近衛騎士団副団長
近衛騎士団。
皇国騎士団とは違い皇帝直属の騎士団である彼らは、騎士の中でも精鋭中の精鋭だ。
特に第二近衛騎士隊は、宮廷警護だけでなく魔神軍との戦争にも投入される騎士隊であり、他の近衛騎士隊よりも一段上の強さとも評されることもある。
そんな騎士隊のトップだ。
ハルトの言っていた、恐ろしく強い騎士とは彼の事だろう。
だったら
「いいんですか?そんな傷があるのに安静にしていなくて」
かまをかける。
腰に傷があるのは分かっている、だったらそれ以外の情報も引き出したい。
「お、よく分かったね。案外腕も立つのかな?」
「いえいえ、少し体が不調そうに見えたので」
「そうなんだよ。ほんとならこんな距離で息なんか上がらないんだけどね」
「痛そうですが」
「平気さ、この位」
クソ、無駄なことは話さないのか。
「どうするんだい?今この状況は君にとって結構ピンチだと思うんだけど」
「想定しうる限りの最悪ですよ」
俺は前にいたエリを背後に隠し、ポケットから短剣を抜く。
「なるほど、それは愚者の選択だよ」
「残念ながら地の利はこちらにあるので」
斜面が急なこの山で、俺たちは彼の上にいる。
必然的に彼は剣を振り上げなければならない。
対する俺は、重力を味方にできる。少し踏み込んだ攻撃をすれば、力が彼よりなくとも拮抗する程度には持っていけるかもしれない。
不確実だが、今はそれに賭けるしかない。
「愚かだが、僕は称賛しよう。勝ち目が見えなくとも、命を懸けて戦おうとするものはそうそういない」
カリナスは腰に付けた剣を抜く。
「民間人は殺さない、それが僕の決まり事の一つでね」
俺はエリと共に、一歩一歩と後ずさる。
「エリナ様、それは彼と共に逃げているという意思表示でよろしいですか」
「え?」
「今、あなたがこちらに来れば彼を死刑から守りましょう」
「どういうこと、ですか」
「彼は大罪人です。勇者を誘拐し、近衛騎士に剣を向けました。ですが投降すれば、僕の名において彼をその罪から無罪にします」
何故このタイミングで交渉を仕掛けてきた?
まさか
「俺が思っているより、その傷大きいようですね」
「なんのことだい?」
彼は笑みを浮かべたまま、俺に目を向ける。
「よく考えれば最初からおかしかったんです。本来なら『神速』と呼ばれるあなたであれば、俺たちを発見した時点で回り込むことも出来たでしょう」
「民間人を傷つけたくなくてね」
「なら剣を抜かずにあなた自慢の足で、エリを抱えて逃げればいい」
カリナスの顔から笑みが消える。
「出来なかったんですよね、腰の傷が開きましたか?」
ハルトから聞かされていた腰の傷の話を持ち出す。
「まさか傷の場所までバレているとはね」
ハルトの話は当たっていたようだ。
「だが、声をかけたかいはあったよ」
彼が前傾姿勢になる。
「おかげで休憩ができた」
一瞬だった。
俺は山勘で短剣を振る。
「残念!」
俺の振った短剣は空を斬った。
次の瞬間、カリナスの剣の柄が俺の顔面に叩き込まれる。
俺は斜面を転がり落ち、木の幹に体を打ちつけてようやく止まった。
肺の空気が一気に押し出され、息が詰まる。
視界が揺れ、どちらが上なのかも一瞬分からなくなる。
「これで君が持っていた地の利とエリナ様がそちらにいるという優位は崩れたね」
俺は朦朧とした意識の中、ゆっくりと立ち上がる。
額から流れる血を袖で拭い、視界を確保する。
カリナスが先程までいた場所は地面が大きく抉れており、近くの木の根までが見えていた。
その向こうにはエリがいた。
木の幹に片手を添え、こちらを見ている。いつもなら真っ先に駆け寄ってくる彼女が、今は動けずにいた。
無理もない。
こんな戦い、俺だって初めてだ。
「地の利は失いましたが、あなたも相当無理しましたね」
カリナスの腰のあたりで、隊服に赤い染みが広がっている。
「その傷じゃ、俺の攻撃を躱しながら、エリを村まで運ぶのはキツいでしょう」
「君を無力化させれば済む話さ」
そういっているがカリナスは間合いを詰めてこない。
おそらく彼も限界が近いのだろう。そうでなければ弱った俺を追撃しない意味がない。
なら、今がチャンスだ。
俺は息が整うのを待たずに間合いを詰める。
だが、短剣の間合いになる前に、カリナスは剣の軌道を見せるように振った。
ギリギリで避けるなんてことのできない俺は斜面を利用して転がり回避を取る。
「我慢比べでもしましょうか!」
俺は立ち上がりまたカリナスに突っ込む。
それに応じカリナスは剣を振るう。
俺は転がり回避を取りまた突っ込む。
その繰り返し。
カリナスも時間稼ぎが目的になっているのだろう。
後続の騎士隊が到着すれば、俺はなすすべが無い。
だから彼は、この無意味な消耗戦に付き合わなければならない、と考えているはずだ。
故に我慢比べ。
実力差はあまりにも大きい。
だが、カリナスの負傷と、彼が自分に課した民間人を殺さないという枷、その二つがこの拮抗した状況を作り出していた。
「そろそろ諦めたらどうだい」
カリナスはまだ話せる余裕があるようだ。
それもそのはず、俺は斜面を登りながら戦っているのに対し、彼はその場から一歩も動かず剣を振るっている。
対する俺は、息も絶え絶えで話す余裕すらない。
それでも俺は止まらない。
これが短剣でなく、通常サイズの剣であればとっくにもう動けていないだろう。
視界の端にエリが映る。
何度目かの攻防を終え、再び立ち上がったときだった。
先ほどの木から離れ、少しずつ斜面を下りてきていた。
彼女の目は、俺から離れない。
何を考えているのかは分からない。
だが、今はそれを確かめる余裕もなかった。
「さっきまで威勢はどうしたのかな」
カリナスの振るう剣にも素人でも分かるような乱れが見え始めてきている。
「僕はまだまだいけるぞ」
その声に余裕はない。
いつまでも終わらないこの攻防に苛立ちを覚えているようでもあった。
なら
「ぁあああ!」
俺は短剣の間合いになるよう、斜面を利用し、異常なほど前傾姿勢で彼の足元に踏み込む。
「しつこい!」
カリナスは先程までと同じ、見せるような剣の軌道で、だが避けなければ確実に片腕が斬れる殺気すら感じる剣を振るう。
そして
俺は避けることなく短剣を手放しながらその剣を受ける。
利き腕の肘から下が宙を舞い、俺はカリナスの足元に勢いよく倒れこむ。
「レオ!」
「は?」
エリの悲鳴に似た叫びが聞こえる。
カリナスも想定外だったのだろう、宙を舞った俺の利き腕を見ている。
一瞬遅れて、左腕に焼けるような痛みが走った。
歯を食いしばる。
叫んでいる暇はない。
分の悪い賭けだった。
「我慢比べ」と宣言し、同じ攻防を繰り返したのは、カリナスに持久戦だと思わせるためだ。
見せるように剣を振れば俺は避ける――そう思い込ませるために、限界まで粘った。
右手で地に落ちた短剣を取る。
勝った。
俺はその短剣を彼の足の腱へと
「作戦はよかった」
刹那、右手が踏まれた。
短剣が手から落ちる。
「だけど、殺気を出し過ぎたね」
俺はカリナスを見上げる。
一番ミスをしてはならない場面でミスをした。あと一歩で勝利だったのだ。
視界の端で何かが動いた。
だが、そちらを向こうとしても、もう首に力が入らない。
体から急激に血が抜けていくのを感じる。
少し、寒くなってきた。




