっ」
振り向くとスカートの裾が柵に引っかかっている。
まずい。
俺は急いでエリの元に向かうがもう遅い。
「勇者様が外にいるぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
だが、まだかなり騎士たちとは距離がある。
「クソ、ごめんエリ」
俺はポケットから短剣を取り出し、鞘を抜いてスカートの裾を切る。
「走るぞ」
俺はエリの手を取り走る。
騎士達は鎧が邪魔で柵を乗り越えるのに手間取っている。
馬の元までたどり着き、先に俺を足場にしてエリを乗せる。
木の幹から手綱をほどき俺も馬に飛び乗る。
すぐ後ろから騎士の怒声が聞こえてくる。
「いけ」
俺は合図を出し馬を走らせた。
エリは後ろから俺の腰をギュッと掴む。
騎士の怒声が遠くなる。
「何とか逃げ切ったな」
正直かなり疲れた、人生でここまで大掛かりなことやったのは初めてだ。もう二度とやりたくない。
「ほんとに追いかけてこないね」
「大丈夫。軍馬でもこいつには追い付けないよ。スピードは俺の馬小屋でもピカイチだからな」
「そうだったね」
そんな心配をする必要はないが、俺は会話を合わせる。
実際この馬は、持久力はあまりないが、スピードは俺の馬小屋では一番だった。
「ハルトはどうしたの?」
エリが問う。
「あぁ、あいつは村に残って騎士の足止めをするんだとさ」
「そっか。……優しいね」
少しずつ、馬のスピードが落ちていく。
「それより、どうだった?」
俺はエリに問う。
「何が?」
「小さいころ、城から助けられるお姫様をやりたいって言ってたろ?」
「え?」
エリは体を横にずらし、俺の顔を覗こうとしている。
「もしかして、そのためにあの部屋に残ってって言ったの?」
俺はわざとらしく目を逸らす。
「火事もそのため?」
彼女は燃えている民家を指す。
「いや、あれは大前提として必要だった。ただ、エリがずっと残る必要はなかったかも」
「どういうこと」
彼女は少し怒気のはらんだ声で話す。
「火事が起きた時にはもう陽動は済んでいたんだ。だから、最初に入った時に秘密の通路の順路を教えていたら、エリのいる部屋の壁に庭から石を投げるとかして合図をすれば自力でエリは出られた、かも」
「ばか」
エリは俺の背中を一度たたく。
「……花、綺麗だね」
「どれ?」
「あれ」
エリは近くに生えていた白い花を指す。
「それ毒があるぞ。しかも、毒性が強くって、食べたら眠るように死ぬらしい」
「え、花言葉しか知らなかった。レオはやっぱり物知りだね。」
「いや、ハルトですら知っているぞ」
彼女の頭が背中にあたる。
「触っちゃだめなの?」
「いや、毒があるのは根だけだぞ。ほら」
俺はポケットに入れていた白い花を取り出す。
「くしゃくしゃだね……」
「あげるつもりだったんだけど、新しいの取った方が良いな」
「ううん、なんか味があっていいから、もらうね」
エリはそう言って花を受け取る。
「でも、こんなに綺麗な花なら毒があっても村の近くにも生やしちゃうよね」
「そんな理由じゃないぞ」
またしても俺は否定から入る。
次は肯定から入らないと。
「どんな理由なの?」
「餓えて苦しんで死ぬなら、眠るように死んだ方が楽だろうっていう、先祖の優しさだよ」
「それ、優しいの?」
「さぁ」
俺たちは段々と村が遠のいていくのを感じながら、どうでもいい話で気を紛らわしていた。
先の話など、今は二人とも話すような気分ではなかったのだと思う。
そして
「さて、ここで馬とはお別れだな」
森のふもとまできて俺は馬から降りる。
エリも乗るときと同じように、俺を足場にして降りてきた。
「馬と一緒にこの森登れないかな?」
「整備された森ならいいけど、今からは獣道を通らなきゃいけない。それにこの山は斜面が急だからな、馬は連れていけない」
「そっか…」
エリは寂しそうな顔をして馬の鼻あたりをなでる。
「大丈夫、村の連中がこの馬をみつけるさ」
「そうだね」
俺たちは馬に別れをつげ、湿った森の土を踏みしめる。
急な斜面が俺たちの体力を容赦なく奪う。
だが、足を止めるわけにはいかない。
騎士たちに馬がない今がチャンスなのだ。
この森を越えれば国境がある。
この森さえ越えてしまえば
「やぁ」
聞こえるはずのない声が聞こえ、後ろを振り返る。
「本当に君は優しい人だね」
宴会の時、話しかけてきた騎士だ。
だが、なぜだ。
彼らの馬も、俺たちのいた村の馬も、俺たちが乗ってきた馬以外、全部対処したはずだ。
「足には、自信があってね」
よく見れば肩が上下している、そして鎧も着ていない。
いや、それだけはありえない。
俺たちが馬で稼いだ距離を、徒歩で詰めてきたというのか。
「おっと、自己紹介が遅れたね。第二近衛騎士隊長兼近衛騎士団副団長、カリナス・アルデン、巷では『神速』とも呼ばれているよ」




