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半端者

「といっても、ここを抜け出すのは簡単じゃない」




俺は扉の向こうへ目を向ける。


ここへ来るまでに、巡回中の騎士を五人見かけた。実際には、もう少しいるだろう。




「でも、何とかできる目途はあるんでしょ?」




「まぁね。秘密の通路さえ使えば、この家から出ること自体はできる」




俺は自分が這い出てきた床下を指さす。




「ただし、今から抜けるのは無しだ」




「なんで? レオはここから来て、見つからなかったんじゃないの?」




「うん。でも正確には、『家に入ってからは見つからなかった』だよ。入るところまでは騎士にも村の連中にも見られてる」




秘密通路を使えば、エリの部屋まで騎士の目を避けられる。だが、今は宴会の真っ最中だ。屋敷の内外には大勢の村人がいる。エリを連れて外へ出れば、見つかる可能性が高い。


騎士たちもそれを分かっているはずだ。だからこそ、部屋を頻繁に確認するよりも、外からの侵入を警戒しているのだろう。




「そっか。なら、みんなが帰るまでレオもここで待つの?」




「いや、俺は一旦戻る。色々と準備しなきゃいけないしな」




俺一人なら、ここから出たところで誰も気には留めない。


問題は、エリを連れ出すときだ。村人の目だけならどうとでもなる。


だが、今この村には騎士もいる。


連中にも、こちらの想定通りに動いてもらわなければならないのだ。




「何するつもり?」




「秘密、かな」




今考えていることを話せば、彼女に止められるのは目に見えている。


だから言わない。




「あんまし良くない事するつもりでしょ」




「まぁね」




だが、今のところその方法が一番確実なのだ。


出来ればエリの心証を悪くするようなことはしたくないが。




「それじゃ、そろそろいくよ。そうそう、何があってもこの部屋にいてね」




そう言って床板を外す。


さっき通ったときには気にならなかったが、床下からカビ臭い空気が上がってきた。




「私、そこを通って出口近くで待っておいた方がいいんじゃない?」




「いや、いつこの部屋を騎士が確認しに来るか分からない。エリがいなくなったと分かった瞬間、村中が捜索対象になる」




この村では、村人を集めれば誰が姿を消したかすぐに割れる。


だから、逃げる直前までエリが部屋にいると思わせておく必要がある。




「わかった。待ってるからね」




「うん、それじゃ今夜また」




俺は、通路を通り、人気のない場所で天井を外し床下から出る。


そして、誰もいない事を再確認してから村長宅を出た。




途中で先程話しかけてきた騎士が笑顔で手を振ってきたので、俺も笑顔で振り返す。




彼に申し訳ないと思う気持ちは、少しも湧いてこなかった。




――――――――――――――――――――――――





「用とはなんだ」




俺が色々と準備をしているところに、ハルトが来た。




「お、来たか。少し頼み事があるんだ、ハルト」




あくまで俺は軽く、どうということもないように話す。




「合図の灯りを見て、わざわざ自警団の奴らに断りをいれて来たのだ。先に俺の質問に答えてくれ」




「いいよ、それで質問は?」




彼にこうして用事があるときは、合図の灯りを使って呼ぶ。


村の連中は知らない、俺たち三人だけの共通言語でもある。


俺の住む馬小屋と村長宅はかなり離れているが、灯りの変化まで見分けられるのは、目が異常にいいハルトくらいだろう。




「その花を何に使うつもりだ?」




「これ?あぁ、綺麗だからエリに渡そうかなって」




俺は手に持った花を月に向かって掲げながらそういう。


純白の花弁は月の光に良く似合う。




「話はそれだけ?」




「あぁ」




俺は花弁から目を離し、ハルトの表情を見る。


思ったより拍子抜けだった。


彼は、俺が何をしようとしているのか分からないわけがない。


ここに来るまでに見たであろう『あれ』は、国境沿いで幾度も目にしているはずだ。




「なら、俺からの頼み事聞いてもらっていい?」




「あぁ」




「エリと俺はこの村を出る。ついてきて欲しい」




彼はゆっくりと目を閉じ




「考え直せ」




そういった。




意外だった。彼はエリが好きなはずなのに。




「エリは死にたくないそうだよ」




彼はピクりと反応する。


だが、




「もう一度言う、考え直せ」




ハルトの表情は変わらない。ずっと最初から、いつもの険しい顔をしている。




「協力は得られないのか?」




「あぁ」




「そうかい、じゃ、このことは忘れてくれ」




俺は準備に戻ろうとする。




「そういうわけにもいかんさ」




俺はハルトに胸ぐらを強く掴まれる。




「何度でも言うぞ。考え直せ!」




彼は身体を震わせ、顔を赤くしていた。




「少し冷静になれってハルト、別にこの花で人を殺そうってわけじゃない」




「そうではない!俺はエリと逃げるのをやめろと、最初からそういっているのだ!」




彼がなぜそこまで反対するのか分からない。


俺は頭を掻きながら問う。




「なんでだ?」




「その逃避行には、終わりがないからだ!」




彼の言葉には一定の重みがあった。


彼は騎士の強さを、皇国の強さを、この村の誰よりも感じていた。


皇都に行き、ここでは考えられない、異常な景色を目にしたと、聞いたこともある。


だが、


「俺はエリの望んだことをするよ」




俺は真っすぐ、彼を見る。


結末を理解した上で、俺の決断は変わらない。


彼の手から、力が抜けていくのを感じる。




「そうか」




彼は背を向ける。




「逃亡の事は言わん、俺は何も見ていない」




「助かるよ」




用もなくなった俺は準備に戻るために走り出す。




「レオ」




ハルトに呼び止められた。




「なに?」




「一人騎士の中に恐ろしく強いやつがいる。だが腰あたりに大きな傷があるようだった」




俺は礼も言わずに走り出した。




※     ※     ※




ふとレオの背を見ようと振り返る。


だがそこには誰もいない。




「そう、か」




ここに来た時、レオが何をしようとしているのか想像がついた。


花の事を問うたのは俺が逃げたからだ。


本当は、エリと逃げるつもりなのかと聞きたかった。


だが、逃げると答えられてしまえば俺はレオを止めねばならない。


皇帝の命に背き、祝福の勇者を連れ去った者が捕まれば、ただでは済まない。




知らないふりをしていたかった。


知ってしまえば止めねばならないから。


だが、止められなかった。




レオの決意を聞き、体に力が入らなくなった。




「どうすればいい」




好きな人を助けることもせず、親友に協力することもせず、止めることもしない。


昔、レオが言っていたことを思い出す。




『思っていて行動しないのは、思っていないのと一緒だ』




なら、何もしない俺は、いったい何なのだろうか。




「半端者が」




月明かりの下、両膝をついた影が、地面に長く伸びていた。

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