月明かりの下で
その後、村の連中は騎士達と宴会をしていた。
5年も免税されるのだ。村長までもが秘蔵の酒だと言い村人に酒を注いでいる。
ハルトも自警団連中に酒を勧められていた。
対する俺はそんな光景を庭の端で眺めていた。
こういった場所にいる必要がある場合、少しでも場に馴染むために笑顔を作るが、今はそんな気すら起こらない。
「君は飲まないのかい」
気を遣ってくれたのか騎士の一人が俺に酒を勧めてくる。
「残念ながら未成年ですので」
「そうかい」
騎士は俺の隣に腰掛ける。
「友達なのかい」
「え?」
予想だにしない言葉だった。てっきり騎士は全員、貴族生まれの傲慢な人間ばかりだと思っていた。そして、ハルトにもそう伝えられていた。
「すごい顔してたよ。君」
笑顔でその騎士は話しかけてくる。
「そう、ですね。友達です」
「だとしたら、君はとても優しい人間なんだろうね」
優しい人間、初めて言われた言葉だった。
興味が湧いた。この騎士はどんな人間なのか。
「騎士様はお貴族様なんですか」
「まぁ家はそうだね、次男坊だけど」
なおさら疑問だった。
「ならその、俺たちを見下したりとかしないんですか」
騎士は――大笑いをした。
「見下す?僕が誰のために命を張っていると思っているんだい。あぁ、お腹いたい」
一通り笑い終わった後
「まぁでも、見下す騎士が大多数なのも事実だね」
そう付け加えた。
「ならなんで笑うんですか」
「あぁいや、それもそうか。こんな田舎じゃ僕を知らないのも仕方ないか」
騎士は妙に納得する。
「高名な方なんですか?」
「いやー忘れてくれ、ただの自意識過剰さ。話を戻そう」
騎士は明らかに話を逸らした。
俺もこれ以上質問しても意味がないと判断し、質問をやめる。
「平民、一般階級を見下す騎士が大多数なのも事実だけど、こういったデリケートな任務にはそういった考えを持つ騎士は選ばれにくいんだ。今日ここにいるほとんどの騎士が彼らと酒を酌み交わしているだろう?」
そういって、騎士は村人たちの方を指さす。
「あいつらを見てみるといい、肩を組み歌い始めたぞ」
「あーー」
そこには、酒を飲み上機嫌になった叔父と騎士の姿があった。
「ああいう奴も騎士にはいる。だからそんなに警戒しなくても、勇者様は我らがお守りするよ」
俺の隣にいた騎士は立ち、自警団の集まりのほうへ足を向ける。
騎士なりのケアだったのだろうか。
いや、
「ただの優男だったらいいんだけどな」
先程の、俺が彼を知らないことを妙に納得するさまは、どうにも引っかかった。
そして自己を過大評価するような人間には見えない。
だが今はそんなことどうでもいい。
もう一度庭を見渡し、ほとんどの人間が酒で出来上がっているのを確認する。
頃合いだ。
俺はトイレにいくふりをして村長宅へ入る。
屋敷には巡回する騎士がいるが、問題ない。俺は人けのない場所で床板を外す。村長の麦の隠し場所に繋がる秘密の通路を通り、俺はエリがいるであろう部屋へ向かう。
通路の天井を外し、背後から声をかける。
「や、エリ」
「わっレオ。なんでここにいるの?」
エリは戸惑った表情をする。
数ある部屋の中で、この部屋だけには窓がない。壁の隙間から差し込む月明かりだけが、室内をかすかに照らしている。
「あぁ、トイレに行こうとしたら迷っちゃって」
「嘘、床下から出てきてるのに無理があるよ。それに、何回もここに忍び込んだことあるでしょ」
「まぁそうなんだけど」
村長宅への忍び込みは、俺がハルトに教えた遊びだった。
村長への嫌がらせのつもりが、今では村の子どもたちに広まっている。
「エリの様子を見に来たんだ」
本当のことを話す。
「私なら大丈夫だよ。私が勇者として皇都に行けば皆助かるし」
「でも、大丈夫という顔ではないよ」
勇者の話をする時、先程の戸惑った表情とは打って変わり、暗い表情をしていた。
「でもね、村の皆が助かるんだよ。私さえ行けばお父さんもお母さんだって」
「それは村の都合であってエリの意見じゃないだろ」
俺は意識して無機質に問う。
喉まで出かかった言葉を飲み込む。今必要なのは、俺の意見ではなく、エリ自身の言葉だった。
「私は…」
エリが言葉を発するのをただ静かに待つ。
月が雲に隠れ、部屋の光がなくなる。
「死にたくない」
それが、明るく優しいただの少女としての本音だった。
しばらく、言葉が出なかった。
分かっていたはずだ。戦争に行きたい人間なんて、そうそういるものではない。
それでも、エリの口からその言葉を聞くまで、俺はどこかで現実から目を背けていたのかもしれない。
体温が上がるのを感じる。
胸の奥から、何かが込み上げてくる。
「なら逃げよう」
考えるよりも先に言葉が出た。
だが、取り消そうとは思わない。
「え?」
「俺たちで逃げるんだよ。俺だけじゃ武力が足りないからハルトも連れて行こう。逃げるときはそうだな、うちの馬を使えばいい。俺は二人乗りをさせる技術はないけどハルトならある」
「レオ?」
彼女が俺の名前を呼ぶ。
その声を聞いて、ようやく自分がどれほど無謀なことを口にしたのかを理解した。
皇国から逃げ切れる保証なんてない。
そもそも、逃げたところでどうやって生きていく。
考えれば考えるほど、逃亡という選択肢が現実的でないことが分かる。
元々ここには、俺も皇都に行くことを伝えに来た。
それが最も合理的な選択だと判断していた。
なのに、今の俺はどうだ。
自分でも信じられないほど無謀な提案をしている。
撤回すべきだ。
そう考えているのに、どうしても言葉が出てこない。
頭の中では何度も答えが出ている。
「俺は、エリのためなら何でもしたいんだよ」
気づけば、声を荒らげていた。
視界が滲んでいることに気がつく。
雲に隠れていた月が再び顔を出し、少年の充血した目を、震える唇を、ただ冷たく照らした。
「どんな顔してるの」
彼女の声がする。
いつもより声が震えていた。
表情は、視界がぼやけていてよく見えない。
「うるせぇ、初めてなんだよこういうの」
俺は顔を袖で拭きながら答える。
いち早く彼女の表情を確かめたかった。
けれど、少しだけ怖かった。
俺の言葉を、彼女はどう受け止めたのだろう。
袖を下ろすまでのわずかな時間が、ひどく長く感じられた。
「ほんと、馬鹿なんだから」
そう言い、月に照らされ目をはらし笑う彼女は、
綺麗だった。




